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三浦春馬さんの好演も見逃せない 『こんな夜更けにバナナかよ』が現代社会に伝えるメッセージ

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リアルサウンド

 鹿野靖明という人物の生き方から、我々ははたして何を学ぶことができるだろうか。そんな前のめりの姿勢で映画を観るというのはあまり落ち着かないスタイルではあるが、自立生活を送るひとりの筋ジストロフィー患者と彼を支えるボランティアたちの何気ない日常が延々と積み重ねられていく『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』を観ていると、不思議とそこから何か学べないものかという欲が出てしまう。それは皮肉にもこの映画が公開された2年前と社会全体の様相がガラリと変わってしまったからなのか、それとも“自己責任”というあまりにも無責任な言葉がさも当然のように横たわるほど心が貧しい社会になってしまったからなのだろうか。

 物語は高畑充希演じるフリーターの美咲が、合コンで知り合った三浦春馬演じる医大生の田中に会うため、彼がボランティアとして働くある部屋を訪れるところから始まる。そこで出会ったのは、国の指定難病である筋ジストロフィーを幼い頃に患い、首と手しか動かすことができずに、大勢のボランティアに囲まれながら生活している鹿野という男だった。とにかくわがままかつ自由に振る舞いボランティアを振り回す鹿野に一瞬で気に入られてしまった美咲は、知らず知らずのうちにボランティアとして働くことになるのである。

 遺伝子の変異によって筋肉に不可欠なタンパク質の機能に異常が生じ、細胞機能を維持できなくなる。それによって筋肉の変性や壊死が起こり、筋萎縮や筋肉量の現象によって運動障害がもたらされる。筋ジストロフィーという名前こそ聞いたことあれど、それが一体どういう病なのか知らない人も少なくはないだろう。同じように全身の筋力が低下していくALS(脳萎縮性側索硬化症)という難病もあるが、そちらは運動ニューロンが原因となる神経変性疾患であるため異なっており、それでもやがて体が動かなくなり呼吸機能障害などの合併症を引き起こすという点では共通している。

 けれどもこの映画では、その病気が一体どんな病気なのかという点についての説明はごく最低限しか為されない。「なぜ病気になったのか」「どうやったら治せるのか」といった無意味にドラマティックなことは二の次三の次であり、あくまでも「どう生きていくのか」というすごくシンプルな部分にだけフォーカスを当てていく。他人との関わり合いの中で、恋をして、悩んで、わいわい盛り上がって、夢を持つ。それはつまり、障がい者と健常者が同じ環境で対等に生きる、“ノーマライゼーション”の思想が映画にも強く反映されているからではないだろうか。

 劇中の言葉を引用すれば、「生きるってのは迷惑を掛け合うこと」「人間できることよりもできないことの方が多い」。できないことは勇気を持って誰かに頼ればいいし、誰かに助けを求められたときに応えられるならば応えればいい。少なからず現代社会では、いかに他人に迷惑をかけずに生きていくかばかりが求められ、自身に限らず他者にもそれを強制しようとするきらいがあるように思えてならない。それどころから前述した“自己責任”しかり、共助や公助よりも自助に著しく比重を置く価値観であったり、誰もが気を張りながら生きている一方で弱者だの強者だのと勝手に定義して自分と異なる立場の人間を平然と切り捨てていったりと、人間関係なるもののすごく当たり前のことがなぜか蔑ろにされてしまっている。とくにこの数カ月間はそれが顕著になっていると感じることばかりだ。

 閑話休題、つまりこの映画で描かれている“人間ドラマ”に何も特別なことはないのである。たしかに鹿野は障がい者と括られてしまう立場にある以上、社会的には“弱者”に当たるのかもしれないが、それはあくまでも相対的なものに過ぎない。夢を持ち続け人を惹きつけることができる彼は誰かの希望になることができる。一方で、鹿野を支え続ける美咲は嘘で自分を取り繕いながら生きていたり、田中は将来や親との軋轢に苦悩しながら人生を模索していくなど、誰もがそれぞれの弱さや脆さを抱えて生きていることに違いはない。それを誰かにさらけ出しながら、できる範囲で誰かの支えになろうとしていくことは、理想的な共助のかたちではないだろうか。「完璧な人間なんていない」というビリー・ワイルダーの映画の台詞が頭の中を何度もよぎっていく。

 そしてやはり、この映画を語る上で触れないわけにはいかないのは、田中役を演じる三浦春馬の存在だ。終盤で描かれる明け方の美瑛のシーンにおける彼の語る台詞のひとつひとつが、公開当時に観たときと今ではまったく違う言葉に聞こえてきてしまうのは、もう避けては通れないことだ。ただどの作品を観ても変わらない、三浦のくしゃっとした笑顔と凛としたたたずまいはこの映画にも間違いなく記録されていることは明記しておきたい。こんなにも素晴らしい役者がいたことを、決して忘れてなるものか。この数カ月間何度も思ったことだが、改めてそう思える好演であった。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■放送情報
『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』
日本テレビ系にて、12月4日(金)21:00〜22:54放送(※地上波初放送)
出演:大泉洋、高畑充希、三浦春馬、萩原聖人、渡辺真起子、宇野祥平、韓英恵、竜雷太、綾戸智恵、佐藤浩市、原田美枝子
監督:前田哲
脚本:橋本裕志
原作:渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫刊)
配給:松竹
(c)2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会