芥川賞『推し、燃ゆ』、直木賞『心淋し川』、このミス『元彼の遺言状』がトップ3に 文芸書ランキング
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週間ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(1月6日トーハン調べ)
1位 『推し、燃ゆ』宇佐見りん 河出書房新社
2位 『心淋し川』西條奈加 集英社
3位 『元彼の遺言状』新川帆立 宝島社
4位 『オルタネート』加藤シゲアキ 新潮社
5位 『ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人』東野圭吾 光文社
6位 『今度生まれたら』内館牧子 講談社
7位 『累々』松井玲奈 集英社
8位 『野良犬の値段』百田尚樹 幻冬舎
9位 『気がつけば、終着駅』佐藤愛子 中央公論新社
10位 『Dジェネシス ダンジョンが出来て3年(3)』之貫紀/ttl(イラスト) KADOKAWA
1月の文芸書週間ランキングは、1位と2位に芥川賞・直木賞受賞作が揃い踏み。
1位の芥川賞受賞作『推し、燃ゆ』は、デビュー作『かか』で三島由紀夫賞を最年少受賞した宇佐見りんの2作目。タイトルどおり、推しが燃える、すなわちSNSで炎上する話である。勉強やアルバイト、生きる上で必要なあらゆることが「普通に」「ちゃんと」こなすことのできない高校3年生のあかりが、唯一、頑張ることができるのがとあるアイドルを推すことだ。
推す、という言葉の強度にはグラデーションがあるけれど、あかりにとってのそれは、「好き」「ファン」などという生易しいものではない。文字どおり、生きがい。気を抜けば、身体の重みにさえ耐えられなくなって地に伏してしまいそうな彼女を唯一支える、背骨である。これも比喩などではなく、推しが女性ファンを殴って燃えて、表舞台から姿を消すとなったとき、本当に立っていられなくなり、獣のようになってしまう描写がある。
そんなことくらい、と笑う人もいるかもしれない。だがこの2月に発表されたように、女性の自殺者が8カ月連続で前年比増加していることを考えると、描かれている内容の切実さが増すような気がしてくる。もちろん推す・推さないに性別は関係ないし、自殺の理由はさまざまだろう。だが、コロナ禍で劇場に足を運ぶことが叶わなくなったり、そもそも年に一度のコンサートが中止になったり。「これがあるから頑張れる」というものが軒並み失われていくなかで、自分を支えていた最後の骨がぽきりと折れて、たえられなくなってしまったひとも、なかにはいたのではないだろうか。
推しを失って、うまく立ち上がることができなくなっても、それでも生きていこうとするあかりの姿は、何かを推す――自分以外の何かに心を注ぐことでかろうじて日常の苦しさから目をそらし、生きることができている、という人たちに切実に響くことだろう。
2位、直木賞受賞作の西條奈加『心淋し川』もまた、江戸時代を舞台に、さまざまな事情を抱えながらも懸命に生きる人々を描いた連作短編集だ。主人公は、千駄木町の一角に流れる心川の両岸に立つ長屋の住人たち。梅雨時にはどぶのような悪臭を放つその川の付近に住む人々は、経済的に豊かでないことはもちろん、川と同じように心にも淀みを抱えている。
今より娯楽が少なく、人間関係も閉ざされているこの時代。身近な人によって絶望がもたらされ、どうにも変えることのできない環境の理不尽さに耐える彼らを救うのも、やはり人との出会いである。もちろん、素敵な誰かに出会って苦しみがすべて消えるハッピーエンディング、なんて現実にはあるはずもなく、人はみな、どうしようもない淋しさを抱えながら生きていくしかない。けれどそれでも、日常でほんの少し前を向こうと思える救いが、本作には描かれている。
ちなみに「欠点がないところが欠点という評があるくらい完成度が高かった」というのは選考委員・北方謙三の言葉で、西條自身、「私はよく『バランスがいい』という評価をされて、それは私の長所でもあり、欠点でもあると思います」「(評価には)自分の中でストンと落ちるものがあります」と会見で語っていた。だが、推すこと以外なにもできないあかりのような人もいれば、そつなくバランスよく大抵のことはこなせるけれど、そのぶん、静かに鬱屈したまま発散するすべをもてない人もいる。「欠点がないところが欠点」という作風は、後者の人たちを描くうえで欠かせない長所だろう、と思う。
3位の新川帆立『元彼の遺言状』は、1月に刊行されたにもかかわらず、はやくも15万部を突破した『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。お金にしか興味のない弁護士の剣持麗子が、学生時代に3カ月だけ付き合った大手製薬会社の御曹司・森川栄治の遺した、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という言葉をきっかけに、友人の代理人となり、いかに罰を受けず、遺産を勝ち取るかを思案する、というあらすじだけでそそられる作品である。
インフルエンザで死んだことは疑いようもなかった当初は頭脳戦の様相をみせるが、調査中に殺人事件が起きてしまい、一気にミステリー色が強くなる。エンタメ性の高い物語だけでもじゅうぶん楽しめるが、同時に、本書のそこかしこで語られる「贈与」のテーマも見逃せない。近頃では、田島列島のマンガ『水は海に向かって流れる』、千葉雅也の小説『デッドライン』でも用いられたモチーフでもある。
人々が贈与しあうことで社会は機能していると説いた人類学者モースの贈与論。そして、過剰な贈り物にさらに過剰な贈り物を返していくことによって、最終的には相手をつぶしてしまう競争的贈与。冒頭で、40万円の指輪を贈りプロポーズしてきた恋人に激怒し、120万円の予算が妥当だと麗子が返すシーンがあるが、人に与えられるものの何が過剰で、何が妥当か明確にさだめるのはむずかしい。推定何十億という栄治の遺産を前にしても、どれだけが自分の取り分として妥当なのか、欲望を抜きにして考えることも、困難だ。
けれど麗子には、それができる。指輪のシーンには反感を抱く読者もいるかもしれないが、彼女はむやみに「高い」指輪を求めているわけではなく、自分の容姿と能力(収入)をかんがみて「一般予算の3倍が適当」と判断しているのだ。自分の価値を、自分で決めて、主張することができるその生き様は、清々しくて美しい。真相に辿りつくまでの筆致を含め、爽快な気分にさせてくれる小説である。
■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行い、現在「リアルサウンドブック」にて『婚活迷子、お助けします。』連載中。
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