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『美味しんぼ』海原雄山が見せた家族愛 山岡との親子関係を振り返る

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 『美味しんぼ』の名物といえば、海原雄山と山岡士郎の親子対決だ。2人は母親の死をきっかけに親子の縁を切り、山岡が雄山を激しく憎むことになる。しかし作品中期頃から、雄山は山岡や妻に深い愛情を持って接してきたことが発覚する。今回はそんな雄山の家族愛について検証したい。

危篤の山岡の病室を訪れる

 山岡士郎がサルモネラ菌による食中毒で東都大学病院に入院し、意識が戻らずかなり重篤な状態になっていることをオチヨから告げられ、面会するよう促された雄山は「一旦縁を切った人間が死のうと生きようと私にはなんの関心もない」と突っぱねてしまう。

 そんな雄山だったが翌日、山岡が入院する東都大学病院長の竹本教授が美食倶楽部の入会を希望しているとして、病院へ行く。そして竹本教授と話したあと、「お宅の病院の入院施設は整っているのかな?」「自分で見ないと信用できませんな」と話し、病院内を歩き始める。

 そして竹本教授が「そちらは症状の重い患者の病室なのでご遠慮を」と静止するのを無視して、山岡の病室へと向かう。お見舞いに来ていた近城カメラマン、二木まり子、三谷典子は「まあ、海原雄山が」「心配してきたのね」と喜び、看病する栗田とオチヨも嬉しそうに「さあ入ってください」と病室に入るよう促した。

 すると雄山は「私は病室の見学に来たのだ。縁もゆかりもない人間の病室を覗く趣味はない」と言って、去って行ってしまった。これには栗田も「こんなときにまで親子で強情張り合わなくたって…」と嘆き、中川夫妻も肩を落としてしまう。

 その後山岡は栗田の看病もあり、奇跡的に回復。オチヨは美食倶楽部で雄山に食事を出す際「先生にお見舞いに来ていただいて嬉しゅうございます」と礼を述べる。雄山は「見舞いに行った覚えはない。たまたま病室の前を通っただけだ」とうそぶいた(43巻)

 偶然を装った雄山だが、息子である山岡の容態が気になり病室に向かったことは明白。心の奥底に流れる親子愛を明確に見せた瞬間だった。

妻の命日に1人で墓参り

 ある日、中川が雄山に「お車の準備ができました」と声をかける。「うむ」と答えた雄山は、お付きの者を付けず、1人で車に乗り込み、ある場所へと向かう。

 そんな様子に中川は「先生はこの日だけは1人で行かれる。われわれもお供を許さないんだからな」とつぶやく。妻のオチヨも「他の人間に邪魔されたくないのよ。こんなことを知らないで士郎様は先生のことを……」と浮かない表情。

 雄山が向かったのは、亡き妻の墓。この日は妻の命日だったのだ。そして墓にはすでに線香と花が備えられており、「誰が来たのだ…」と疑問視しながら墓石に水をかけ、手を合わせる。

すると栗田が登場し、「出過ぎた真似でおしかりを受けるかもしれませんが、結婚するのでお母様にご挨拶するのも当然だと思いまして」と声をかけた。その後、山岡は栗田から雄山が命日に墓参りをしていることを告げられ、ショックを受ける。自身は「命日とかなんとかくだらないこと」と、うそぶき、何もしていなかった。(47巻)

 命日に必ず1人で墓参りに行く雄山と、何もしない山岡。雄山が妻を強く愛していたことを伺わせるエピソードだ。

妻の身体を考え子供を諦めていた

 栗田と家財道具を買いに行った山岡は、偶然に雄山の妻の主治医だった水村夫妻、そして雄山と鉢合わせになる。水村が雄山の妻を診ていた医師と知った栗田は「山岡さんのお母さんが亡くなった原因はなんですか」と問いただす。

 そして栗田は雄山の前で、山岡が「雄山が自らの芸術のために犠牲にした」「お母様は海原さんに殺されたと思っている」と話す。雄山は「なに、私が妻を殺した? なんということを……」と絶句。山岡は「そうじゃないか。おふくろはお前に殺されたんだ」と怒りを見せる。

 5人は水村の希望で、美食倶楽部で昼食をとることに。水村は「海原さんの妻は生まれつき心臓に疾患を持っていた」「海原さんは奥さんの体調を考えて子供は諦めようと言った」「しかし奥さんがどうしても子供を作ると言い張った」「海原雄山は100年に1度の天才だ。その天才の血を残さないのは恥だと言った」と、経緯を説明する。

 山岡はそれでも「おふくろはこの男の叱責を受け忍耐を強いられた。その精神的苦痛が寿命を縮めた」と主張。しかし水村は「逆にハリがある生活が出来ていた」「人間は精神的苦痛を受けていながら美味しいものを作ることができるのかね?」「常習的に精神的虐待をされている相手のために美味しい料理を作れるものかね?」と論破していく。

 そして死は「心臓の衰弱が限界を超えたから」と説明し、山岡に真実を見るよう促す。しかし山岡は「水村先生の言ったことはでっち上げだ」「そんな美談が通用するなら俺ひとりが僻み根性の塊のアホってことになるじゃないか」「おふくろを殺したのは海原雄山だ」と叫び、部屋を飛び出す。取り残された栗田は雄山に「仲直りさせる自信がつきました。本当に酷いことをしたなら仲直りは無理ですが、そうではなかった」と笑った。(47巻)

 これまで「雄山が妻をなぶり殺した」とされていたものが実はそうではなく、妻の身体を考えて子孫を残すことを諦めようとしていた。雄山が深く妻を愛していたことが判明した瞬間だった。

山岡のために食器や献立を作っていた

 栗田が妊娠したことを知った山岡は、栗田の伯父・沢野に招かれた食事会で露骨に浮かない表情を浮かべる。そして「自信がない」「雄山と自分の関係は最悪だ。あの最悪な関係を自分が作り出すのではないか」「俺は産まれてくる子供を不幸にするかもしれない」と悩みを口にした。

 その話を聞いたオチヨは激怒し、翌日に夫の中川を連れ山岡宅へ。そして美食倶楽部仕込みの豪華な料理を沢野夫妻と山岡夫妻に振る舞う。ところが山岡の食器は小さく、子供用のもの。オチヨは山岡に「そうです子供用です。士郎さん、この食器覚えているでしょ」と語りかける。

 オチヨは食器について、「士郎さんが3歳のときに先生が作ったもの」と説明し、雄山が「そこらで売っている子供用の器は程度が低すぎる。そんな器を使ったら美的感覚が養えない」と3歳から山岡のために器を自ら何種類も作っていたことを明かす。

 さらに振る舞った料理も、山岡が玉子と牛肉が食べられないことを心配した雄山が克服させるため、苦心して考えた料理だと説明する。そして「士郎さんのために何種類もの食器を作ったことといい、玉子嫌い、牛肉嫌いを直すために色々と献立を考えたことと言い、普通の父親には出来ないことです」と諭した。

 しかし山岡は「こんな食器や献立だけでは全ては語れない」「俺と雄山と母親には深い事情がある」とうそぶき、「俺の母親は雄山になぶり殺されたんだ」と自説を曲げない。これには普段冷静な中川も「若、あんまりです」と声を荒らげてしまう。

 結局、同じく父親を憎んでいたことがある沢野の説得もあり、山岡は「雄山は許せない」としながらも「俺が雄山の束縛に捉えられ続けるのは愚かな話だ」「産まれてくる子と絶対良い関係を作る」と宣言し、丸く収まることになった。(68巻)

 雄山の側近である中川とオチヨが、少年時代の山岡に傾けた雄山の愛情を語ったことで「家族愛を持っていた雄山」と「真実を受け入れない息子・山岡」の関係性が明確になった。

深い家族愛を持っていた雄山

 『美味しんぼ』初期では「横暴な雄山とそれに立ち向かう山岡」の構図だったが、栗田との結婚をきっかけに「愛を傾けていた雄山」と「勘違いしていた山岡」が浮き彫りになり、それが最終的な和解へと繋がっていく。海原雄山といえば横暴なイメージだけが先行しているが、作品中期からは随所に家族愛を見せている。そんな彼だからこそ、中川夫妻など多くの人が雄山を慕い、尊敬するのだろう。