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THE9も誕生、中国は“アイドル黄金期”へ 人気アプリCEOと投資家に聞く、戦略と現状

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リアルサウンド

「BLACKPINKの牙城を揺るがすとしたら彼女たちかもしれないですね」

 11月、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』でパーソナリティの宇多丸さんが中国のガールズグループTHE9の写真を見ながら口にした。「中国アイドル入門特集」でゲスト出演した私は、その日、中国アイドルの歴史と近年の中国アイドルを紹介した。その中で取り上げたのが、今年6月にデビューしたばかりの9人組、THE9だ。

 中国のアイドルオーディション番組『青春有你2(Youth With You 2)』で見事100分の9に入った9名のメンバーは、これまでのガールズグループの定義を覆すようなビジュアルと個性で構成されている。以前は、黒髪、ロングヘア、二重の大きな目が一般的だった。しかし、THE9は158cmの小柄なメンバー、ボーイッシュなメンバー、一重のクールな目のメンバー、女優出身でダンス、歌の経験もないメンバーなど一見すると統一感がないようなメンバーで構成されている。しかしそれは、番組のテーマ「無限の可能性X」にマッチした完全に新しいグループの誕生を目指したものだった。番組のテーマソングを披露する舞台では、これまでの女性アイドルオーディション番組とは違い、数名がショートパンツ姿で舞台に上がった。また、トップでデビューした刘雨昕(リュウ・ユーシン)の「自分に嘘をつかない」「努力を惜しまない」姿勢が同世代の女性の共感を呼んだ。

 以前、中国アイドルに関する記事はこちらで紹介したが、あれから1年半が経ち、今年の中国アイドルに関する話題はさらに拍車をかけ、オーディション番組も4つに増えるなど、中国では毎日のようにアイドルに関するニュースがホットトピックに上がっている。また、国境を越えて日本をはじめ世界各地で中国アイドルの話題が上がるようにもなった。アイドルオーディション番組が大ヒットした2018年から2年が経った今、再び、アイドル産業を支える関係者に話を聞きたくなった。

海外メディアとのコラボやプロモーションも請け負うOwhat

 「中国のアイドルはまだまだ足りないです」。そう語るのは2014年からアイドルのコンテンツを発信するアプリOwhatのCEO、丁杰(ディン・ジエ)だ。人口に対し、中国オリジナルのアイドルの数はまだ足りていないと言うのだ。「今後もオーディション番組は継続的に放送されるでしょうね」。中国の総人口は14億人以上。20代、30代だけでも4億人と言われる。2018年以降、毎年オーディション番組からグループがデビューするとはいえ、4億という数字に対してアイドルの数は少ないというのは私も納得だ。

 ディンへのインタビューは以前、こちらでも紹介したが、あれから1年、Owhatの会員も倍の2000万人に増えたそうだ。また、去年はOwhatタイ版をスタートさせ、フランスのファッション誌『JALOUSE(ジャルース)』と組み、季刊誌の中国版『JALOUSE』を発行するなど、中国を越えての活動も始めた。『JALOUSE』の創刊号は、BLACKPINKをはじめ元EXOの中国人歌手/俳優の黄子韬(ホアン・ズータオ)など3種類の表紙で10万冊発行するも、あっという間にソールドアウト。「アイドルをテーマにした内容の雑誌は中国では初めてです」。初めてディンに会った時、「アプリだけでなく雑誌も発行したい」と言っていたのを思い出した。ずっとコラボできるチームを探していたという。

 「中国のアイドルコンテンツのビジュアルが弱いと感じていました。まだ国際レベルに達していないなと。『JALOUSE』が抱えるカメラマン、編集者、スタイリストなどと組むことで中国のこの業界で先を行きたいと思ったんです」。『JALOUSE』からは海外での撮影の人材や欧米のスターを紹介してもらい、Owhatは中国をはじめ、アジアのコンテンツを『JALOUSE』に提供する。お互いに相手のリソースを利用し合う。

 また、韓国アイドルのファン向けのサービスももちろん忘れてはいない。「私たちのユーザーの30%は依然として韓国のアイドルを追いかけています」。その彼女、彼らのためにOwhatはSMエンターテインメントと組み、中国国内でのSMエンターテインメント所属アイドルの独占プロモーションを行っている。例えば、SMエンターテインメント所属の威神V(WayV)が今年リリースした1stアルバムの予約販売やプロモーションはOwhatが請け負った。

 さらに、ファン向けのBtoCだけではなく、新たな事業としてBtoBもスタートさせた。中国国内の芸能事務所向けのサービスだ。「事務所が手に負えない部分を私たちが手助けする感じです。所属アイドルがよりスピーディーに影響力が出るように写真集の制作を行ったり、ファンが喜ぶようなコンテンツ制作をしたり」。この1年でOwhatは、ファンが飽きないようなコンテンツを作り、アイドルをより良い形でプロモートできるように先を見据えて進んできたようだ。

 今年8月、オーディション番組からデビューしたばかりの7人組ボーイズグループS.K.Y天空少年のプロモーションはOwhatが行っている。番組やフェス、イベントなどに出演する際のスタイリングや日頃のファンクラブの運営などを請け負う。先月、中国の蘇州で開催された音楽フェスにS.K.Y天空少年が出演した時もOwhatがスタイリングを手がけた。その後、SNS上では「メンバーの個性を分かっている!」「すごくいい!」などファンからは絶賛のコメントが飛び交っていた。

 とはいえ、ディンからすれば、中国アイドル産業は「まだ初期の段階」と辛口だ。「芸能事務所の専門性やメディアの環境などにはまだ課題はありますね。でも良くなると信じています」。芸能事務所と連携を取りながら、彼らが手に負えない部分をフォローする。少しずつだけれど、中国アイドル産業や環境が変わっているのを感じる。

アイドル産業に投資する辰海资本

 ディンのようにアイドルとファンに直接関わる事業を展開している人だけでなく、直接は見えなくともアイドル産業の根幹を支えている人もいる。アイドル産業やカルチャー産業に投資している投資会社、辰海资本のパートナーの一人、陈悦天(チェン・ユエティエン)さんだ。2015年に設立された辰海资本は、15歳から25歳までの若者が消費しているアイドル、アニメ、映画、ゲーム、コスメなどの産業に投資を行っている。ターゲットにしているのは「新しいコミュニティ、新しいカルチャー、新しい消費、新しいテクノロジー」4つの「新」の領域だ。

 「現在、60ほどの投資対象を相手にしています。アイドル産業でいうと、芸能事務所や番組制作会社への投資ですね。現時点で、4つの芸能事務所と大ヒットしたアイドルオーディション番組『偶像练习生(Idol Producer)』『青春有你(Youth with You)』を制作した会社、北京鱼子酱文化传播有限责任公司(以下、鱼子酱)に投資しています」。チェン自身、アイドル産業に投資する際、3つのポイントに注目しているという。一つ目は「次のアイドルとなる若者を見つけ、契約を結び、育てる能力に長けている」芸能事務所、二つ目は「アイドルコンテンツを継続的に制作できる」制作会社、三つ目は「しっかりとファンの運営ができる」芸能事務所だ。一見すると「当たり前のポイントでは?」と思われるかもしれないが、アイドル産業が日本や韓国のように成熟していない中国では、これらのポイントがクリアできている(または、できるだろう)事務所や会社はそう多くはない。

 鱼子酱でいえば、辰海资本が投資を始めてから中国アイドル産業の先駆者的存在となり、産業全体に影響力を与える存在になった。「鱼子酱は単なるバラエティ番組を制作する会社ではなく、芸能事務所の運営や生配信で商品を販売する事業などのバックエンドにも力を入れ成長を続けています」。投資後、チェンたちは、鱼子酱がよりよくなるために資金を投じるだけでなく、事業戦略や会社の方向性などを一緒に考え、信頼できる事業パートナーを紹介するなどのサポートもしている。

 2018年に鱼子酱が制作したオーディション番組『偶像练习生(Idol Producer)』が大ヒットし、アイドル元年と言われてから2年、依然として中国のアイドル産業は勢いを増している。アイドル産業に投資する人も増えたのでは? と思いチェンに聞いてみると、意外な回答が返ってきた。「実は、テクノロジーやエレコムに投資する人は増えているんですが、この業界に投資する人は相変わらず少ないんです」。チェンは続けてこうも語る。「2018年以前、中国社会においてアイドル産業は影響力がなかったですからね」。2018年からまだ2年。社会現象にもなった中国アイドルとはいえ、より多くの人がお金や時間を投じるにはまだ時間がかかりそうだ。

 それでは、なぜ、チェンはこのマイナーな業界に投資を始めるようになったのだろうか。実は、彼自身、日本のアイドルやゲーム、アニメ好きの「オタク」だったのだ。1986年生まれのチェンは中学生の頃から、母親が仕事で東京を訪れる度に来日し、CDショップやゲームショップで日本のエンタメやカルチャーに触れていた。「渋谷、原宿、秋葉原など、東京のカルチャーの変化を肌で感じていました。若者の消費とトレンドをずっと見てきた感じです」。ファミコンやゲームボーイで遊び、SMAP、モーニング娘。のCDを買い、そして、AKB48の『NHK紅白歌合戦』初出場をテレビで見るなど、ずっと日本のカルチャー、エンタメを追いかけてきた。中国で投資を始めた頃から一貫して「自分が好きな領域を応援したいという強い気持ち」は変わらない。「小さなチームが時間をかけて大きくなっていく。そこに関与して一緒に歴史を作る。その感じが好きなんですよね」。

中国は今まさに“アイドル黄金期”に

 中国国内のアイドル産業は、日本や韓国と比べると歴史は浅い。その理由としては、歴史背景が大きく関係している。1978年に改革開放政策が施行されると、それまで文化大革命で閉ざされた10年を経験してきた中国に、一気に海外資本が導入され、海外の商品やカルチャー、エンタメが入るようになった。

 80年代、90年代は台湾、香港の歌手や俳優が人気の時代。2000年代に入ると台湾、香港のアイドルの中国での活動も目立つようになる。2004年に中国のテレビ番組で歌手のオーディション番組が放送されると、中国では一気に歌手の露出が増えていく。2010年代に入ると、韓国でデビューしたアイドルが帰国し、中国のエンタメ界で活躍する場が増え、アイドルという存在が次第に一般的になった。そんななか、2013年にデビューした中国オリジナルの男性3人組アイドルグループ・TFBOYSは今でも人気が衰えない中国初の成功したアイドルグループと言われている。そして、2018年の番組の大ヒット。2013年から7年。中国は今まさに「アイドル黄金期」に突入しているといえる。

 しかし、日本や韓国ではない、中国オリジナルのアイドルやアイドル産業の確立にはまだ課題はある。チェンはこう語る。「例えば、中国のアイドル産業のローカライズということで言えば、コンテンツは日本や韓国のようにテレビメインの路線で行くのではなく、ネットメディアやSNS、さらにはショートビデオや生配信などで発信していく必要があるでしょうね」。中国の10代、20代の間ではテレビ離れが進み、圧倒的にオンライン番組やSNS、アプリを楽しんでいる。中国のアイドルがSNSのweibo(中国版Twitterと呼ばれる)で 家族との写真をあげたり、自分の部屋でくつろいでいる様子を動画にしたりとプライベートを見せることも珍しくない。自国の若者が当たり前のように使うツールで発信しなければ届かないということだ。

 韓国は自国のアイドルのグローバル化に成功し、日本は自国に根付いたアイドルを育て、売り出し、成功してきた。そんななか、中国はどんな路線でアイドルを育て、継続的に売り出していくべきか。アイドル黄金期だからこそ、産業全体で戦略を練り、盛り上げていく必要がありそうだ。

■小山ひとみ
中国のミレニアル世代やユースカルチャーが得意分野のライター、コーディネーター、中国語通訳・翻訳者。『STUDIO VOICE』『装苑』『HEAPS』『美術手帖』などに執筆。中国のメディアに日本の情報も提供するなど、日本と中国の「いま」にフォーカスを当てて発信を続ける。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」で中国のアイドル、ファッション、ヒップホップ、映画を紹介。2019年12月『中国新世代 チャイナ・ニュージェネレーション』出版。2020年12月12日中国で発売の『村上隆的芸術対談集』中国語翻訳。