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『チェンソーマン』マキマは理想のヒロインか、ラスボスか? 最新10巻を徹底考察

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リアルサウンド

 昨年、「週刊少年ジャンプ」での連載が終了した藤本タツキの『チェンソーマン』(集英社)は嵐のように現れ、嵐のように去っていった漫画だった。

 本作は、悪魔が跋扈する世界で、チェンソーの悪魔・ポチタと融合した少年・デンジがチェンソーマンに変身して悪魔や魔人と戦うバトル漫画。巧みな表現力と、謎に満ちたストーリーが支持され、昨年末に発売されたムック「このマンガがすごい!2021」(宝島社)ではオトコ編1位を獲得。今年1月に発表された第66回小学館漫画賞では少年向け部門を受賞している。

 連載自体は第一部完で、漫画アプリ「ジャンプ+」にて第二部がスタートする予。また、現在『呪術廻戦』のアニメを制作しているMAPPAによってアニメ化されることも決まっている。1月4日に発売された第10巻発売の時点で、シリーズ累計発行部数は640万部を突破と、勢いが衰える気配はなく、今後、より多くの読者を獲得していくのではないかと思う。

 以下、ネタバレあり。

 1月に発売された10巻と3月に発売される11巻で、ジャンプ本誌で連載分は終了となるのだが、この2冊で描かれるのは、本作でもっともミステリアスな存在だったマキマの正体だ。

 マキマはデンジの勤務する公安の上司で、デンジをデビルハンターにスカウトしたのも彼女だった。マキマへ恋心と「普通の生活」を送りたいという夢を糧に、デンジはここまで戦ってきたのだが、家族のような存在だった早川アキを(銃の悪魔に取り憑かれ魔人化したとはいえ)殺してしまったことに罪悪感を抱き、頭の中がぐちゃぐちゃになって何を食べても美味しく感じられない。頭のネジがぶっ飛んでいて、物事を深く考えないからこそデンジは強く、だからこそチェンソーマンに変身した際に、我が身を顧みずにデタラメな戦いができたのだが、今のデンジは普通の悩める少年だった。

 そんなデンジの前にマキマが現れる。マキマの暮らす高級マンションに誘われたデンジは、彼女の飼っている大勢の犬に囲まれ、しあわせな時間を過ごす。そして、マキマに「私に叶えて欲しい事を言ってみて」と聞かれたデンジは「犬…に…なりたいマキマさんの……」と答える。考えることに疲れたデンジは思考を放棄して犬になりたいと思う。そんなデンジをマキマは犬として優しく受け入れる。そこでインターホンが鳴る。デンジと暮らす魔人・パワーを呼んだのだとマキマは言う。

「デンジ君がドア開けて」
「私がパワーちゃん殺すから」

 「え?」と思うデンジだったが、犬として振る舞うデンジは、マキマの声には逆らえずにドアを開ける。目の前にはデンジの誕生日を祝うためにケーキを持ったパワーがいたが、マキマが指先を拳銃のように向けて「ぱん」と言うと、パワーの胴体は吹き飛ばされて首と下半身だけになってしまう。

 その後、部屋の中に戻ったマキマは大笑いした後、デンジに本当のことを話す。彼女の目的はポチタとデンジが交わした「普通の生活」を送りたいという約束(契約)を破棄させることだった。そのためにまず「普通の生活」の幸せをデンジに与えるために、仕事を用意しアキやパワーという家族を用意する、その上で全てを奪おうと考えたのだ。

 「これからデンジ君が体験する幸せとか普通とかはね」「全部私が作るし全部私が壊しちゃうんだ」と言ったマキマは、デンジが封印していた、幼少期に父親を殺したという過去の記憶を暴く。パワーとアキを死に追いやり、実の父親を殺したデンジは「普通の生活なんて望んでいいはずがないよね?」とマキマに言われ、心が壊れてしまう。

 その後、ポチタがチェンソーマンとして復活しマキマと戦うことになる。同時にハンバーガーショップで働く元デビルハンターのコベニとポチタ(チェンソーマン)のブラックコメディのようなやり取りが挟まるという、クライマックスに向かう中で何でもありの超展開となっていくのだが、何より印象に残るのは、マキマの恐ろしさだろう。

 マキマは淡々と相手を追い詰める知性を持ち、複数の悪魔や魔人を支配し操る。そして、内閣総理大臣との契約によって、彼女への攻撃は適当な日本国民の病気や事故に変換されてしまうため、殺すことができない。だが一方で、無邪気な笑顔は可愛いらしく、こちらが求める優しい言葉をかけてくれる。もちろんそれは罠なのだが、それを差し引いても少年にとっては理想のヒロインであり、最凶最悪のラスボスだ。そんなマキマをどうすれば倒せるのか? という疑問を残し、この巻は終わる。

 なお、これまでコミックスでは毎話の終わりに、ポチタが様々な仕草を見せる愛らしいカットが挟まれていた。しかし、マキマがパワーを撃った第81話以降、ポチタは消え、黒ベタに白文字でチェンソーマンと書かれるだけとなる。そして最後のページで倒れているデンジが描かれる。つまりあの絵は、デンジと融合したポチタの心理表現だったとわかるのだ。細部まで行き届いた巧みな構成である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報 『チェンソーマン』単行本・既刊10巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/chainsaw.html