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『涼宮ハルヒの直観』なぜ“本格ミステリ”な作風に? 17年続く人気シリーズの文脈を紐解く

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 谷川流『涼宮ハルヒ』シリーズ9年ぶりの新刊『涼宮ハルヒの直観』が2020年11月25日に発売になり、話題になった。最初の『涼宮ハルヒの憂鬱』が刊行されたのは2003年6月。2006年に京都アニメーションによりTVアニメ化され、エンディングテーマ「ハレ晴れユカイ」に合わせて踊るキャラクターたちの通称「ハルヒダンス」を真似た「踊ってみた」動画が相次ぐなどして、社会現象と化した。

 新刊も『ハルヒ』らしい作品だったが、さすがに17年前に始まったシリーズだけあって、最近のラノベとは全然違うなという感想を抱いた。何が違うのか?

懐かしすぎるツンデレヒロイン

 『ハルヒ』のヒロイン・涼宮ハルヒと言えば『灼眼のシャナ』のシャナ、『ゼロの使い魔』のルイズと並んで2000年代にツンデレブームを巻き起こした存在である。

 しかしその後『ソードアート・オンライン』のアスナなどツンデレ以外の正ヒロインにも人気キャラが登場し、記号的なツンデレが飽きられたこともあって2010年代前半のうちには下火になっていった。

 とはいえ『このライトノベルがすごい!2021』の女性キャラクター人気投票で1位は『ようこそ実力主義の教室へ』の軽井沢恵だったし「あいつはツンデレじゃないのか」と思う向きもあろうが、軽井沢はハルヒのように強引に男を引っぱっていくわけではなく、主人公・綾小路のほうが基本的に主導権を握っている。2000年代的な罵倒・暴力・強制執行を厭わない行動的なツンデレヒロインは、個人的な印象では最近はなかなか見ない。

 その時代のズレを意識したのかは不明だが、『涼宮ハルヒの直観』ではハルヒの出番が少なく、収録作「七不思議オーバータイム」はハルヒが暴走する前にキョンや小泉たちが先回りして防ぐ話になっている。

 『直観』を読んでいても長門やみくる、鶴屋さんはとくに古びた印象はないので(みくるがメイドの格好をしているという点は除く)、ハルヒタイプだけが突出して色々な作品で擦られまくって摩耗してしまったのだろう。

2000年代前半のラノベと本格ミステリの接近を思わせる安楽椅子探偵型トーク

 『直観』には3編の短中編が収録されており、いずれもミステリーネタである。

 なかでも「鶴屋さんの挑戦」はキョンたちSOS団の面々が使っている文芸部の部室から一歩も出ないで延々本格ミステリ談義を繰り広げ、推理合戦をするいわゆる安楽椅子探偵もの(和モノでは都筑道夫『退職刑事』などが有名)になっていて、たまらなく懐かしさを感じた。

 「鶴屋さんの挑戦」での話題はエラリー・クイーンの作品では何が好きか、なぜクイーンの国名シリーズのなかで『シャム双子の謎』には「読者への挑戦状」がないのか、いわゆる後期クイーン問題(提唱者・法月綸太郞は「後期クイーン的問題」と書いていたのだが『直観』の中では一貫して「後期クイーン問題」と表記されている)といったものだ。

 これは『ハルヒ』が登場してきた2000年代前半のラノベとミステリの交錯の文脈を踏まえると、原点回帰的と言える内容なのだ。

 『ハルヒ』はどういう流れから出てきた作品だったか?

 たとえばミステリーランキングの常連作家である米澤穂信は、『氷菓』で2001年にスニーカー文庫のなかの「角川ミステリー倶楽部」でデビューしている。

 2003年9月には講談社から舞城王太郎、西尾維新、佐藤友哉、清涼院流水など講談社ノベルス――80年代後半以降、新本格ミステリの牙城とされてきた――で活躍していた若手作家を起用した雑誌「ファウスト」が刊行。

 同年、乙一が『GOTH リストカット事件』で本格ミステリ大賞を受賞。

 同年12月、2007年に直木賞を受賞することになる桜庭一樹の『GOSICK』が富士見ミステリー文庫でスタート……等々。

 2000年代初頭~前半には、ライトノベル出身作家がSFやミステリーなど一般文芸のレーベルで書く、ミステリーの新人賞でデビューした西尾維新がラノベとして支持される、という現象が起きていた。

 そして『ハルヒ』はこういう文脈に合致する、SFやミステリーの教養を存分に備えた作家が、無数の小ネタを交えて書いた作品だった。

 ただ2006年のTVアニメ化があまりに成功し、ハルヒダンスが流行したことによって、『ハルヒ』は当初背負っていた文脈から離れた評価、読まれ方のほうが主流になっていった。

 しかし『直観』は「いやあ、『ハルヒ』ってもともと“そういう作品”だったよね」と思わせてくれるブッキッシュな仕上がりになっている。

 最近のラノベでも『探偵はもう、死んでいる。』『スパイ教室』などタイトルだけ見るとミステリーかなと思うヒット作がいくつかあるが、いずれもミステリー要素よりアクションやラブコメなどの要素のほうが強く、『直観』のように「本格ミステリの定義は?」なんて話を延々しているのに売れている作品は稀有だろう。

むしろ2010年代以降の本格ミステリの文脈を踏まえた作品

 ミステリー的なラノベ/ラノベ的なミステリーは2010年代以降は「ライト文芸」ジャンルで華開いていくことになる。

 また、いわゆるライト文芸ではなく「ミステリー作家」とみなされている者でも、デビュー前にラノベに投稿していた書き手がミステリーランキング常連になっている。

 たとえば北村薫らが開拓・普及させた「日常の謎」(日常空間で起こる事件を描いた、人が死なないミステリー)ものを手がける相沢沙呼はラノベ新人賞に投稿していたし、2017年に刊行されて各種ミステリーランキングを総なめした『屍人荘の殺人』の今村昌弘は電撃大賞に投稿していた。

 むしろ「最近のラノベ」よりもこれらの作家(や先に名前を挙げた米澤穂信)と並べたほうが『直観』の位置づけはしっくりくる。

 『直観』、なかでも「鶴屋さんの挑戦」で試みられていることは、「超常現象が存在する世界での本格ミステリ」であり、かつ、その中で「後期クイーン問題をいかにクリアするか」である。

 これをちゃんと書くとあと5000字くらい必要なうえネタバレ不可避なので深入りしないが、これらの問題は2010年代の本格ミステリが取り組んできたことだ。

 とくに前者の「超常現象アリの世界での本格」は一種の潮流と言っていいほど作品が書かれており、その中でもっとも評価が高いもののひとつがたとえばゾンビのいる世界での殺人事件を描いた『屍人荘』であり、ファンタジー世界での殺人事件を描いた米澤の2010年作『折れた竜骨』だった。

 『ハルヒ』は9年間新刊は出なかったが、しかし、谷川流がこの10年(正確に言えばこの四半世紀)の本格ミステリを読んだうえで書いた作品だということが非常によくわかるのが『涼宮ハルヒの直観』だった。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。