和食の天才、銀座一の寿司職人、中華の達人……『美味しんぼ』山岡士郎が認めた一流料理人たち
音楽
ニュース
食に厳しく、一流の料理人や妻である栗田ゆう子が作った料理ですら激しく叱責することも多かった『美味しんぼ』の山岡士郎。
山岡を料理で満足させることはなかなか難しいが、山岡が料理の技術を認めた料理人も少なからずいる。本稿ではそんな稀有な存在を見ていきたい。
天才・岡星精一
山岡が調理を依頼することも多く、最もその腕を信頼しているのが、「岡星」の岡星精一だ。
億万長者の京極万太郎から、ルノワールの絵画を貸してもらうため、東西新聞社が料亭「花川」で接待したところ、「花川」が季節外れの料理を出してしまい、京極は激怒して絵画の貸し出しを断ってしまう。
ここで山岡が京極のことを「ケツの穴の小さなジイさん」と罵り、翌日「美味しい料理を食べさせる」と約束する。そして銀座の名店を知り尽くす浮浪者辰さんから、「岡星」がイチオシであることを聞き出した。
京極は岡星の店を見て「チッポケな店やな」と罵る。しかも岡星が出したのは、イワシの丸干し、ご飯と味噌汁という質素なもの。ところがそれは最上の食材を使ったもので、京極は大満足。その後山岡も岡星の腕を評価し、京極ともども頻繁に出入りするようになる。岡星も知名度を上げたようで、「天才・岡星」とまでいわれるようになった。
その後は岡星の別れた恋人冬美との仲を取り持つ、料理人という職に疑問を持つ岡星を立ち直らせる、鬱病を克服する手助けをするなど、何度も窮地を救っている。(1巻より)
「しんとみ寿司」の富二郎
銀座一と謳われる寿司屋店主、銀五郎の態度に不満を持った山岡。「本物の寿司を食わせてやる」と啖呵を切って銀五郎、大原社主、文化部のメンバーと訪れたのが、佃島にある小さな店、「しんとみ寿司」だった。
店主の富二郎は、高齢でつねにニコニコしているおじいちゃん。しかし実は「銀座一」と称されながら突然消えた実力者で、銀五郎との味判定で参加者全員に「美味しい」と言わしめた。
後日再び東西新聞社のメンバーが店を訪れると、富二郎は「社用族とか食通とか、そんなお客が増えちまいましてね。こっちで昔みたいな気心の知れた人たちを相手に、質素で真心のこもった商売をしたいと思ったんでさあ」と語った。
「しんとみ寿司」と富二郎は美食倶楽部の宇田がハンバーガーショップを開いた回でも登場し、「酢飯の大事さ」を間接的に教え、そこからハンバーガーのパンを軽視していた宇田を立ち直らせている。
この「しんとみ寿司」は、大路魯山人がその腕を認めた矢沢貢氏の「新富鮨」がモデルではないかという説がある。(1巻より)
中華の達人、周大人
山岡が中華料理の分野で絶大な信頼を寄せるのが、周大人である。山岡と栗田、田畑と花村が横浜中華街で食事をしていた際、提供されたトンポーローを「出来損ないで食べられない」と山岡が一喝し、店主と喧嘩になったことがある。
その時包丁を持って暴れる中国人の料理人を止めたのが、周大人だった。そのとき「私は周懐徳といいます」と名乗っている。その後、山岡と料理人の豚バラ煮込み対決を行うことになり、周大人の広大な屋敷に4人が招かれた。
対決は公正に執り行われ、周夫妻の判定で山岡の勝ち。その後「究極のメニュー」について語り合うことになり、山岡はなにかと周大人の力を借りることに。また、周大人も行方不明になっていた娘とお抱え料理人の結婚などで、協力を仰いだ。
周大人はかなり強い力を持っているようで、中国から国家副主席が来日した際には「ハナタレ坊主」と笑っている。また、この回で対面した海原雄山も、一目置いていた。(2巻より)
この周大人だが、モデルは中華料理店店主でバラエティ番組にもたびたび出演した周富徳氏であると見られている。
「鯛ふじ」の大不二
和食料理人になりたいと東西新聞社を訪れたジェフ・ラーソン。谷村部長の計らいで日本料理店に連れて行くと、その店の花板が刺し身を切って包丁で魚に乗せ、最終的にいけすのように見せるという演出を見せる。
ジェフは「この刺身は美味しくない」「この店で働きたくない」と話す。花板と店の経営者は「外国人は味がわからない」とバカにするが、山岡は「俺も感心しなかった。それも魚のせいじゃない」と啖呵を切る。そして、1週間後にジェフの作る刺身で証明してみせると言い放った。
山岡がそんなジェフを預けたのが、日本橋・箱崎の「鯛ふじ」。主人の大不二は、「山岡さんがそこまでいうなら」と弟子入りを許可する。そして、スーッと引きながら刺身を切ったうえ、大きな氷を包丁で細かく切り刻み、洗いを作ってみせる。ジェフはその技術に感動し、自ら弟子入りを志願した。
大不二は1本の大根から3メートル以上の大根の帯を作れるようになれば、包丁はどんなにでも使いこなせるようになる」と大根の桂剥きをやってみせる。
修行したジェフは、1週間後の勝負で、習得した氷を薄く切る技を披露する。彼の作った洗いを「外国人は味がわからない」とバカにしていた経営者も認め、過度な演出の見直しを誓ったのだった(2巻)
山岡も認める包丁技術を持つ料理店として登場した「鯛ふじ」は実在する名店。多くの人に愛され、2017年に惜しまれつつ閉店したそうだ。
料理人たちの存在も物語のスパイス
本稿で紹介した以外にも、山岡がその味や技術を信用している人物は数多い。そんな彼らの存在もまた、物語を盛り上げるスパイスとなっているのだろう。