『キノの旅』時雨沢恵×黒星紅白コンビの新シリーズに注目! 『レイの世界』がもたらす驚きの体験とは?
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『キノの旅-the Beautiful World-』で20年にわたりコンビを組んできた、ライトノベル作家の時雨沢恵一とイラストレーターの黒星紅白が、新しく始めたシリーズが『レイの世界 -Re:I-1 Another World Tour』(IIV)だ。歌手と女優を目指すユキノ・レイが、舞い込む仕事を次々にこなしていく様を描いた芸能界サクセスストーリーかと思いきや、『キノの旅』シリーズにも似た奇妙な場所が登場して、驚きの体験をもたらしてくれる。
「IIV」という版元は、ドワンゴとKADOKAWAが出資するコンテンツプロデュース会社で、統括プロデューサーに電撃文庫で編集長を務め、時雨沢恵一や『デュラララ!!』の成田良悟を送り出した鈴木一智が就いている。成田にドラマの脚本を書かせたり、バーチャルYouTuberを送り出したりする中で、小説や漫画の展開もスタートさせた。
『レイの世界』もそのひとつとして、電子書籍として先行配信してきた。刊行された『レイの世界 -Re:I-1 Another World Tour』には、この6編が収録されている。
まずは第一話「初仕事の思い出」―Memories Lost―。ユキノ・レイは15歳の女子高生、都会の片隅にある有栖川芸能事務所に所属していて、急遽決まった町の音楽イベントで栄えあるデビューを飾る。まったくの無名であるにも関わらず、用意してきた5曲を歌い終えてもアンコールが止まず、そのままステージで歌い続けるレイを、観客の興奮と歓声が包み込む。後に世界を感動させる歌手、ユキノ・レイがここから始まった……ということにはならず、続く第二話「歌合戦、出場!」―MAD―でもレイは、歌番組やライブ会場ではない場所で仕事をこなす。おまけに、観客が特別だったこともあって、歌えば歌うほど聴衆が苦しみ悶える事態となる。
「歌の仕事ができたのはいいですけど、観客の半分しか喜ばせることができなくて!」。そう残念がるレイに、もしも普通のミュージックフェスに出たら、それ以下の観客しか喜ばせられなかったと事務所の社長が返すやりとりだけを聞けば、ある種の試練のようなものを経て、レイが成長していくストーリーにも思えるだろう。
そんな試練の度合いは、第四話「ロウソクは消えない」―Murder Case!?―でぐっと増す。オスカーを2度も獲得した巨匠監督に映画女優として大抜擢されるものの、その役は冒頭で毒を飲んで死ぬというもの。それも演技ではなく本当に。レイが死んで話は終わりになっちゃうの? そうではない。続く第五話でも第六話でも、レイは歌手として10万人を相手に100曲以上を歌い、舞台の上で同じ演技を66回繰り返す。もちろん生きたまま。
ユキノ・レイには秘密があった。彼女がマネージャーの因幡と訪れる世界も普通ではなかった。それがこの、『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』に仕込まれた驚きの設定だ。
レイが訪れる世界は、普通のミュージックフェスが開かれるような世界とは違っていた。レイの歌に聴衆が苦しんだという世界は、人類が化け物と戦争をしていていて、レイが歌うと体質に合わないのか、化け物たちが苦しんで戦力が削がれるようになっていた。歌を聞いた異星人が「デカルチャー!」と感動し、戦意を喪失する「マクロス」シリーズとは正反対の効果を、仕事に燃える新人歌手のレイに与え、悔しがらせる展開が面白い。
音楽イベントが開かれていた小さな町が存在した世界は、隕石が落下して地球ごと消滅する運命にあった。最後の一日を楽しく過ごしたいと音楽イベントが企画されたが、有名芸能人は国家的なイベントにかり出され、そうでない人は大事な人と最後の時を過ごしていた。そんな状況でも来てくれたから、町民はレイを大歓迎した。
もっとも、そこでレイが死んでしまってはエピソードが続かない。行った先の世界で死んでも、レイは元いた世界に元の格好で戻ってこられる。そんな条件が課された上で、『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』の各エピソードは組み立てられている。
『キノの旅』は、人間のキノと、喋るモトラド(二輪車。空を飛ばないものだけを指す)のエルメスが、滞在するのは3日間だけという条件で、様々な国を巡るシリーズだった。少数民族を虐殺し合って勝敗を競う2国や、民主主義を貫こうとすべてを多数決に委ねた挙げ句、国民が1人だけになってしまった国のエピソードを通して、人間のおぞましさや愚かしさを描いてきた。社会派とも寓話的とも言える内容で、読む人の心をざわつかせてきた。
『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』は、死んでも大丈夫だというレイの特徴と、新人ながらも芸能人として持つ歌唱や演技の能力が、どのような世界でどういった風に発揮されるのかを楽しんでいける連作シリーズとなっている。
第一話ではそれが、滅亡に臨む人間の心を癒やし、第五話では、感情といったものをまるで見せなかった10万人もの人間の心を溶かした。その目的が非人道的だとしても。そういう点では、『キノの旅』シリーズと同様に、人間や社会が持つ矛盾をえぐる寓話的な作品だとも言えそう。
第四話の映画での毒死は、巨匠監督がどうしても人が死ぬ様を撮りたいと願ったもので、レイにしかできないからと因幡が引き受けた。真実の映像を残したいというクリエイターならではの本能なのか、単に人が死ぬ様を見たかっただけなのか。どちらであっても、人の心に潜む闇が浮かび上がる。
こうしたエピソードを成立させる設定が、世界を移動しているから存在するのか、それともレイ自身に起因するのかが気になるところ。66回ものレイの演技によって、凍り付かせていた心を溶かすことができた大女優が、レイを“光”だと讃えたのに対して、因幡が違うと答えた意味から、その正体を推測したくなるが、今は積み上げられていくエピソードの上で、レイがどんな活躍を見せて、それによって何が起こるかを追っていくのがよさそうだ。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。
■書籍情報
『レイの世界 ―Re:I― 1 Another World Tour』
著者:時雨沢恵一
イラスト:黒星紅白
出版社:KADOKAWA(IIV)
公式サイト