山岸凉子の名作BL『日出処の天子』を読むと恋愛がうまくいかなくなる? 厩戸王子のひねくれた魅力
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高校生活の3年間、私の頭をボンヤリさせた作品があります。『日出処の天子』です。聖徳太子(作中では厩戸王子)が摂政になるまでの若かりし頃を描いた作品で、山岸凉子先生の超代表作。
厩戸王子が同性愛者で超能力者という設定であるため、新聞で「法隆寺がカンカンに怒った」などというデマ記事が作られたほどの衝撃作でした。しかし作品はそんなことはどうでもいいくらい、史実とフィクションが上手に組み合わされ、よくできているんです。細かな伏線がいくつもあり、それが丁寧に拾い上げられているところなど、作者の構成力の高さを感じます。
物語は蘇我毛人と厩戸が出会うところから始まります。この「出会いかた」も、ずっとあとになってきっかけが明かされます。
毛人の同母妹である刀自古も主要人物のひとりですが、蘇我と物部の戦争中、彼女は物部氏出身の実母と一緒に疎開させられます。そこでの体験が、「う、ここにも……」「わあ、これも……」と、後々さまざまな出来事の伏線となるんです。
それで史実とピタッと合致するのだから、ホント山岸凉子先生は天才ですよ!
そして、多種多様な登場人物のありようから「家族とはなんだ?」ということを考えさせられます。
厩戸王子は、幼い頃から異形のものたちを見ることができ、ものを自由に動かせたり、人にはない力を持っていました。そのため実母である間人皇女(はしひとひめ)から疎まれて育ちます。これが物語の軸です。
間人皇女は厩戸王子以外の息子たちのことは溺愛し、妻として母として慎ましく愛情深い。しかし厩戸に対しては、いつもとまどい、接し方がわからず距離を置きます。彼の能力を恐れる母の気持ちを厩戸は敏感に察知し、またそれを感じる間人皇女はさらに彼を避けるようになってしまいます。
厩戸は家族がキャッキャ団らんしているときも、ひとり屋敷の別棟にある自室で過ごしています。親の愛情を受けられずに育ったため他人を信頼しません。厩戸は頭脳明晰、学者も敵わないほどの知識を持ち、冷静でときに冷酷な人間に育ちました。
全編を通して語られるのは厩戸王子の孤独。読む度に胸が締め付けられます。そして間人皇女に腹が立って仕方がありません。自分の息子なんだから分け隔てせずにかわいがれよ! ひとり孤独に耐え、強がる厩戸がもうかわいそうでかわいそうで、10代の頃は今すぐ自分が間人皇女の代わりに抱きしめてあげたいと悶えていました。このレビュー書くのに読み返した今もちょっとヤバい。なんなら今からpixivに二次小説でも書いちゃおうかという勢いです。
厩戸は、与えられるべき愛情を与えられなかったために、非常に人として扱いにくい。でも根は優しいし、賢いし、彼を好きな人は周りにたくさんいます。後に推古天皇となる額田部皇女やその娘の大姫、舎人の淡水、蘇我馬子、ああもう数え切れない。なのに本人はそれを素直に受け入れられないんです。ひねくれてるから。いつでも人を見下しているから。
私は子どもの頃から「母になりたい」という願望があまりありませんでした。ひとりの人間が幸せになれるかは母親に責任があり、自分はその責任をきっと果たせないと思っていたのです。間人皇女のことは大嫌いだけれど、自分は彼女とは違うと言い切れなかった。それよりも、愛情に恵まれなかった、生きづらさを感じる子どもに手を差し伸べたいという気持ちが強いんです。
恋愛でも円満な家庭で育った男性にはまったく惹かれません。複雑な家庭で育ち、闇を抱えてなお知性の高い人につい惹かれちゃうんです。たぶんこれ厩戸王子のせいです。今まで好きになった人、みんなサバイバーで、冷静で、お勉強ができて物知りの人でした。それってガチ厩戸じゃないですか! どうしてくれるんだ、お前がものすごく寂しそうだからだぞ!! そして安穏と生きてきた毛人は嫌いだ!
つい最近も、すごく好きだった人がドンピシャ厩戸タイプでした。知識が豊富で論理的でめちゃくちゃ話してて楽しかった。でも途中から知識で攻撃されるようになり「お勉強できないあたしはグズでバカでダメな子なんだ、うっうっ」という気になってしまい、ついぶち切れたらブロックされてしまいました。
私ももうちょっとやんわり対応できなかったものかとも思うんだけど、被虐待児が「試し行動」に類することをすることをちゃんと認識していないと深い関係を築くのは難しいのかもしれません。ブロックする前に少し話し合いたかった。厩戸タイプと恋愛するのは技術がいりそうです。
私、『日出処の天子』を読んで人生が変わりました。厩戸め……、お前のせいで恋愛がうまくいかないんだぞ、また法隆寺に会いに行くからな!
■和久井香菜子(わくい・かなこ)
少女マンガ解説、ライター、編集。大学卒論で「少女漫画の女性像」を執筆し、マンガ研究のおもしろさを知る。東京マンガレビュアーズレビュアー。視覚障害者による文字起こしサービスや監修を行う合同会社ブラインドライターズ(http://blindwriters.co.jp/)代表。
■書籍情報
『日出処の天子』
著者:山岸涼子
出版社:白泉社