トータス松本、連続テレビ小説『おちょやん』で“ダメ親父”を熱演 俳優への目覚めから演技派としての地位確立に至るまで
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2005年頃のこと。1999年に脱退したベーシストのジョンBが、2003年にバンドに復帰し、4人編成に戻って勢いを取り戻した、いいアルバムも作った……という手応えはあったが、セールス面等で、今ひとつ波に乗ることができないウルフルズに、煮詰まりを感じていたトータス松本。
そんな時、黒澤明の映画を観まくっているうちに、三船敏郎に改めて魅せられ、「この人の跡を継ぐのは俺なんちゃうか」「音楽やめて俳優になるべきなんやないか」と本気で思い込むようになる。というタイミングで出演したテレビの音楽番組の打ち上げで、共演者の奥田民生やサンボマスターにその思いを打ち明けたところ、後日、奥田民生から「今(井上)陽水さんと飲んでるから、ちょっと来い」と呼び出される。
小林聡美なども集まっていたその席に行くと、井上陽水には「役者になるんだって? いいじゃないか、僕はおもしろいと思うよ」などとニヤニヤしながら言われるも、奥田民生は「いや、陽水さん、アホですよこいつ! いったいおまえは何を言っとるんだ!」と、真剣にトータスを大説教。その民生の言葉に心を動かされ、思い留まったが、三船にハマったことは作品に残しておこうと思い、「サムライソウル」という曲を書いたーー。
というのは、トータス松本がインタビューやラジオなどでよく口にしているエピソードだが(僕も二回インタビューで話してもらったことがあります)、皮肉なことに、そうやって「バンドマンでいこう」と意志を固めたあたりから、俳優としてのトータス松本の活動も、軌道に乗っていったような印象がある。
その「民生大説教事件」よりも前に出た作品、俳優デビュー作の『涙をふいて』(2000年、フジテレビ)や、初主演作ドラマ『ギンザの恋』(2002年、日本テレビ系。全10話のはずが7話で打ち切りになる、という、ドラマとしてはめずらしいくらい派手なコケかたをした。ちなみにトータスはここで、脚本のひとりだった福田雄一と出会っている)の頃までは、まだ「普通に自然な芝居ができる人」という感じだったが、2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』にジョン万次郎役で出演したあたりから、「しょっちゅう出るわけではないけど、出れば確実にインパクトを残す」役者としてのキャラクターを確立していく。また、それと同時に、「普段のまんまの関西弁のあんちゃん/おっさん」としての演技と、「普段と全然違う演技」の両軸で、見事な芝居を見せるようになる。
2019年のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』で演じた河西三省は、1936年のベルリンオリンピックで歴史に残る「前畑がんばれ!」の実況をした人で、あの時代のアナウンサーの名調子を標準語でやらなければいけない、という難易度の極めて高い役だったが、その一切危なげない演じっぷりには、とても驚いた。
というわけで、2020年11月30日にスタートしたNHK連続テレビ小説『おちょやん』の第1週目「うちは、かわいそやない」で、主人公・竹井千代(今のところは子役の毎田暖乃)の父親、竹井テルヲを演じるトータスを、毎朝楽しみに観ているのだった。
妻(三戸なつめ)を早くに亡くし、養鶏で生計を立てているが、鶏の世話も弟ヨシヲ(荒田陽向)の世話も、家事も、千代にまかせっぱなしで、彼女は学校にも行けない。商売下手で家は大貧乏なのに、酒ばかり飲んでいる。街に行ったら10日ぐらい帰って来なくて、今で言うところのネグレクト状態になるのはザラ。
おまけに突然「新しいお母さんや」と栗子(宮澤エマ。料理屋の仲居をしていたそうだが、三味線を持って来てよく弾いているところを見ると、その前は芸子だったと推測できる)を、連れて帰って来る。その栗子が家事も何もしないわ、ヨシヲの分のおはぎを勝手に食っちゃうわ、ヨシヲが崖から落ちて行方不明になり、村中大騒ぎで捜索しているのに加わろうともしないわ、というひどい女。
で、千代と対立し、「あの子、奉公に出せばええやないの」と言い始め、お腹に子供がいることもあって、テルヲはそれに逆らうことができず……。と、「父親はダメな人」であることが多い歴代朝ドラの中でもトップレベルのダメ親父、という、おそらく普段の彼とは正反対の役柄を、おそらく普段のまんまのノリの関西弁や表情や動きで、活き活きと演じている。
第3回の放送(12月2日)では、「あんな女、お母ちゃんと正反対やないか」と言う千代に、「せやろ。せやさけ惚れたんや。似ててみい、思い出してしまうやんけ」と答えるなど、かわいくて憎めないところもあるが、その憎めないところがよけいタチが悪い、とも言える。
とにかく、「よくキャスティングしてくださいました!」としか言いようのない、このトータスのテルヲを、いつまでも観ていたいが、この展開だと12月7日の週からは、千代は街へ奉公に出ることになるだろうから、当然、出番は減るだろうな。
そういえば、『龍馬伝』のジョン万次郎も、『いだてん~』の河西三省も、「途中から出る」「ずっとは出ない」役どころだった。ウルフルズでの活動があるし、長期間がっちり身柄を押さえられるような役のオファーは、そもそも受けないことにしているのかもしれない……。
と思ったが、この役についてトータスは、「テルヲが今後もだらしなくてどうしようもない父親のままなのか、それとも最後は少しぐらい良い人間になるのか」「テルヲのこれからを温かく見守ってください」と言っているので、今後も出番は続くようです(参照)。ホッとしました。
そういえば老人の役をやっているトータスは、まだ観たことがない気がする。そのあたりまで出続けてくれることを期待します。
■兵庫慎司
1968年生まれ。音楽などのライター。「リアルサウンド」「DI:GA ONLINE」「ROCKIN’ON JAPAN」「週刊SPA!」「KAMINOGE」などに寄稿中。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
※記事初出時、一部内容に誤りがございました。訂正の上、お詫びいたします。