岩井澤健治×久野遥子が語り合う、『音楽』に詰まったロトスコープアニメの可能性
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2020年1月に公開されロングラン上映を記録した、岩井澤健治監督のアニメーション映画『音楽』のBlu-ray&DVDが12月16日に発売される。
個人制作で7年もの歳月をかけて作られた本作は、オタワ国際アニメーション映画祭でグランプリを受賞、さらにアヌシー国際アニメーション映画祭で最優秀オリジナル音楽賞を受賞するなど世界で高い評価を受け、日本でも公開されるやいなや大きな評判を呼んだ。
実写から描き起こすロトスコープという手法で作られた本作は、一般的な商業アニメ作品とは一線を画する独特の雰囲気をまとっている。今回、本作の魅力を解き明かすべく、岩井澤監督と、ロトスコープを得意とするアニメーション作家・久野遥子氏(『花とアリス 殺人事件』、『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』など)をお招きして本作の魅力について語ってもらった。(杉本穂高)
『音楽』は成熟した大人の作品
――おふたりは以前からお知り合いだそうですね。
久野遥子(以下、久野):初めてお会いしたのは下北沢で開催された作品の特集上映の時ですよね。
岩井澤健治(以下、岩井澤):そうですね。僕が下北沢映画祭の人と知り合いで、ロトスコープ特集をやりたいと聞いたので、ならばぜひ久野さんを呼んでくださいと推薦したんです。僕は、その頃まだ『音楽』の制作中で、久野さんは『花とアリス 殺人事件』を手掛けるなど、大活躍されていましたから。
――出会った頃はまだ制作中だった『音楽』が公開され、高く評価されましたが、久野さんは率直に本作にどんな感想を持ちましたか?
久野:アニメーションの表現として珍しいというのもありますが、やはり映画作品としてシンプルに面白いですね。アニメーション技術に詳しくない人が観ても楽しめることに加えて、純粋に大人向けというか、成熟している印象があって、良い意味で幼さがない作品だと思います。
――確かに、一般的な日本の商業アニメとは異なる印象を与える作品です。独特の間などもとても魅力です。岩井澤監督は、最初から間を生かす演出プランを立てていたのですか?
岩井澤:はい。フェスなどの演奏シーンはたくさん動かすけど、それ以外のシーンでは大胆に間を作ってみようと考えていました。
――フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の映画を思わせる間のとり方だと思いました。
岩井澤:カウリスマキや北野武は意識していました。その他、押井守監督の『機動警察パトレイバー』などもこういう間のとり方をしていたので、アニメーションなら普通にありだろうと僕は思っていたのですが、多くの方が間のことを指摘されるので、かなり珍しかったんでしょうね。
――間を効果的に使った日常シーンと対称的に、フェスなどの演奏シーンではものすごく動きますね。髪の毛を一本ずつ描写するほど描き込み量が多く、さらに激しく動かしています。
岩井澤:あれは完全に力技です。あれだけの密度で激しく動かせば、何も知らない人も驚いてくれるはずだと考えました。
――その演奏シーンでは音楽そのものも重要だと思いますが、音響や音楽制作はどんな点をこだわったのですか?
岩井澤:僕は絵があれば音楽は自然に決まってくるだろうと考えていて、制作の途中まで音楽のヴィジョンはあまり持っていませんでした。でも、演奏シーンを撮影するにあたり音楽がいよいよ必要になったので、原作者の大橋さんのツテでミュージシャンの方にお願いしました。こちらからイメージを伝えて、上がってきたものはほぼOKという感じで、実はそんなに苦労していないんです(笑)。
――研二たちがドラムやベースを弾くだけの音などはどうやって決めたのですか?
岩井澤:あれはひとまず仮で「そのまま叩いてみますか」という感じでミュージシャンの伴瀬朝彦さんに原作のイメージどおりにひとつずつ演奏してもらったものです。大橋さんも「これでいいんじゃない?」とおっしゃるし、みんなもそうだねとなって(笑)、なんとなく録った音を劇中でそのまま使っているんです。
――本当に初期衝動のままの音なんですね。フェスのシーンの音は現場で録った音を使っているのですよね。
岩井澤:そうですね。実際にフェスを撮影したんですけど、音もその時のものを使っています。最後に全員でセッションするシーンは、スカートの澤部渡さんに作ってもらいました。
――フェスの開催はかなりコストがかかったのでは?
岩井澤:いえ、そうでもないです。埼玉県深谷市のフィルム・コミッションの方にお話したら快く協力していただけました。深谷フィルム・コミッションでは入江悠監督作『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』でフェスシーンをやった経験があり、その時参加していた中嶋建設さんにもご協力いただけました。あのロケ地は、僕らが撮影する少し前には塚本晋也監督作『野火』の爆破シーンを撮影していたそうで、いろんな映画に協力的なんです。フェスの撮影風景は、パッケージのメイキングにも入っています。7年間の制作を追いかけた『情熱大陸』みたいな面白いドキュメンタリーに仕上がっているのでぜひ観てほしいです。
――最後に岡村靖幸さんが出てくるのも驚きでした。
岩井澤:岡村さんについては、企画の初期段階からお名前が上がっていました。岡村さんにお願いできたら最高だよねって。本当に受けてもらえるとは思っていませんでしたけど。
ロトスコープは幅広い表現が可能
――岩井澤監督は、なぜロトスコープを選んだのですか?
岩井澤:少人数で制作しますし、実写の動きがベースにあれば、アニメーター経験者じゃなくても絵心あればなんとかなるだろうと思っていたんです。実際はそう簡単ではありませんでしたが。極端な話、僕が一人で作る可能性もあったので、この方法しか考えられなかったです。
――コストや労力的な理由が大きかったんですね。久野さんもロトスコープをよく使いますが、それ以外でロトスコープのメリットはありますか?
久野:岩井澤さんがおっしゃったように、最初からルックの下描きがあるのは大きいです。やはり、何もないところからアニメーションを作るのは途方もない作業で、何も見ないで芝居をきちんと描ける人ばかりではないですし、コップを持つような単純な芝居にこそ技量が出ますから、ロトスコープならその技術差をある程度埋められるというのはありますね。
――なるほど。しかし、ゼロから作れるからこそアニメーションは実写にない自由があるとも言えると思うのですが、実写の動きに制限されてしまうということはないのですか?
久野:それもありますが、自由であるはずのアニメーションも、やはり現実の動きに基づいていることが多いですし、描き手次第だと思います。いかにリアルの良いところだけを持ってくるかによって変わりますから。
岩井澤:ロトスコープは、実写をそのままトレースするものだと思われがちですけど、キャラクターに置き換えるといろんな魅力が出せると思っていたので、『音楽』ではキャラクターデザインを原作に寄せてデフォルメしようと決めていました。動きにかんしても、そのまま正直に実写の動きを拾うと、すごくムラのあるグラグラした印象になります。そういう動きは極力省き、止めを多用してメリハリをつけることを意識しました。
――ロトスコープとひとくちに言っても、絵の抽象度で全く印象が変わりますね。久野さんの作られた短編『Spread』では、実写から絵に移行し、抽象度がどんどん変わっていきます。
久野:あれはNHKの番組の企画で作ったものですが、当時ロトスコープに苦手意識を持っている人に会う機会が多かったので、絵のデフォルメ次第でこれだけ幅のある表現が可能になるんだということを、一本の作品で証明しようと思ったんです。
Cuushe – Spread (dir: Yoko Kuno) from flau on Vimeo.
ロトスコープはアニメーションに偶然の奇跡をもたらす
――実写とアニメーションで表現上の違いをどう考えますか?
久野:いわゆる商業的なアニメと実写の現場は進め方が逆だという印象です。アニメは最初にカットを全て決めてしまって、そこから絵の印象や背景をどうするかなど、ちょっとずつ広げるというやり方です。実写もある程度決めて撮影しますが、撮ったものから絞り込んでいくという感じですよね。映画には偶然による奇跡ってあると思うんです。商業アニメの作り方だとそれが起きにくいとは思いますね。でも、ロトスコープはアニメーションでアクシデントを起こすために有効だと思います。『Spread』で赤ちゃんを撮ったのはそのためです。赤ちゃんは段取り通りに動きませんから。
岩井澤:『音楽』も、せっかく撮るならアドリブも欲しかったので、現場で「何か身体で表現してください」みたいな無茶ぶりをしていました。アドリブの動きをそのまま採用しているシーンもあります。一番わかりやすいのは、森田が研二をフェスに誘う時の変な動きです。あれはその場で「何かやってください」と言ってやってもらったものです(笑)。
――あれは面白い動きでしたね。あと、ロトスコープの場合、そもそもまず役者さんを選ぶ必要がありますよね。どういう基準で役者を選ぶのですか?
岩井澤:作画の負担を減らすため、今回はキャラクターの雰囲気に近い人を選びました。面白いのは、キャラデザをあれだけデフォルメしているにもかかわらず、元の役者さんの雰囲気が残っていることです。メイキングの撮影風景と完成作品を比べていただくとわかると思いますが、どこか面影を感じると思いますよ。
今後はより広い世界で勝負したい
――岩井澤監督は今後どんな仕事をしていきたいのですか?
岩井澤:せっかくアニメーションで一つの成果を出せたので、次はちゃんと予算をもらってアニメーション作品を作りたいです。次回作もロトスコープでやりたいですね。
――やはりインデペンデントな市場で今後もやっていきたいのですか?
岩井澤:インデペンデントの世界には多様性があって、そこで作品を作る意義を僕は感じて、今回自主制作で作ったんですが、この世界にはこの世界なりの閉鎖性があって、もっと大きな舞台で戦わないといけないなと感じました。アニメーションは国際舞台で勝負できるジャンルだと思いますから、もっと広い世界に行きたいです。
――インデペンデントの閉鎖性とは、具体的には人間関係のことでしょうか?
岩井澤:それもありますが、例えばアニメーション作品というだけで上映してくれないミニシアターもありますし、アニメーションだから映画として評価しないという評論家もいますし、映画賞の選考対象外な時もあるじゃないですか。それらのことも含めてです。
――そういった閉鎖性は久野さんも感じますか?
久野:私は、ひとつの業界にどっぷりという経験はなく、インデペンデントと商業アニメに片足ずつ軸足を置いている感じなのではっきりと感じたことはないです。でも最近、商業アニメとインデペンデントの業界の壁がなくなってきていると感じますし、この流れがもっと促進されて互いが混じり合えば、いろんなルックのアニメ作品が増えていくんじゃないでしょうか。
岩井澤:僕は、久野さんが本気だして長編アニメーションを作れば世界で通用するすごいものができると思っています。『音楽』は自主制作の長編アニメーションでもこういう結果が出せると証明したので、僕は久野さんにバトンを渡したつもりです。久野さんの作るものは圧倒的ですから。
久野:いえいえ、そんな。
――久野さんは今後映画の予定などはあるのですか?
久野:ありがたいことにお声をかけていただいたり、水面下で動いている作品があります。
――やはりインデペンデントでいきなり長編を作るのは難しいですか。そんな中、自主制作で長編を完成させた岩井澤監督はすごいですね。
久野:本当にすごいことだと思います。
岩井澤:僕は描き手としてはたいしたことないですから7年かかってしまいましたけど、それこそ久野さんが本気になって長編に取り組めば3年くらいですごい作品ができると思います。
――おふたりのように、ひとつの世界に軸足を置いてない存在は閉鎖性を破る意味でも重要だと思います。どんどん閉鎖性を打ち破る活動をしていただけることを期待しています。
■リリース情報
『音楽』
12月16日(水)Blu-ray&DVD発売 ※同日DVDレンタル開始
【数量限定豪華版Blu-ray [2枚組:本編Blu-ray+特典Blu-ray】
価格:7,800円(税別)
収録分数:本編71分+特典映像138分
映像特典:※予定
・メイキング(ドキュメントof『音楽』)
・岩井澤健治監督 短編作品集
福来町、トンネル路地の男
NICKY
嘆きのアイスキャンディー
・パイロット版『音楽』
・フェス演奏シーン線画モノクロver
・新千歳国際アニメーション映画祭「音楽」特別ライブ
・予告編集
数量限定仕様:※予定
・描き下ろしイラスト入り三方背ケース
・デジパック
・84Pブックレット
【DVD/Blu-ray】
価格:3,800円(税別)/ 4,700(税別)
収録分数:本編71分+特典映像5分
監督:岩井澤健治
原作:大橋裕之『音楽 完全版』(カンゼン)
声の出演:坂本慎太郎、駒井蓮、前野朋哉、芹澤興人、平岩紙、竹中直人、岡村靖幸ほか
プロデューサー:松江哲明
アソシエイトプロデューサー:迫田明宏
配給:ロックンロール・マウンテン
配給協力:アーク・ フィルムズ
2019/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/71分
【法人別オリジナル特典】
●ポニーキャニオンショッピングクラブ
・描き下ろしイラスト特別ブロマイド
【特典対象商品】 数量限定豪華版Blu-ray&「古美術」 ベストアルバム同時購入者
・描き下ろしイラストステッカー
【特典付与対象商品】 Blu-ray&DVD全商品
・特別メイキング映像が視聴できるシリアルコード
【特典付与対象商品】 「古美術」ベストアルバム
●Amazon
・描き下ろしイラストL版ビジュアルシート&場面写真ビジュアル シート
【特典付与対象商品】 数量限定豪華版Blu-ray
・描き下ろしイラストL版ビジュアルシート
【特典付与対象商品】 通常版Blu-ray&DVD
・メガジャケット
【特典付与対象商品】 「古美術」ベストアルバム
●タワーレコード
・描き下ろしイラストポストカード
【特典付与対象商品】 Blu-ray&DVD全商品&「古美術」ベストアルバム
●ヴィレッジヴァンガード
・描き下ろしイラストアクリルキーホルダー
【特典付与対象商品】 Blu-ray&DVD全商品
・オリジナルステッカー
【特典付与対象商品】「古美術」ベストアルバム
「古美術」ベスト
12月16日(水)発売
価格:2,500円(税別)
【収録楽曲】
1. サイロ
2. 君の横顔
3. 城がある街で
4. ストーブ
5. フォボスとダイモス
6. 寝坊したぜ!
7. 祭囃子は空耳
8. ばんからばくち
9. Such a Night
10. 難しい言葉は使わずに
発売・販売元:ポニーキャニオン
(c)大橋裕之 ロックンロール・マウンテン Tip Top
公式サイト:on-gaku.info
特設サイト:https://on-gaku.ponycanyon.co.jp