佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 2回目 後編 和田彩花とアイドルの自由意思を考える
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佐々木敦と南波一海によるアイドルをテーマにしたインタビュー連載「聴くなら聞かねば!」。前回に引き続き和田彩花をゲストに迎えたトークの後編では、和田に自らが目指す表現の在り方やアイドルとファンとの関係性、アイドルの恋愛問題、またアンジュルムメンバーと自身の未来などについて語ってもらった。
構成 / 瀬下裕理 撮影 / 猪原悠(TRON) イラスト / ナカG
アートとアイドルがクロスする
南波一海 和田さんがソロになってから1年以上経ちましたが、最近はライブがだんだんインスタレーション化していますよね。あの方向性は、コロナ禍になってライブを鑑賞するようになった今の流れにハマってるなと思うんですよ。
和田 そうですね。うまい具合にいきました(笑)。
佐々木 それはもともとやってみたかったことが、ちょうど今の状況とリンクしたということですか?
和田 春にやったライブでお客さんたちが静かに鑑賞してくれたので、そのまま引き続きという感じですね。以前から盛り上がることだけを目的としたライブにどこかで疑問を感じていたというか。人の感情を動かすためだけに光や音をバンバン出す演出を観て、それって欲望とか消費をどんどん加速させていく現代社会ともどこか重なる部分がある気がして。きっと美術を観ているから意味を探してしまうんですけど、「意味を持ってパフォーマンスしていたら、ものすごくカッコいいのにな」というライブにも何度か出会ったので、自分がやるときはすべてに意味のあるライブにしたいと思ってます。とはいえ目指し始めたばかりなので、今年はいろいろやっていきたいですね。
南波 和田さんのライブそのものへの考え方、見せ方みたいなものが急速に変わっている気がします。
和田 そうですね。それはあると思います。
佐々木 実際にやれるかどうかは別にして、2021年のライブのビジョンはあるんですか?
和田 一番やってみたいのは森でライブをすることです。ライブと場所の関係性というのが今の私の関心事の1つで。ステージと客席みたいに両者の関係がはっきり分かれていないところでやりたいんです。もちろんお客さんがそこにいればいいけど、いなくてもできるかもしれないし。あと最近は、自分の声を探るのがすごく楽しくて。声の出し方とか、話し方とか。あとはポエトリーリーディングにも興味があって、今は小説から引っ張ってきた1節と自分の曲とを混ぜてみたりしてます。
佐々木 歌うだけではなくて、自分の声や語りを使っていく?
和田 そうです。
南波 やっぱりインスタレーション化してるんですね。ライブというよりも和田さん自身の存在が(笑)。
和田 あはは(笑)。
佐々木 アートとアイドルという今まで別々だったものがだんだんクロスしている状態ですよね。
和田 単純に自分の興味があることをやろうとすると、エンタテインメント的なものとかけ離れてしまうということに、少し前まではグラグラ揺れていたんです。でも自分がやりたいことをあえてアイドルのままやることに意味があるなと思うようになって。なんとかうまくその道を作っていきたいです。でも、決してアートをやりたいというわけではないし、それは自分の中で一線引いてます。
佐々木 アイドルではなくアーティストとして活動していきたいということではない?
和田 ではないです。私がアーティストだと思っている人たちのようには、私はできないです。そこはファンとして、別物と考えてます。
私はずっと根に持つタイプ
南波 こうやってお話を聞いていると、和田さんがここ最近、美術やジェンダー関連の話題でさまざまなメディアから引っ張りダコになっているのがすごくわかります。
佐々木 自分の発言を周りから求められていることについては、どう思いますか?
和田 自分にできることの1つなのでやっているだけです。あとは、勉強になるなとは思いますね。ジェンダーのことを話すのって最初はすごく難しそうで、うまく話せなかったんですけど、その反省を振り返りながら本を読んだりしてみると、いつの間にかちょっとずつ話せるようになったりする。だからもうちょっとがんばります(笑)。
南波 先のことはほかに何か考えている?
和田 あ、前に南波さんとお話したときに私小説を書いてみたいと話したんですけど、結局小説じゃなくてエッセイになりました。どこかで公開できたらと思ってます。
南波 えー! そうなんだ。
和田 はい。今はその公開準備をしてます。あと2021年は展示もやりたい。内容は決まってないですが。
佐々木 なるほど、楽しみです。エッセイを書く感覚は歌詞を書くときとはまた違いますか?
和田 そうですね。歌詞の場合はメロディがありますけど、エッセイは自由に、自分の感覚のままザーッと書けるという自由度はありますね。
南波 すごいな……本当に書いたんだ。
和田 本当に書きましたよ(笑)。でも昔のことになると、感情があるからつい批判的になっちゃったりするじゃないですか。そことの折り合いを付けるのが大変で、書いては消しての繰り返しで。じっくり自分を見つめ直して完成させました。
南波 今の目線で見ると、昔のことに疑問を感じてしまうということ?
和田 と言うより、当時悲しかったことやムカついたことを思い出して、その感情でガーッと書いちゃうときがあるんですよ。だからそういう感情をなるべくなくして、伝えたいことはなんだろうとシンプルに考える。
南波 和田さんも思い出し怒りするんですね。
和田 しますよー! 私はずっと根に持つタイプなので(笑)。
佐々木 でも全編めちゃくちゃ怒ってるエッセイ集とかも面白いですけどね。「前代未聞! 私はずっとコレを言いたかった」みたいな(笑)。
和田 それいいかも(笑)。
南波 それはそれで斬新。でも、和田さんが怒るイメージってあんまりないんですよね。本当に怒っていたのは、ウエディングドレスのときぐらいで。
和田 あはは(笑)。
佐々木 なんですか、それは?
南波 アンジュルム卒業前のラストシングル曲「恋はアッチャアッチャ」のミュージックビデオの撮影で和田さんがウエディングドレスを着ることになり、「なんで結婚が女性のゴールだと決めつけるの?」と超怒ったという。
和田 そう、最後の最後に(笑)。
南波 周りのメンバーもどうすることもできず、ただうろたえるだけみたいな(笑)。でもその話以外に怒ったりする印象はないんですよね。
和田 たぶん表ではそんなに出してないけど、裏ではけっこう怒りますよ。
佐々木 でも確かに、ウエディングドレスが幸せの象徴みたいな紋切り型のイメージが今なお日本社会には普通にあるじゃないですか。そういうことに対して本当は何かがおかしいんじゃないと思ってる人って、きっともっといっぱいいるはずなのに、そういうことを言い出しにくい雰囲気がまだありますよね。でも和田さんは言えちゃう。かなり画期的なことだと思うんですけど、なんで言えちゃうんですかね?
和田 歴史的に女性がいろいろなものと戦ったということを本で読んで、自分の中に知識として入ってますから。「これは怒っていいことなんだ」と判断がつくし、自分はこういうことを伝えるべきだともわかります。
恋愛していることも、もっと公にできるといい
南波 少し話が逸れますが、先日NegiccoのKaedeさんが入籍されて、これでメンバー3人とも結婚されたという。
和田 えっ、3人とも! わー、すごいなあ。
南波 グループももちろんそのまま継続ということなんだけど、これってホント画期的なことじゃないですか。ファンの人も祝福していて、とてもいい。
佐々木 そうだね。
南波 ただ「Negiccoは長く活動してきてファンの信頼を勝ち取ったから結婚しても許される」みたいなことを言う人もそれなりにいて、それはすごく嫌なんです。別にいつ結婚したっていいじゃん!って(笑)。
佐々木 俺もそう思うよ。
南波 祝福するしないはその人の自由だけど、何年続けたから結婚の権利を得られる、みたいな話はさすがにおかしいなと思います。
佐々木 そうだね。今のアイドル業界にはいわゆる恋愛禁止問題がいまだにある。不文律なのかなんなのかわからないですけどね。これもファンとの関係性の話になってきますけど、和田さんはアイドルの恋愛問題についてはどう思いますか?
和田 この話は難しいですね。アイドルグループとして考えると、グループ全体の見え方もあるし、自分1人の好き勝手にはできないというのが当然あると思います。だけど本当に究極を言えば、好き勝手しててもそのグループにいられるというのが一番素敵ですけどね。
佐々木 一番はそうですよね。
和田 特に10代のメンバーとかは年齢的にも恋愛に興味ありまくりな時期だと思うし。だから恋愛してたら仕事と両立できないなんて論理はおかしいですけど、仕事やグループとしての活動に影響が出てしまうのはよろしくない。でもそれは、そもそも「アイドルは恋愛しちゃダメ」という価値観が前提にあるからそういう構造になっているわけで。私はソロになったから、たぶん恋愛や結婚についても話せるけど、グループだとまだまだ……。
佐々木 そう考えるとNegiccoはすごいアイドルグループだよね。前例を作ってますから。
南波 そうなんですよ。メンバー全員あんなにふんわりした印象なのに、めちゃめちゃパイオニア。
和田 結婚もそうだけど、恋愛しているということも、もっと公にできるといいですよね。
南波 本当にそうなんですよね。
和田 だって、いきなり結婚ってなったらその前に恋愛があるのに……。
佐々木 どういうことだよってなるよね(笑)。ウエディングドレス問題と同じで、個人の自由意志が最優先で尊重されていない。
南波 そういう部分がちょっとずつ変わっていったら、もう少し楽になるのになと思うんですよ。それこそ恋愛スキャンダルでアイドルを辞めたりしなくてよくなるじゃないですか。
和田 そうですよね。
佐々木 でも、男性が女性のアイドルのファンになるときの一番典型的な在り方は、おそらく疑似恋愛的な感覚なんじゃないかな、やっぱり。その中でもすごく純粋で無垢な思いを持っている人ほど、自分の推しが恋愛してるとわかったときの崩壊感覚って相当なものだと思うし。だからファン側の意識が変わっていくような何かがあれば、アイドル業界の在り方や構造もいいほうに変化できるんじゃないかと思うけど……すごく難しいよね。
和田 あと思うのが、恋愛経験もまったくなしに結婚したいとなってしまうと、すごく危ないというか。結婚までにはいろんな段階があるのに、いきなりそういう世界に放り出されたアイドルの子はどうなるんだろうって。私はたまに「変な人につかまりそうで危ない」って言われるけど、でももうさんざん変な人に関わったから(笑)、もうそこの区別はつくんですよ。だからそういうふうに見られるのもショックです。
南波 でも和田さんは革新的な姿勢を持ちながら、旧来の……と言っていいのかな。アイドルらしいアイドル像をまっとうしている人たちのこともちゃんと肯定しているから、そこもいいなと思うんですよね。
佐々木 アイドル1人ひとりに、それぞれの価値観があって然るべきですもんね。
和田 それはやっぱりそう思います。
あのとき反抗期だったのに
佐々木 そろそろ時間ということで。和田さんの卒業後、アンジュルムは数人のメンバーが卒業し、そして先日、フレッシュな新メンバーが3人加入して。和田さんは今のアンジュルムに対してどんな思いを持っていますか?
和田 全然、特にないです(笑)。
南波 あはは(笑)。なんとも思わない?
和田 私と一緒に活動していた頃は10代だったメンバーが、少しずついろいろなことを考え始めている中で、20歳になったときどんなふうに成長しているんだろうと考えるとワクワクします。ましてや大きくなったメンバーたちの下に、さらに後輩たちがいるかもしれない。5年後とか、今よりも少し先の未来のほうが、「自分が残したのはこれで、自分が残せなかったのはこれだな」と見えてくると思うんですよ。だから、今というより、みんなのもう少し先の未来が楽しみですよね。
佐々木 なるほど。
南波 面白い。
和田 グループにどんなものが受け継がれていくのか、それを見るのが楽しみです。
佐々木 長く続いていくグループだからこその観点ですよね。しかも5年後って和田さん自身も今とは別のことをやっているかもしれないですしね。もっと広い世界にいるかも。
和田 そういうとき、私が自分の通ってきた道や人を後輩たちにつなげてあげたいと思ってます。だからそのためにがんばります。
佐々木 すごくいい話ですね。
南波 竹内さん(竹内朱莉 / 現アンジュルムリーダー)もめっちゃ変わりましたもんね。あんなにしっかりしたリーダーになるなんて。
和田 らしいですね。ついさっき、私も後輩からその話を聞きました。私がグループにいたときはずっと反抗期だったんだけどな(笑)。
佐々木 和田さんの卒業公演で、竹内さんがすごく泣いてたじゃないですか。俺も映像で観てもらい泣きしましたけど(笑)。竹内さんが「和田さん辞めないでくださいよ」って泣く、あれが本音だけど、でももう決まってることだからどうしようもない。だからあそこから自分を変えていったんだと思うんですよ。
南波 きっと相当なプレッシャーを感じながら変わったんだと思いますよ。
佐々木 そりゃそうだよ! だってこの人のあとのリーダーですよ?(笑)
和田 あはは(笑)。でもそれもいいですよね。あのとき反抗期だったのにって言いながら、今はしっかりしたお姉さんになっているって。
佐々木 本当に。これからもそうやって代替わりしていって、後輩たちが新しいアンジュルムを作っていく。和田さん自身もどんどん変化してゆく。これからもストーリーはずっと続いていく。美しいよね!
<前回はこちら>
和田彩花
1994年8月1日生まれのアイドル。2009年にスマイレージ(現アンジュルム)の初代メンバーに選出されリーダーを務める。2010年に1stシングル「夢見る 15歳」でメジャーデビュー。2019年にアンジュルムおよびハロー!プロジェクトを卒業し、以降は音楽活動の傍らトークイベントや執筆活動などを行う。趣味は美術に触れること。特に好きな画家はエドゥアール・マネで、好きな作品は「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」。2月28日に東京・新代田FEVERにて単独公演「かなでめぐる Playing around Shindaita」を開催する。
佐々木敦
1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。
南波一海
1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。