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学園ラブコメ×ホームドラマ×異能バトル?  ジャンプ注目のスパイ漫画『夜桜さんちの大作戦』の魅力

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リアルサウンド

 権平ひつじの『夜桜さんちの大作戦』は、『週刊少年ジャンプ』で連載されている諜報(スパイ)家族コメディだ。

 高校生の朝野太陽は両親を亡くしたショックで極度の人見知りとなっていた。幼馴染の夜桜六美にだけは心を開き、親しくしていたが、妹に異常な愛情を持っている夜桜凶一郎の怒りを買い、ナイフを首に突きつけられる。

 間一髪のところ、夜桜家の長女・二刃(ふたば)に助けられた太陽。目を覚ますとそこは巨大な屋敷で、夜桜家の兄妹に取り囲まれていた太陽は、実は夜桜家が、六美を当主とするスパイ一家で、兄妹それぞれが、超人的な能力で様々な武器の使い手だと知る。

 凶一郎との全面対決となれば勝算が低いと考えた二刃は、夜桜家の「家庭内殺人禁止」というルールを利用して、夜桜と結婚して夜桜家の婿に向かえ入れることで太陽を助けようと提案。家族を失った太陽の哀しみを知っていたため、軽々しく「家族になろう」なんて言えないと六美は断る。しかし、凶一郎の圧倒的な力に夜桜家の兄妹が倒され、人質にとられた六美を助けるため、太陽は六美との婚約を選択する。

 物語は夜桜家に婿入りした太陽が、凶一郎たち兄妹にしごかれながら一人前のスパイに成長していく姿が学園生活と平行する形で描かれる。

 何より印象に残るのは第一話でいきなり7人(凶一郎、二刃、辛三、四怨、嫌五、六美、七悪)も登場した夜桜兄妹の強烈なキャラクター(と飼い犬のゴリアテ)。

 それぞれが特殊能力を持ったスパイで、銃やドローンといった現代的な武器を駆使して戦う姿は、ジャンプらしいバトル漫画の王道だが、それを学園ラブコメとホームドラマの枠組みで展開していくのが本作の面白さだろう。

 設定が細かく登場人物が多いため、複雑な話に見えるが、シスコンの凶一郎と六美と太陽の三角関係がベースにあるラブコメだとわかると、一気に読みやすくなる。また、ラブコメとして少し意外だったのが、太陽と六美がはじめから相思相愛で、どちらかというと六美の方が太陽にベタ惚れでいつも心配していること。

 六美は学園のアイドルで、髪の毛の左側が白髪になっているロングヘアーの美少女だ。しかも夜桜家の10代目当主、つまりは「戦うお姫様」とでも言うような戦闘美少女なのだが、第5巻まで読んだ印象でいうと、六美の神格化を、作者が意識的に避けているように感じる。立場こそ異常だが、とても人間味があるのだ。

 本作は、美少女キャラが多数登場する学園ラブコメが中心にあり、表向きはとてもポップで楽しい少年漫画に見える。しかし各キャラクターがそれぞれ異常性を抱えており、スパイや暗殺者が次々と登場しては暗器を駆使した異能バトルが繰り広げる。

 こういったポップなかわいさと異常性が同居した世界観は西尾維新の「戯言シリーズ」や、ジャンプで西尾が原作を手掛けた『めだかボックス』(作画:暁月あきら)を彷彿とさせる。また、心を病んだ高校生のカップルが探偵役を務める乙一の『GOTH リストカット事件』や、異常な才能と内面を抱えた天才兄妹が次々と登場する佐藤友哉の「鏡家サーガ」シリーズといった、00年代に盛り上がった現代を舞台にしたライトノベルやミステリーも連想させる。

 上記の作品は、美少女ゲームの影響下にある学園ミステリーの中に精神を病んだ美少女のキャラクターが次々と登場するという文学性とオタク的消費がセットで展開されていたことが、当時はとても先鋭的だった。

 『夜桜さんちの大作戦』も夜桜家の兄妹を筆頭とする個性的なキャラクターが続々と登場するショーケース的な作りとなっており、オタク系作品のヒットパターンを踏襲しているように見える。しかし、シチュエーションや設定の派手さに反し、太陽と六美を中心としたキャラクターの描写は妙に淡々としている。次々と美男、美女が登場するわりにはお色気要素が薄いのも大きな特徴だ。その辺りのストイックな作風は、今のジャンプ漫画特有のものだと感じる。

 両親の事故死によって「大事なものは無くして初めて気付くこと」と「大事なものなんて簡単に無くなってしまうこと」を知った太陽は、大事な人と絆を深めても「また無くしてしまうんじゃないか」という恐怖を抱えている。大切な人を失う恐れが太陽の核となっており、だからこそ彼は、六美を守ろうとする。

 第3巻で描かれた、黒百合党の政治家・黒百合義正と太陽の戦いは、現時点では一番シリアスなエピソードだ。殺された娘の復讐を果たすために白鷺副総理を殺そうとした黒百合の姿を見た太陽は「もし俺の家族を奪った相手が目の前にいたら」「同じことをしたかも」という思いが一瞬頭によぎる。「人を殺そうとする奴の気持ちに」「共感してた…!」と太陽は語り、それ以降、物語は太陽の両親の死の真相を巡って動き出す。

 「喪失の恐怖」や「復讐」といった少年漫画で展開するには重すぎるテーマに本作がどのように切り込むのか、とても楽しみである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『夜桜さんちの大作戦』
著者:権平ひつじ
出版社:集英社
出版社公式サイト