『ドカベン』水島新司が野球界に与えた影響とは? パ・リーグ人気を高めた功績
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『ドカベン』『あぶさん』『野球狂の詩』など数多くの野球漫画を世に送り出した漫画家の水島新司氏が、12月1日引退を発表し、世間に驚きが広がった。
水島作品は非現実的要素を排除し、野球というスポーツを深く掘り下げており、野球界に大きな影響を与えたといわれている。水島新司氏が野球界、ひいては野球ファンに与えた影響とはなんであったのか、本稿では類稀なる氏の功績を振り返りたい。
パ・リーグの人気向上に貢献
水島氏の大きな功績の一つに、パシフィック・リーグ人気向上への貢献がある。今でこそ球場が満員になることも多いパ・リーグだが、80年代から90年代にかけては低迷。黄金時代だった西武ライオンズ以外のチームは観客動員に苦戦し、テレビ中継もまばらだった。
興行的に苦しい時代が続くなか、水島氏は『あぶさん』の主人公・景浦安武を南海ホークスに入団させ、活躍を描くとともに、多数のパ・リーグ選手を登場させ、名勝負を展開させる。
特に80年代の名投手たちとの勝負は熱いものがあり、阪急ブレーブスの山田久志氏、ロッテオリオンズの村田兆治氏、西武ライオンズの東尾修投手、そして作中で景浦が「対戦した中で最も速い」と称した阪急ブレーブスの山口高志氏。当時ネットはもちろん、TV中継もまばらだった時代に、漫画を通じてその凄さを伝えた。
さらにパ・リーグの強打者たちもこぞって登場。なかでも景浦のライバルとして描かれたのが、二年連続三冠王のロッテオリオンズ落合博満氏だ。三冠王を狙う落合氏に対し、代打出場が中心となっていた景浦がホームラン王争いを繰り広げたこともある。
そのほかにも南海ホークスでチームメイトの門田博光氏、日本ハムファイターズ時代の張本勲氏、西武ライオンズの清原和博氏、同秋山幸二氏など、パ・リーグのスターも登場。実力がありながら、日の目を見ることが少なかったパ・リーグの選手を取り上げることで、彼らの存在を世間に広めたのだ。
また、『ドカベン』のプロ野球編でも、山田太郎が西武ライオンズ、里中智が千葉ロッテマリーンズ、殿馬一人がオリックス・ブルーウェーブ、岩鬼正美が福岡ダイエーホークス(当時)に入団し、中盤までパ・リーグ中心で物語が進められた。
時代が進むに連れ、CS放送やネットの普及、さらには地域密着化でパ・リーグの人気が向上。さらに実力もセ・リーグを上回り、2013年から日本シリーズは全てパ・リーグのチームが日本一になった。2019年、2020年は福岡ソフトバンクホークスが4連勝で読売ジャイアンツに勝利し、強さを見せている。
不遇の時代にパ・リーグ応援団長として『あぶさん』を盛り上げた水島氏の功績は、非常に大きなものがある。水島氏の尽力があったからこそ、今のパ・リーグがあると言っても過言ではないだろう。
キャッチャーにスポットライトを当てる
『ドカベン』の主人公は、キャッチャーの山田太郎。連載当時の野球界は投手や長嶋茂雄氏が守った花形のサードが人気で、キャッチャーは地味なイメージがあった。
水島氏はそんな状況で敢えて主人公をキャッチャーに据え、配球という描写を加える。『ドカベン』の作中では、キャッチャーの山田が打者の態度や性格を読み、投手の里中に敢えてど真ん中に投げ込む、スローボールを投げるなどのサインを送り、その通りに投げて打ち取るシーンがたびたび登場する。これは、それまでの野球漫画では見られないことだった。
主人公山田の打者の癖や性格を見抜いて投手をリードする様子に影響を受けた野球選手は、プロアマ問わずかなり多いと聞く。漫画でキャッチャーの頭脳が試合に大きな影響を与えることを描くことによって、その重要性をアピールしたのだ。
現代の日本野球では「良いキャッチャーがいるチームは強い」と認識されているが、この要因の1つにドカベンの存在があるともいわれている。
野球の細かいルールを周知させる
『ドカベン』内では、野球のルールブックに記載されているが、現実には出にくいプレーも登場する。
特に語り草になっているのが、「ルールブックの盲点」と言われたプレー。山田太郎2年の夏、山田太郎2年時の明訓高校対白新高校戦、10回表1アウト満塁で、明訓の微笑三太郎がスクイズ。これが投手不知火へのフライとなり、キャッチすると一塁へ送球。ダブルプレーでチェンジとなり、得点は入らないものと思われた。
ところが一塁がアウトになる前に三塁ランナーの岩鬼正美がホームベースを踏んでおり、アウトを3塁走者で成立するようアピールしなかったため、得点が認められた。
このプレーは後に高校野球の甲子園大会で出現し、選手が「ドカベンで知っていた」とコメントしている。水島氏が、細かいルールを全国の野球選手に認知させたのだ。
水島氏の作品は派手な魔球などがなく、ルールに沿った形で進められる。そのため、『ドカベン』や『あぶさん』などを通して野球の細かいルールや試合に臨む心構えを学んだ選手は多い。
水島氏の功績に感謝の声が続々
水島氏の引退が報じられると、王貞治福岡ソフトバンクホークス会長や清原和博氏、元読売ジャイアンツの江川卓氏、元横浜ベイスターズ監督牛島和彦氏など、多くの野球界OBが功績に労いの声を送っている。その事実を見ても、水島氏が野球界に大きな功績を与えたことは明らかと言えるだろう。