『ミナリ』などオスカー有力作を続々制作 ブラッド・ピット率いるプランBの歩み
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ブラッド・ピットは、『セブン』、『ファイト・クラブ』、『オーシャンズ』シリーズなどの娯楽的な作品から、『バベル』、『ツリー・オブ・ライフ』、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』などの秀作まで、ハリウッドの第一線で長年俳優として活躍してきた。だが、ブラッド・ピットが映画の制作会社を経営し、その会社がどんな戦力で賞レースに絡む話題作を次々世に送り出していることを、ご存知の人はいるだろうか? 今回は、そんなブラッド・ピット率いる制作会社プランBエンターテインメントの経営状況や戦略を紹介していきたい。
俳優業からプロデューサー業へ
制作会社プランBエンターテインメントは、あの同時多発テロが起きた2カ月後の2001年11月に、俳優ブラッド・ピット、当時ピットの妻でもあった女優ジェニファー・アニストン、そしてタレント・マネジメント会社の共同経営していたブラッド・グレイらがともに立ち上げた。その直後、2002年にワーナー・ブラザースとファーストルック契約(スタジオが企画開発費用を支援する代わりに、優先的にプロデューサーや監督の企画を製作・配給できるというもの)を結び、2004年に自ら主演した大作『トロイ』、2005年にジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』、2006年にはレオナルド・ディカプリオとマット・デイモン共演の『ディパーテッド』を手がけ、設立直後から高い水準の作品群を制作してきた。実はピットは2002年までは、1年間に俳優として3、4作出演することもあったが、同会社の設立以降は、年間でおよそ1、2本の作品に出演を抑え、残りの比重をプロデュース作品においていることが窺える。
一見、制作会社として順調なスタートダッシュを切ったかのように思えたが、すぐにある分岐点を迎えることになる。それは、2005年のピットとアニストンの離婚、グレイがパラマウント・ピクチャーズのCEOになったことだった。これによってピットは、1人でプランBを経営することになるが、この経営の危機に陥る可能性のあった時期にピットは、パラマウントから引き抜いたデデ・ガードナーと、ハーバード大学を卒業して2003年からプランBに加わったジェレミー・クライナーの2人に同会社のプロデューサーを担当させた。彼らが共同社長になるのはまだ先の話だが、彼ら2人が関わり始めてから、それまで大作中心だった作品から、独自性のある作品、質の高い作品、社会的要素のある作品、政治的な作品など、人々の心に訴えかける作品を中心に手がけることに、会社を大きくシフトチェンジしていったのだ。
デデ・ガードナーとジェレミー・クライナーの存在
クレイナーよりも先にプロデューサーとして関わっていたガードナーは、愛犬が亡くなり運命が変わっていく中年独身女性を主人公にした映画『ラブ・ザ・ドッグ 依存症の女』、テロリストに誘拐された記者の妻を主人公にした映画『マイティ・ハート/愛と絆』など、これまであまり主人公にならなかった女性キャラクターを主人公にすることで、ほかの制作会社と観点の違う、独自性のある映画を制作しているというブランディングを成功させた。
後にミルウォーキー州で行われたPBSのQ&Aでもガードナーは語っているが、「特に映画がヒットする題材を制作しているわけではない。これを制作しなければ、夜も眠れなくなると思うような映画を制作しているだけだ」と答えていて、世に出なければいけないと思うものを指針として、手がけていることを明かしていた。つまり、自分たちが信頼を置いたストーリーならば、ほかのスタジオが手をつけなかった企画でも、制作を進められるという決断力がプランBのイメージを決定付けたのだ。
巨匠の監督と組んだ長期の製作プラン
そして、プランBは新たな分岐点を迎える。『天国の日々』、『シン・レッド・ライン』など映画界からも高く評価されてきた作品を手がけ、時間をかけた制作することで知られているテレンス・マリック監督とのタッグだ。時間をかけてもタッグを組みたい映画作家と、さらにまだ一般の人々にそれほど認知されていない才能のある若手の映画作家を育てていくことに、プランBは可能性を見出していくことになる。
ガードナーと映画『ツリー・オブ・ライフ』でタッグを組んだプロデューサーのビル・ポーラッドは、ハリウッドの記者デヴィッド・ポーランドとのインタビューで「10年前からプロジェクトのアイデアをテレンス・マリックと交換し、実際に3時間かけてその内容をランチで話し合った際には、(内容の凄さに制作したいとは言えず)“グッドラック”とテレンスに告げたことがあった」と語った。だがその4、5年後には、ビルはマリックから完成前の脚本を送りつけられたそうだ。その頃、ピットとガードナーは、マリックと別の企画を考えていたが、ポーラッドとマリックのプロジェクトを知り、後に映画『ツリー・オブ・ライフ』となる作品に関わることになった。プランBの、信頼を置いた監督ならば、時間をかけてでも制作する姿勢が伺えるエピソードだ。
才能溢れた個性的な監督たちとのタッグ
ベテランの監督だけではない。ガードナーは、2008年の映画『ハンガー』から目を付けていたスティーヴ・マックイーン監督にアプローチをかけ、「次にどんな作品が作りたい?」と何度も確認していたそうで、それがアカデミー賞作品賞をおさめた『それでも夜は明ける』という作品として、実を結ぶことになる。同作は、世界中の映画祭や批評家から高く評価されただけでなく、アカデミー賞の9部門にノミネートされ、そのうち作品賞を含む3部門を獲得した。すると、プランB自体も、題材的に難しい作品に関わる姿勢や、個性のある映画作家を大切する姿勢などをブランドイメージとして、映画界の人々にアピールすることができ、優れた映画作家たちがこぞって、プランBの門を叩くことになる。
ここ数年、プランBはアカデミー賞の常連となり、映画『それでも夜は明ける』の作品賞以降、2014年に映画『グローリー/明日への行進』、2015年に『マネー・ショート 華麗なる大逆転』と続けて作品賞ノミネートされた。そして再び2016年に『ムーンライト』で作品賞を受賞して、4年連続で同会社の作品がトップ賞を争った。さらに1年空けた2018年に映画『バイス』が作品賞ノミネート、映画『ビール・ストリートの恋人たち』でレジーナ・キングが助演女優賞を獲得。2015年には、全米プロデューサー組合から同社に、エンタテインメント業界に独創的な貢献をした会社や人に授与されるVisionary Awardが贈られている。
つまり、ピット率いるプランBは、ハリウッドでも確固たる地位を築いたということだ。彼らチームのユニークな作品の選択には、感嘆させられるばかりである。現在、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題の映画化権を獲得しており、ハリウッドのタブーとも言える部分にも果敢に切り込んでいく姿勢も見せていて、今後もプランBは、バリー・ジェンキンスが手がけるTVシリーズ『The Underground Railroad(原題)』、今年のオスカー候補の作品『ミナリ』を手がけたリー・アイザック・チョン監督のタイトル未定の映画にも関わることになっていたり(参考:MGM and Brad Pitt’s Plan B Team Up for Films With ‘Minari,’ ‘Bad Education’ Directors)、昨年からワーナー・ブラザースやアマゾン・スタジオともファーストルック契約を結んでいる(参考:Brad Pitt’s Plan B Sets First-Look Film Deal With Warner Bros. Pictures (EXCLUSIVE)、)。ますます、すごい会社になりそうだ。
■細木信宏/Nobuhiro Hosoki
海外での映画製作を決意し渡米。フィルムスクールに通った後、テレビ東京ニューヨーク支局の番組「ニュースモーニングサテライト」のアシスタントとして働く。現在はアメリカのプレスとして働き13年目になる。
■公開情報
『ミナリ』
3月19日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督・脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ
配給:ギャガ
上映時間:115分/原題:Minari
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公式サイト:gaga.ne.jp/minari/