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伝説の音楽漫画『To-y』が次世代の漫画家たちに与えた影響とは? トリビュート本『TRIBUTE TO TO-Y』が伝えるもの

音楽

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リアルサウンド

 いまからおよそ35年前の1985年11月11日、ひとりの男性アイドルが武道館にて鮮烈なデビューを果たした。ハードコアパンクバンド出身という、アイドルとしては異色の経歴を持つ彼は、70年代に人気を博した伝説のバンドのメンバーをバックにしたがえて圧巻のステージを披露、いきなり1万4千人の観客の心を鷲掴みにした。“彼”の名は、「トーイ」。トーイはその後も、名前どおり音を“オモチャ”にし、芸能界の古い仕来りや既成概念を、持ち前のパンクスピリッツで次々と破壊していくのだった……。

 もちろん、これは漫画の世界での話であり、トーイとは、上條淳士の代表作『To-y』の主人公、藤井冬威のことだ。ちなみに、前述のコンサートと同じく、「漫画における音楽表現を変えた」とまでいわれている同作もまた、今年で連載開始から35周年――それにちなんだ豪華な本が先ごろ発売された。

参加した錚々たるメンツ

 『TRIBUTE TO TO-Y』というその本には、(タイトルからわかると思うが)『To-y』をリスペクトする漫画家&イラストレーター32名と、「原作者」上條淳士本人による、同作のトリビュート作品(イラストと漫画)が収録されている。なかでも注目すべきは、上條による久々の描き下ろし漫画(いうまでもなく『To-y』の新作!)が載っていることだが、それについては後述する。

 まずは、文字数の都合上、すべての収録作品を紹介するわけにはいかないので、参加した作家の名前を羅列させていただく。

〈イラスト作品〉

上條淳士
高橋留美子
おかざき真里
イリヤ・クブシノブ
冬目景
田島昭宇
恩田尚之
諏訪さやか
古屋兎丸
坂本眞一
三輪士郎
正木秀尚
ますだみく
wataboku
村田蓮爾
ゆうきまさみ

〈漫画作品〉
楠本まき
青木俊直
三原ミツカズ
小玉ユキ
ma2
タカスギコウ
しおやてるこ
きはらようすけ
斉木久美子
尚月地
月子
榎本俊二
和田ラヂヲ
谷川史子
河合克敏
売野機子
浅田弘幸
上條淳士

 ――とまあ、なんというか、錚々たるメンツであるが、以下、個人的に印象に残った漫画作品をいくつか紹介したいと思う。

 まずは、楠本まきによる『15061985』。タイトルの数字は、デビュー前のトーイが、パンクバンド・GASPのボーカリストとして最後のステージ(日比谷野外音楽堂)に立ったときの日付だが、楠本が描いたのはその客席の様子である。さらにいえば、登場しているのは楠本の代表作『KISSxxxx』に出てくるバンド、ディー・キュセのメンバーたちであり、『To-y』の愛読者だけでなく、楠本ファンも見逃せない一作になっている。

 青木俊直の『To-kyo』は、北三陸に暮らすふたりの少女の物語。ロックが好きな彼女たちは、電車の中でGASPのライブ音源を聴き、「幻の東京」に想いを馳せる。『あまちゃん』関連の仕事でも知られている青木らしいプロットだといえるが、わずか8ページの作品ながら、忘れがたい秀逸な「青春物語」に仕上がっており、今回収録されている一連の作品の中では、個人的にはこれが(独立した漫画作品としては)ベストだといってもいいくらいだ。

 ゴシックロリータ系の作品で人気を博している三原ミツカズが描いた『幸福な死』は、ポジパンバンド、P-SHOCK(ペニシリン・ショック)のボーカリスト・カイエの物語。トーイを求めて5万人の若者が集まった渋谷の街を舞台に、14歳の少年の揺れ動く心象風景を、「雪」に重ねて見事に描き出した。

 そして、浅田弘幸の『sonatine』。誤解を恐れずにいわせてもらえば、これは、上條から信頼されている浅田のような作家でなければ、描くことの許されないたぐいの作品だといえるだろう。なぜならば、同作はいわば“その後の『To-y』の物語”であり、描いた浅田のほうでも、それなりの覚悟を持って執筆に挑んだものだと思われる。しかしながら、というべきか、それゆえに、というべきか、仕上がった作品の出来は圧倒的に素晴らしく、本作で描かれている「うたいつづける」という力強いテーマは、原作の『To-y』だけでなく、たとえば『I’ll〜アイル〜』のような作品で、浅田が描いてきたそれにも通じる部分があるといえよう。

 そんな浅田の作品とは逆に、上條淳士が今回描き下ろした『風の道』は、“『To-y』以前の物語”だった。1978年、秋――父親に連れられて故郷を離れ、東京(新宿)を目指す9歳の藤井冬威(とそれを見送る親族たちの様子)を描いたショートストーリーだが、ある場面で彼の母親がいう「生きていればいつかは会えます」というセリフは、きっと数多くの読者の胸を打つことだろう(これもまた、先に述べた「うたいつづける」という『To-y』本編のテーマにも通じるものだ)。

そして、冬威の父親の「顔」に衝撃を受ける人も少なくないと思うが(私もビックリした!)、これについては、すでにお読みの方は、(これから読む人たちのために)SNSなどであまりネタバレしないほうがいいと思う。

 いずれにせよ、本書を読めば、およそ35年前に上條が描いた、「何があっても、生きて、うたいつづける」というテーマが、次の世代の漫画家たちにも受け継がれていたということがはっきりとわかる。夭折こそがロックの美学だと考える向きも少なくないだろうが、個人的には、(たとえばローリング・ストーンズの面々のように)老いてなお転がりつづけることのほうがロックだと考えている。藤井冬威というシンガーがいまでも武道館を満席にするほどの人気を保っているかどうかはわからないが、少なくとも、どこかのライブハウスでうたいつづけているのは間違いないだろう。そう――生きていれば“音楽(うた)”が鳴り止むことはないし、その生き様は、次の世代の心にも大きな“何か”を刻み込むものなのである。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter

■書籍情報
『TRIBUTE TO TO-Y』
定価:本体3600円+税
出版社:小学館
公式サイト