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『美味しんぼ』山岡を成長させた雄山の一喝 厳しさの裏にあった親子愛を検証

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 『美味しんぼ』の主人公・山岡士郎と、その父であり対決相手にもなった海原雄山。作品の最後に和解を果たしたが、当初は山岡士郎が敵意をむき出しにしており、雄山も応戦し、揉めることが多かった。そんな2人だが、作品中で雄山が完膚なきまでに山岡を叩きのめし、それを糧に山岡が成長するシーンがあった。今回はそんな、海原雄山が山岡士郎を叩きのめしたエピソードを見ていきたい。

お前が食い物の記事を書こうなど滑稽千万

 京極万太郎から「息子さんに似た人物がいる」と聞かされ、東西新聞社に乗り込んできた海原雄山。「究極のメニュー」作りを山岡が担当することを聞くと、豪快に笑い飛ばす。部下を笑われた谷村部長が「味覚の確かさを充分に思い知らされてきた。究極のメニュー作りをやってのけられる男」と庇うと、雄山は「お前に何がわかる?」とけしかける。そして「この男の味覚を試す」として、谷村部長に腕のいい天ぷら職人を複数人集めること、そして翌日の夜、天ぷら屋を貸し切ることを依頼し、「では、明晩」と去っていく。

 谷村部長の迅速な仕事により、天ぷら屋に雄山と山岡が面識のない料理人が大人数集まる。雄山は、この中からどの職人が美味しい天ぷらを揚げることができるかを当てる勝負を持ちかけ、対決することになった。山岡は職人に手と口を見せるよう指示し、1人を選ぶ。一方雄山は天ぷらが揚がる音を収録したテープを持参すると、「揚げる音が変わったと思うところで手を挙げろ」と指示し、1人の料理人を選んだ。

 天ぷら屋には谷村部長、栗田ゆう子、富井副部長の3名が同席し、2人が選んだ職人の揚げた天ぷらを食べる。富井副部長は例によって味の違いがわからなかったが、谷村部長と栗田は雄山の選んだ職人のほうが美味しいと指摘した。

 自らも味わってショックを受ける山岡に雄山は「天ぷらは眼も大事だが耳も大事だ」「腕の良い職人はその音の変化で丁度よい揚がり頃を判断しているんだ、無意識のうちにな」と味の違いが出た原因を説明する。そして「これであの男の無能さがわかっただろう?」「よく覚えておけ、料理は人間が作るものだ。どの職人が美味いものを作るか作ってみるまでわからんものが得意気に食通ぶりおって。そんなお前が食い物の記事を書こうなど滑稽千万だ」と斬った。(1巻)

 ボコボコに言われてしまった山岡は、「究極のメニュー作りは嫌だから会社を辞める」と提出した辞表を撤回。谷村部長も「究極のメニューを作ってみろ、海原雄山をへこませるような」と応じた。

 この話は海原雄山が初登場した回で、この後、雄山と山岡の対決が繰り広げられていくことになる。この回では谷村部長の有能ぶりも素晴らしかった。

お前に味を語る資格はない

 唐山陶人の結婚式で、嫁の領子に料理の基本として、飯の炊き方と味噌汁の作り方を教えることになった山岡。その様子を見た雄山が「その男に美味い飯が炊けるのかね?」とけしかけ、陶人立ち会いのもと、味勝負をすることになる。

 雄山は自分の下で勤務していた本村に代理として飯と味噌汁を作るよう依頼し、対決当日へ。唐山陶人、領子、谷村部長、栗田が同席し、本村と山岡の作ったご飯と味噌汁を食べると、全員が「本村のほうが美味しい」と話す。

 「材料のせい」と負けた原因を話す山岡に、雄山は本村が米粒やしじみの「形を揃える」心配りを見せていたことを説明し、「美食を芸術の域まで高める条件は、それは唯一人の心を感動させることだ」「そして人の心を感動させることができるのは人の心だけなのだ。材料や技術だけではダメだ」「それがわからぬ人間が究極のメニューなどとぬかしおって、お前には味を語る資格はない」と一喝した。(5巻)

 このことにショックを受けた山岡は、翌日同僚から競馬の予想を聞かれると、「知らん。競馬は止めた」とポツリ。雄山のきつい「喝」は、ギャンブルに興じて仕事に身が入らない山岡の心に響いたのだ。

日本料理の心を教えろ

 山岡はフランス育ちの外信部・時山部長が「娘の悦子が箸を使うのは野蛮と話して使おうとしない」と谷村部長に話している声を聞く。そこへ偶然フランスの女性記者・エレーヌが現れ、「お箸のことがもっと知りたい」と谷村部長に協力を要請する。谷村部長は日曜日ながらエレーヌと悦子を引き連れ、京都に杉箸作りを見に行くよう山岡と栗田に命令した。

 箸作りを見た一行は、エレーヌの紹介で京都の懐石料理店で食事をする。この店は京都の食通・登田が招待したもので、海原雄山と同席することになってしまう。食事中エレーヌは箸の素晴らしさを述べ、悦子も箸嫌いを改める。万事上手く行ったと思われたところで、海原雄山は食器を下げようとした仲居を「待て」と制し、「士郎、いっぱしに箸の知識はあるようだが、登田さんの箸を見てどう思う」と、質問する。

 山岡は箸の素材などを口にするが、真意を理解できない。雄山は「それだけか。お前の箸と比較してみろ」と促す。「お前はそれだけか。わからんのだな」と聞く雄山に、「わからない。全く同じだが……」と山岡は呆然としてしまう。

 すると雄山は「この大馬鹿者。箸の先をよく見るが良い」と指を差す。箸を見ると同じお茶漬けを食べたにもかかわらず、山岡の箸は4センチ以上濡れていたが、登田の箸は1センチしか汚れていなかったのだ。

呆然とする山岡に雄山は「これが作法というものだ。どんなに美しい食器と箸でもその食べ方が美しくなかったら何もかもぶち壊しだ」と話す。そして「登田さんのように美しく正しく箸を使ってこそ料理の美が完成するのだ。お前の食べ方は料理を卑しめたことになる」「外国人に日本料理のことを教えるなら、日本料理の心を教えろ。お前は登田さんのような方と席を同じくする資格はない」と一喝し、出ていってしまった(6巻)

 「料理の作法」を全く理解できなかった山岡と、作法を理解し、遵守してこそ料理の美が生まれると語った雄山。2人の見識の差がはっきりと出た。日曜出勤させられたうえ、自身が最も嫌う雄山に凹まされた山岡にとっては「なんて日だ」と叫びたい心境だったかもしれない。

 しかも翌日落ち込む山岡に、栗田は田畑と花村を食事に誘い、物差しを持ち「お2人を鑑定します」と目の前で話すドSぶりを見せている。「山岡、かわいそう」と叫ばずにはいられない瞬間だった。

日本人のくせに日本人の好みをわからぬ愚か者

 「日本人の好みにあったスパゲッティ」で究極対至高の対決が開催される。山岡は二木まり子にそそのかされ、栗田と険悪になり、意思の疎通が取れない状況に。

 山岡は栗田の「正当なイタリア料理のスパゲッティを考えるべきだ」という意見を無視し、生ウニとイクラの乗ったスパゲッティ、そしてアワビの乗ったスパゲッティの2つを出す。一方雄山はニンニクスパゲッティと、トマトソーススパゲッティという、一見ありふれた料理を出した。見た目の豪華さで圧勝を確信する究極側だったが、審査結果は素朴なスパゲッティを出した至高の勝利。審査員の京極は究極の料理について「美味いが、麺の美味さではない。ウニやイクラやアワビの美味さや」「麺の美味さを包み込んだに過ぎない」と手厳しい評論をする。唐山陶人も「至高は単純だが、麺の味を十分引き出している」と指摘した。

 雄山は落ち込む山岡に「お前はスパゲッティも麺の仲間だということを忘れていたな」「うどんやそばも、日本人が好きなのは素うどん、もりそばのように麺の美味さ自体を味わうものだ」「日本料理の真髄は素材の美味さを引き出すことだ」と指摘し、「お前は日本風とかイタリア風とかの外形に心を奪われ本質を忘れた」「たとえ日本風に調理しても素材の持つ美味さを包み隠してしまうような料理は日本人好みではないのだ」と一喝する。

 続けて、「事の本質を忘れては美味いもまずいもない。お前は日本人のくせに、日本人の好みをわからぬ愚か者だ」とバッサリ斬った。(25巻)

 結婚のため栗田との仲違いを目論む二木まり子に翻弄され、料理の本質を見抜けなかった山岡。対決後二木からの食事の誘いに「先約がある」と断り、栗田を食事に誘い「君の意見を聞けばよかったんだ」と反省の弁を述べた。

一喝を通して親子愛が浮き彫りに

 初期の山岡は雄山に料理の本質や心構えを一喝されることが多く、その言葉にグウの音も出ないほど叩きのめされていた。山岡はそんな雄山の「正論」には反論することなく受け入れ、素直に心を入れ替えている。雄山が山岡を叱る場面には、雄山と山岡の強い親子愛が隠されていたのだ。