BTS、ザ・ウィークエンド……『第63回グラミー賞』ノミネートへの賛否 「BIG4」選出に必要な要素と求められる透明性
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「混乱と失望の大洪水」(参照)。Complexメディアが記したように、2020年11月、『第63回グラミー賞』のノミネーション発表はカオスを呼び起こした。長らく黒人アーティスト不遇を批判され、元CEOより不正ノミネートや性暴力の疑惑も告発された同アワードの受賞結果が賛否を巻き起こすことは珍しくない。しかし、ノミネート陣の発表のみでここまで荒れるのは稀に見る事態だ。
BTSの本当の“勝負”は来年?
比較的ポジティブなノミネーションとしては、日本でも注目度の高いBTSが「Dynamite」にて最優秀ポップデュオ/グループパフォーマンス部門に入ったこと。グラミー賞が目標だと公言してきた彼らは祝福に包まれたが、その一方で「過小評価」との声も出てきている。キャリア初の英語楽曲「Dynamite」はBillboard HOT100で数週間にわたる首位を獲得した。サブカテゴリであるポップ部門の一つに留まるのではなく、「BIG4」と呼ばれる主要四部門にも入るべきだった、とする意見である。
BTSの「BIG4」に関しては、もしかしたら「勝負は来年」と言えるかもしれない。それぞれジャンル専門会員が取り組むサブカテゴリと異なり、一般部門たる「BIG4」は全会員の投票によって決まった上位20候補から幹部委員会が精査してノミネーションを決定するシステムだ(参照)。断言はできないものの、通説としては、スタジオミュージシャンの会員が多いとされることもあり、権威あるジャンルに関連がある者や楽器類を巧みに扱える「オールドスクール」イメージのミュージシャンが候補になりやすい。今回で言うなら、Black PumasやH.E.R.がこれにあたる。一方、トレンドを牽引するポップスターが「BIG4」の限られた枠で得票する場合、チャートヒットに疎い会員層にも知られるような「今年の顔」たる存在感が重要とされる。今回、グラミー賞のエントリーは、2019年9月~2020年8月中リリースの作品に限られる。そのため、エントリー期間前半に大ヒットシングルとアルバムを出してしまい、その後チャート順位やメディア露出を維持することで「今年の顔」だと印象づけるスケジューリングが有利になるのだ。ここ10年のグラミー賞で大勝をおさめたテイラー・スウィフト、ブルーノ・マーズと同じく、今回「BIG4」でノミネートを稼いだデュア・リパとポスト・マローンもこのサイクルでラジオを筆頭としたチャートに長期滞在して存在感を築きあげた。反して、BTSがエントリーした「Dynamite」は締め切り直前の8月21日リリースである。同曲が収録された9thアルバム『BE (Deluxe Edition)』は2020年11月リリースのため、今回のグラミー賞には入らない。つまり、「Dynamite」によってHOT100ナンバーワンアーティストとなりラジオも稼いだ彼らがこのまま広範に活躍していければ、『BE』が対象とされる2022年開催予定の『第64回グラミー賞』でもっと大きなノミネートを得られる可能性がある。ちなみに、「Dynamite」と同じ夏季のヒット「WAP feat. Megan Thee Stallion」をグラミー賞にエントリーすらしなかったカーディ・Bは、同曲の収録が期待される次回のアルバムでアワードを席巻する計画のようだ。
ザ・ウィークエンドの不在がノミネーション議論の主役に
「今年の顔」たるスターが競うグラミー賞の「BIG4」だが、今回は、黒人歌手ザ・ウィークエンドの不在こそノミネーション議論の主役となってしまった。2019年11月、早々にリードシングル「Heartless」でHOT100の頂点をとり、その後アルバム『After Hours』と共に年間最大級ヒットシングル「Blinding Lights」で数々のBillboard記録を樹立していった彼こそ、2020年を代表するアーティストと言って過言ではない。それにも関わらず、「BIG4」最有力候補とされていたウィークエンドは、主要部門とサブカテゴリを含めて、一つもノミネーションを授からなかったのだ。有力候補が落選した近年のケースとしては、第60回のエド・シーラン、第61回のテイラー・スウィフトが挙げられるが、この2人の場合、サブカテゴリたるポップ部門には入っていた。そのため、ウィークエンドのゼロノミネーションは「締め出し」のように見える異例の事態と言える。
「グラミーは腐敗したままだ。俺とファン、音楽産業に透明性を示すべきだ」(参照)。当のウィークエンドも黙ってはいなかった。彼によると、グラミー賞とは授賞式でのパフォーマンスも協議していたようだ。半ばアワード側の不正を指摘する彼に多くのセレブリティたちも続いた。ソフィー・ターナーら俳優陣も支援を表明していったどころか、「BIG4」ノミニーであるドージャ・キャットすらアワード側を糾弾するツイートをライクするに至っている。なかでも注目されたのは、第61回授与式でグラミー賞を実質的に批判したドレイク(参照)の投稿である。「もうやめるべきだ。毎年、影響力ある音楽とアワードが乖離していることにショックを受けるのは。かつてアーティストにとって最高の栄誉だったことが、今や何の意味も持たないことを受け入れるべきだ」(参照)。
この衝撃を受けて、タブロイドメディアTMZは「ウィークエンドがグラミー賞よりNFLスーパーボウルのパフォーマンスを優先したことで関係が悪化した」旨を報道し、アワード側が即座に否定する騒動も起きた。この説が多少なりとも当たっていたとしたら、第61回アリアナ・グランデの出演キャンセルに続くパフォーマンス関連のトラブルとなる。舞台裏のキャンペーンや賄賂の存在をほのめかした歌手ホールジーの告発にもあるように(参照)、グラミー賞授賞式は高視聴率と広告料を狙わなければいけないTV中継番組であるため、数字を稼げるスターのステージを重視する番組側の姿勢は想像に難くない。アワードとしての採択とビジネスのバランスは難しいところではあるが、今回のような騒動でドレイクやウィークエンドといったスーパースターの出演が減っていったとしたら、おそらく視聴者数と注目度の減少を呼ぶ。それはそのまま、アワードの権威低下につながるのではないか。
■辰巳JUNK
平成生まれ。おもにアメリカ周辺の音楽、映画、ドラマ、セレブレティを扱うポップカルチャー・ウォッチャー。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)
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