バカリズム、『劇場版 殺意の道程』に込めた笑いの“フリ” 井浦新のシリアスさを巧みに起用
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バカリズムが脚本を手がけ、井浦新と共にW主演を務める映画『劇場版 殺意の道程』が2月5日に劇場公開&配信スタートとなる。同作はWOWOWで放送された同名連続ドラマを再編集した新感覚サスペンスコメディ。
父の仇を討つため、完全犯罪を計画する一馬(井浦新)といとこの満(バカリズム)。その殺害計画にキャバクラ嬢・このは(堀田真由)とゆずき(佐久間由衣)が協力し、綿密な計画を立て、完全犯罪の準備を行おうとするが、事はそう上手くは運ばない。復讐というシリアスな設定の中で、本来ならば省略されるであろう、どうでもいい部分を細かくリアルに描く。
これまで『素敵な選TAXI』(カンテレ・フジテレビ系)、『住住』(日本テレビ系)、『架空OL日記』(日本テレビ系)などの脚本を手がけ、第36回向田邦子賞受賞など、お笑いだけでなく映画・ドラマ界でも一目置かれているバカリズム。今回、バカリズムに本作で自身が感じていたイメージをそのまま当て書きしたという井浦新の印象について、そして映画作りへの今後の展望についても話を聞いた。(編集部)
「笑いやすくするための『フリ』をしっかりやる」
――ドラマ『殺意の道程』が再編集劇場版として映画になる話は、いつ頃どのように決まったのですか?
バカリズム:ドラマの撮影を始めた頃は、そんな話は全然なかったんですが、何回目かの撮影の休憩時間に僕が、「これまとめてみたら、一本の映画としても成立しそうですよね?」と雑談レベルで話していたんです。「ああ、確かにそうですね」と井浦(新)さんや住田(崇)監督も言ってくれて。毎週30分、ちょっとずつ話が進んでいくのも面白いんですけど、これをギュッとまとめてひとつの流れの中で展開したら、また違う印象になるのかなと。そしたら、「それは面白そうですね」とWOWOWさんも乗ってくださって、そこからトントン拍子で話が進んで、ドラマの放送が始まる頃には、「今、映画のことも話を進めてるんで」という状況になっていました。僕としては「え、マジっすか?」と驚いたし、「ホントに実現しちゃったよ」みたいな感じでした。
――劇場版を拝見したのですが、「父親を自殺に追い込まれた男の復讐計画」というプロットはもちろん、ビジュアルのイメージ、さらには重厚な映像と音楽など、かなりシリアスな作品かと思いきや……非常に笑いどころの多い、とても楽しい作品でした。
バカリズム:そうなんですよ。諸々の重厚さは、そのあとの展開を笑いやすくするためであって。だから、入口はとにかく重めに、会話などの部分以外のところをしっかり作り込まないと、笑いに繋がらないと思ったんですよね。なので、全部が全部、笑いやすくするための「フリ」なんです。とにかく「フリ」をしっかりやろうって。それはもう、完全にコントの手法なんですけど。
――(笑)。ただ、「フリ」があまりにもしっかりし過ぎているため、この作品がこんなにも笑える話だと、気づいてない人もいるのでは?
バカリズム:確かに、笑えるような話だとは思っていない方も多いかもしれないですね。そういった「犯罪計画」のような話が好きでそれを期待して観た人たちは、「なんだこれ?」となったと思うんですけど。それはもう、ホントに申し訳ないというか、もともとそういうものをやるつもりは、まったくなくて……。これまでの作品とはちょっと違うアプローチというだけで、やっぱり考えているのは僕なので、結局、こういう感じになっちゃいますよね。
――そもそもこの作品は、どんな発想のもとに生まれた話なのですか?
バカリズム:僕はドラマや映画をたくさん観るわけではないんですけど、サスペンスドラマや刑事もの、あと復讐ものって、話をどんどん展開させなきゃいけないから、そのあいだに「本当はこういうやりとりがあったんじゃないか?」ということを、あまり描かないイメージがありました。完全犯罪を計画して、それを実行しようとする人たちがいたとしても、24時間そういう話ばかりしているわけではなく、その合間に、全然関係ないテレビ番組の話をしたりしているんじゃないかって。当然、そういうのは展開の邪魔になるから排除されるわけですけど、逆にそういうところばっかりやったら面白いんじゃないかなって。
――非常にバカリズムさんらしい発想というか。
バカリズム:そうですね。無駄なところを、やたらとダラダラやる(笑)。もともと連続ドラマ用に書いた脚本なので、第1話は「打ち合わせ」、第2話は「買い出し」と、毎回毎回、その設定でコントをやっているような作り方でした。
――ただ、今回の作品は、『素敵な選TAXI』や『架空OL日記』といった、単発のエピソードを重ねていく作品とは違って、「復讐の計画と実行」という、ひとつの大きな流れがある作品になっていますよね。
バカリズム:基本的に話のゴールは決まっているので、向かう方向さえ見失わなければ、多少寄り道をしても、話はちょっとずつ進んでいくんじゃないかと思いました。その歩幅は、だいぶ狭いですけど(笑)。確かに、最初にわかりやすいゴールみたいなものを掲げて、そこに向かって展開させていく話は、これまであんまりなかったかもしれないです。だから、今回の作品は、脚本を書いているときから、ちょっと新鮮な感じはありました。
「井浦新さんのファンの方は、ちょっとビックリするかも」
――本作のいちばんの面白さは、やはり井浦さん演じる「一馬」とバカリズムさん演じる「満」の軽妙なやりとりですよね。
バカリズム:井浦さんがいると、画面に説得力が出るんです。井浦さん自身、どこかシリアスな雰囲気をまとっている感じがあって。それがちゃんと「フリ」になっているというか、井浦さんのあの声のトーンでおかしなことを言うと、よりおかしく聞こえる(笑)。そこは、この作品の中でも、強いところですね。
――井浦さんの淡々としたモノローグで話が進んでいくわけですが、そもそも「誰に向かってしゃべっているんだろう?」とか、ちょいちょい突っ込みどころがあるというか。
バカリズム:井浦さん的にはやっぱり、今までにないタイプの作品だったみたいで……というか、芸人の僕が脚本を書いているし、基本的にはコメディなので。だから最初は、リハーサルでいろんなパターンを試したりして「ここはこうしたほうがいいのかな?」「もうちょっとおかしくやったほうがいいのかな?」と結構考えたらしいです。でも、監督に「井浦さんは、いつも通りシリアスな感じでお願いします。そのほうが、より面白くなるので」と抑えられたようで(笑)。そこで自分の芝居を調整していったとおしゃっていました。
――井浦さんは、あまりコメディの印象がないですけど……ただ、普段の様子や発言を見ていると、ちょっと面白いところがあるというか、いわゆるクールなタイプではないですよね。
バカリズム:そう。実は最初からもう、一馬役は井浦さんでお願いしたいと思っていたんです。井浦さんがあった上での台本執筆だったし、「当て書き」で書いていった部分があって。書いている途中で「井浦さんに決まりました」と連絡をいただいて、なんとなく頭の中で井浦さんの顔を思い浮かべながら一馬の台詞を書いていたし、井浦さんの顔と声でこの台詞を言ったら面白いだろうなって。実際撮影に入ってから、空き時間にしゃべっていても、普段からちょっと一馬っぽさを感じていました。
――基本的に真面目で、芝居についても熱心な方だと思いますけど、ときどきちょっと面白いんですよね。
バカリズム:そう、ちょっと面白いんですよ。すごく真面目で、台本も読み込んできてくれて、「バカリズムさん、僕は思ったんですけど、この作品はサスペンスコメディであると同時に、ヒューマンドラマでもあると思うんですよ」と言ってくれたりするんです。でも、僕は全然そんなつもりはなかったので、「この人、何を真剣に語り出したんだろう……」って思いながら、「まあ、そうかもしれないですね」みたいな感じで、適当に返したんですけど(笑)。
――まさに、本作における「一馬」と「満」のやりとりのような。でもそこが、井浦さんのチャーミングなところですよね。
バカリズム:そうなんですよね。すごく真面目というか、作品への向き合い方もすごい真剣で。だから、今回の役どころにはピッタリだったと思います。
――まさしくハマり役だったと思います。そう、これまでさほど接点があったようには見えませんでしたが、そんな井浦さんに、よくぞ目をつけましたね。
バカリズム:もちろん、ほとんど同世代なので、僕が学生の頃からモデルさんをやっていて、その存在は知っていました。ファッション誌に出ている、個性的なちょっと尖っている印象のあるモデルさんだなというが当時の印象で、そこから俳優をやられるようになって、僕も多分何作か観ていると思うんですけど。今回の作品は、具体的に何かを見て、井浦さんの面白いところを「見つけた!」という感じではなく、僕が勝手に「こういう感じなんじゃないか?」と思って書いてみたら、まさにそういう人だったという感じでした。
――さすがの人物眼ですね。井浦さんも、最近はいろいろな役をやられていますけど、ここまで面白い役は初めてというか、井浦さんの素の面白さやチャーミングさが、ここまで反映された役は、多分今回が初めてだったのではないかと。
バカリズム:そうなんですかね。だとしたら、井浦さんのファンの方は、ちょっとビックリするかもしれないですよね。今回の一馬という役は、「服がダサい」とか、満にめちゃめちゃいじられたりしているので。
――バカリズムさん演じる「満」の「一馬」いじりというか、そのツッコミとボケのバランスが非常に良くて……2人のやりとりを、ずっと見ていたいと思ってしまいました。
バカリズム:ドラマや、自分が観る番組もそうなんですけど、「面白い」「感動した」という作品も大事だけど、ずっと見ていられる作品が好きなんです。だから、これまでの自分の作品――『住住』、『架空OL日記』にも、笑いどころは作っているんですけど、それ以上に、何かずーっと見ていられたり、繰り返しつけっぱなしで見ていたいとか、そういうものを意識して作っているところがあります。
――なるほど。多くの人に愛されるドラマって、必ずしも物語そのものが愛されているわけではなく、それ以上に登場人物たちが醸し出す「空気感」みたいなものが愛されていたりするものですよね。
バカリズム:意外とそうだったりしますよね。たとえば、『あぶない刑事』も、舘ひろしさんと柴田恭兵さんの2人がしゃべっているところを、ずっと見ていたくて。なんとなく見ていて、その会話に自分が参加しているような気分になったり、そういうのが楽しいのかなと思います。
「お笑いでやっていることを、ドラマや映画のフィールドでやってみた」
――しかも、本作の場合、「一馬」と「満」のコンビに、途中から堀田真由さんと佐久間由衣さん演じるキャバクラ嬢が加わって……あの2人のお芝居も、すごく良かったですよね。
バカリズム:めちゃめちゃ良かったですよね。撮影していても、現場がちょっと楽しい雰囲気になっていました。最初の頃は、僕と井浦さんが車内で会話するシーンをずーっと撮っていたんですけど、そこにあの2人が入ってくると、現場が明るくなるんです。それは多分、観ている方々も同じで、単純に画面がパッと明るくなって新鮮な感じがすると思うし、楽しくなると思うんです。まあ、それによって、より緊張感がなくなったりもするんですけど(笑)。
――(笑)。ただ、あの2人を意外とあっさり受け入れてしまう、「一馬」と「満」の人の好さみたいなものも出ていて……。
バカリズム:そうですね。あの2人は、あんまり女の子の扱いに慣れてないから、普通にやさしくされたら、そのまま受け入れてしまうんですよ。
――そして、そんな2人が加わったことによって、なぜか青春映画のようなテイストも、だんだんと出てきて……。
バカリズム:ははは、確かに青春っぽいですよね。やっぱり大人になると、なかなか仕事以外のことで、誰かと協力して「ああしよう」「こうしよう」と考えることはあまりないじゃないですか。この作品で2人が考えているのは「殺人計画」ですけど、ちょっと部活っぽいところがあるような気もしていて、そういうところが、ちょっと青春と重なるのかもしれないですね。そこに女子が入ってきて……でも、そこで特に恋愛関係になるわけでもなく、普通にクラスメイトぐらいの距離感で、物語が進んでいくから。
――占いのシーン、すごいですよね。だいぶ長いシーンですけど、これはもう青春映画じゃないかと。
バカリズム:(笑)。ドラマ版では、丸まる一回、占いの回だったんです。WOWOWさんのドラマでも、多分初めてのことだったと思います。
――車のシーンも多いですし、挙句の果てには4人で海に行ったりして……これはもう、ある種のロードムービーなのではないかと。海のシーンは、すごく映画っぽいシーンでしたよね。
バカリズム:海のシーンは、特にそうかもしれないですね。撮影中もそういう感覚がありました。あの日はすごい暑くて、しんどかったんですけど、今にして思えば、すごい楽しかったな。
――今回の撮影は、コロナ禍の状況下で行われたんですよね。
バカリズム:そうですね。みんなマスクをして、スタッフも含めて大変だったと思います。フェイスシールドをつけながらリハーサルをしたり、すごく気をつけながらやっていったので、普通の撮影よりもかなり大変でしたね。
――だからこそ、海のシーンの解放感みたいなものが、役者たちの表情からも出ているような気がして……あそこはすごく抜けの良いシーンに仕上がっていますよね。
バカリズム:景色もすごい良くて。あそこで恋愛に寄せちゃうと、あのシーンの意味もちょっと変わってくると思うんです。歳も離れているので、そこでくっつけちゃうと、ちょっと気持ち悪いというか、何やってんだってなるから。やっぱり、あれぐらいの距離感がバランス的に、ちょうど良かったと思うんです。
――確かに。あと、本作のような、オフビートな会話を中心に淡々と物事が進んでいくようなクライムコメディって、タランティーノ以降、アメリカなどではたくさん出てきたように思いますが、日本のコメディ映画というと、どうしてもドタバタを中心としたもの、あるいはラブコメが多いように思っていて。そのあたりを、バカリズムさんが一手に担っているような気がするところが、映画ファンとしても、非常に面白い現象だなと思っているのですが。
バカリズム:ホントですか(笑)。僕はそんなにたくさん映画を観てきたわけではないので、海外のことについてはわからないですけど、日本に関しては、確かにそうかもしれないですよね。ただ、僕の中全体的にリアルなものにしていけばいくほど、現実ぐらいリアルなものにすると、ちょっとしたことでも大きな事件に感じやすくなる感覚があって。全体をデフォルメし過ぎちゃうと、展開なり何なりをどんどん派手にしていかないと、観ているほうもドキドキできなくなるけど、僕らの日常生活って、割と他愛もないことで、ドキドキしたりビックリしたりする。そういうことの連続なので、意外と大きな事件がなくてもいいんじゃないかなというのが多分一貫してあるんです。
――なるほど。バカリズムさんのコント作品の面白さも、まさにそこにあるような気がします。しかし、そうやってお笑いの世界で積み上げてきたことを、脚本という形でドラマの世界に持ち込んで……それこそ『架空OL日記』で「向田邦子賞」を受賞されるなど、脚本の世界でも高い評価を受けているわけですが、そのあたりはバカリズムさん的には、どうなんですか?
バカリズム:どうなんですかね(笑)。僕は脚本の勉強もしていないし、ドラマや映画もそれほど観てこなかったので、あくまでも、お笑いでやっていることを、ドラマや映画のフィールドでやってみたら、意外と笑ってもらえたっていう感じなんですけど。
――ただ、今回の作品は、先ほど言ったように一本のストーリーラインがちゃんと通っていて……これを映画用に書き下ろしたら、また違う流れの作品になったのかなって。
バカリズム:それは多分違うでしょうね。このドラマの脚本を書いてから、もう結構時間が経っているので、僕もそういうことなら「あれもやりたい」「これもやりたい」って感じになると思うので。
――となると、バカリズムさんが書き下ろした映画作品というのも、是非観たいと思ってしまうのですが。
バカリズム:実はもう、映画は一本書いていて。5月公開予定の『地獄の花園』(監督:関和亮/主演:永野芽郁)の先にも一個、話があって、まだ書いている途中のものがあったりするので……それはそれぞれまた、今回のものとはまったく違う種類の作品なんですけど。
――ストーリーラインが、はっきりあるような?
バカリズム:そうですね。どうしてもやっぱり、笑いのほうになっちゃうんですけど、展開の仕方は、それぞれまた全然違うタイプの作品になると思います。
――なるほど。今は着実に、脚本の仕事に気持ちがシフトしている?
バカリズム:お話がいただけるのであれば、全然やりますというか、スケジュールの許す限りは、やっていきたいなと思っています。基本的には、お笑いをやりながらという感じではありますね。
――今回の『殺意の道程』を観て、バカリズムさんの映画をもっと観たいと思う人は、結構多いようにも思います。個人的には、今の気分みたいなものにピッタリの映画だったなって思っていて……あまり激しいものは、なんとなく心が受け付けないところがあって。まあ、この作品も、もちろん「復讐」の話であり、「殺人計画」の話ではあるんですけど、基本的には笑える、ハッピーエンドの話になっているじゃないですか。
バカリズム:そうですね。僕が書くものって、スカッとして終わるものがほとんどなので、実はほぼハッピーエンドなんです。あと、無駄に人を死なせたくないので、そのあたりは安心して観ていただけたらなと思います。
■公開情報
『劇場版 殺意の道程』
2021年2月5日(金)全国劇場公開&配信スタート
脚本:バカリズム
監督:住田崇
音楽:大間々昂
出演:バカリズム、井浦新、堀田真由、日野陽仁、飛鳥凛、河相我聞、佐久間由衣、鶴見辰吾
プロデューサー:高江洲義貴、大内登
配給:WOWOW
製作:「劇場版 殺意の道程」製作委員会
(c)2021「劇場版 殺意の道程」製作委員会
公式サイト:satsui-movie.jp