『危険なビーナス』とは何だったのか? 難易度の高い関係を演じきった吉高由里子の手腕
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「聞きたいことが山のようにあるけど、とりあえず一番聞きたいことを尋ねます」
3カ月にわたって繰り広げられた謎解きもついに決着。『危険なビーナス』(TBS系)最終話では、矢神家の遺産をめぐる謎の全容が明らかになった。(※以下、ネタバレあり)
康治(栗原英雄)が逝き、明人(染谷将太)が姿を見せない中、長女の波恵(戸田恵子)は親族会議を招集。遺産を康之介(栗田芳宏)の子どもたちで分けることを決議しようとする。
だが、ここで波恵が衝撃の告白をし、相続のゆくえは伯朗(妻夫木聡)の手に託される。伯朗は、楓(吉高由里子)、勇磨(ディーン・フジオカ)と禎子(斉藤由貴)の実家である「小泉の家」に向かった。あっさりと研究記録は見つかったが、違和感を覚えた伯朗は小泉の家に引き返す。そこにいたのは意外な人物だった。フラクタル図形と後天性サヴァン症候群、実父・手島一清(R-指定)が残した「寛恕の網」の絵と禎子の死の謎。全てがつながって真犯人が語る動機は、人智を超えた神のみぞ知る領域だった。
姿を現したのは犯人だけではなかった。楓の正体を知った伯朗の心境は、察するにあまりある。タイトルの「危険なビーナス」が楓を指すことは確定でいいだろう。楓に魅かれ、弟の妻という言葉を信じて献身的に尽くしてきた伯朗にとって、嫌われたり、単純に裏切られるよりも、この結末はダメージが大きい。楓の存在そのものが嘘で、その楓を信頼するという危険すぎる罠に伯朗ははまってしまったのだ。伯朗の虚ろな表情は、信じていたものが根底から覆された人間のそれだった。
ここで「どこからが嘘でどこからが本当か?」と問うことはあまり意味がない。楓は「自分は妻なんだと思い込んで」いたのであり、明人の妻になりきっていた。そんな楓を信用してしまった伯朗も仕方がなかったと言えば言えるし、全てが嘘だったかと言うと、義理の兄妹として過ごす中で刻まれた記憶や感情は、それはそれでリアルな“真実”だったからだ。
楓を演じた吉高由里子。全てを知っていて知らないふりをする。嘘をついていることが無意識に行動に出てしまうのを、さりげなく、嘘をついているとは思わせないように、自分でも気づかないふりをして演じる。それらをストーリーの進行に合わせて出し入れする。天真爛漫なオーラを発散しながら、難易度の高い演技をやり通したのは見事と言うほかない。妻夫木聡の「受け」の演技も際立っていた。優柔不断で楓に振り回される、どっちつかずな悩ましい心理をありありと描いてみせた。『危険なビーナス』が最後まで緊張感を持続できたのは、メインを張った2人に負うところが大きい。
最終話では、とうとう妄想が現実になった。伯朗が思いを遂げるドラマオリジナルのエンディングは、未知の領域に足を踏み入れた真犯人と対をなしている、と考えるのは穿ちすぎだろうか? 康治は人為的に天才脳を作り出そうとして思いとどまり、一清は自分が描いているものの意味を理解していなかった。別の見方をすると、「危険なビーナス」とはウラムの螺旋のように、全てを知ろうとする人間の欲望を駆り立てるもののことで、その人間を破滅させる危険を持つ。何も知らなかった伯朗が、最後にそこそこ幸せな結末を迎えている姿からは、逆説的に知ることの功罪を考えさせられる。
さて、本作を最終話まで観た皆様には、ぜひ2周目の視聴をおすすめしたい。番組のステマで言っているのではなく、結末を知ってから観ると、意外なところに伏線が散りばめられていることに気付く。2度楽しめる『危険なビーナス』。潜入捜査官になった気持ちでご覧になってはどうだろうか?
■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログ/Twitter
■放送情報
日曜劇場『危険なビーナス』
TBS系にて、毎週日曜21:00~21:54放送
出演:妻夫木聡、吉高由里子、ディーン・フジオカ、染谷将太、中村アン、堀田真由、結木滉星、福田麻貴(3時のヒロイン)、R-指定(Creepy Nuts)、麻生祐未、坂井真紀、安蘭けい、田口浩正、池内万作、栗原英雄、斉藤由貴、戸田恵子、小日向文世
原作:東野圭吾『危険なビーナス』(講談社文庫)
脚本:黒岩勉
プロデューサー:橋本芙美(共同テレビ)、高丸雅隆(共同テレビ)、久松大地(共同テレビ)
演出:佐藤祐市、河野圭太
製作:共同テレビ、TBS
(c)TBS