藤谷千明×横川良明が語る、オタクとして楽しく生きる方法 「推し活動だって生涯続けられるのかもしれない」
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オタクとして楽しく生きるには、どうすればいいか。そのヒントになりそうな本が2つ揃った。女性4人でのシェアハウス生活の始まりを書いたエッセイ『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)と、『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)の2冊だ。
前者の著者は、ビジュアル系バンドに関する記事をはじめさまざまジャンルでライターとして活動する藤谷千明氏。後者は、若手男性俳優を熱烈に推す男性ライターとして、俳優ファンの女性たちからも支持されている横川良明氏。
共通するのは、オタクとして気持ちよく生きるための方法を探っていること、アラフォーであること。そんな同世代の二人に今回、それぞれのオタクとしてのスタンスからアラフォーオタクならではの悩みまで、「オタクとしての人生」について聞いた。(大曲智子)
お互いの著書から感じ取る、オタク活動のある人生とは
――お互いの著書を読まれての感想からうかがいます。まずは横川さん、藤谷さんの『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』はいかがでしたか。
横川良明(以下、横川):「我々は生活を共有しているが、人生は共有していない」(P146)というところは、この書籍のポイントが凝縮されている一文だなと思うし、なによりすごく共感しましたね。この本の大好きなところは、人と人との距離感。ここに出てくる4人の方は、相手に干渉するかしないかの判断がすごく上手ですよね。それがこのルームシェアの居心地のよさなんだろうなってすごく感じて。推し活動もそうですけど、何事にも距離感を誤っちゃいけないですからね。
藤谷千明:(以下、藤谷):ありがとうございます。同居人同士、この前提が一致しているからうまくいってるという実感はあります。これが「人生も共有したい」という人がいたら、バランスが崩れていたかもしれません。趣味つながりの友達だからこそいい距離感でいられるのかと。推しジャンルはかぶっていませんが、みんなそれなりにミーハーで、今は全員『PUIPUIモルカー』にハマってて、共有費でモルカーケーキをホール買いするなど、楽しくやっています。
横川:それと、生活ルールを決める上で「一番こだわりがある人に合わせる」ってありましたよね。それができてるってすごいなと思いました。実はもう10年近くシェアハウス生活でして、キッチンが汚れていると僕は気になって掃除するタイプなんですけど、気にならない人はやってくれない。「あなたが気になって勝手にやってるだけでしょう」って言われるとぐうの音も出ませんでした。あとオタクの人達はお金のやりとりをきちんとする習慣があるから、共同生活の中でもルールを守れるというのにも納得しました。
ーー藤谷さんは、横川さんの著書を読まれていかがでしたか。
藤谷:「生きている実感を得にくい時代だからこそ、推しが必要」はまさにそうだなと思いました。「ぶっちゃけ僕たちは、誰かの役に立ちたいのです」(P18)っていう一文もありましたが、他人の役に立ちたいという思いは、いってしまえばエゴじゃないですか。
横川:そうですね。
藤谷:横川さんは、「オタクは不毛。だからこそ……」という話をしっかりとされている。「成熟社会で正気を保って生きていくには、何かしら自分の価値を認識できないと無理」(P20)という箇所も心に残りました。オタク活動ってある意味、正気を失ってから本番みたいなところってあるじゃないですか。
横川:ありますねぇ(笑)。
藤谷:でもその正気の失い方って一人部屋でペンラを振っていても、ドラマに荒ぶってツイッター実況で1日に何百回投稿しても、誰にも迷惑はかけていない。サーバーに負担はかかるかもしれませんが。この気が狂いそうな世の中で本当に正気を失わないために、オタク活動であえて正気を失うことによって、発散できているのかと感じました。
横川:今ってすごくお行儀が良くないとダメな時代ですからね。「バカなことしたい」「無駄なことしたい」って欲望があってもなかなかできない。でもオタクとしての活動はそれを叶えてくれるんですよね。僕にとってのオタクの先輩がいて、今でこそ言い尽くされてますけど、「自分の機嫌は自分で取る」みたいな言葉を最初に聞いたのはその人からでした。2.5次元舞台とかに行き続けて、それがすごい楽しそうなんですよ。憧れと共感を覚えて、「この人みたいになりたい」と目覚めたのが始まりでしたね。
今、推しを推すオタクとして求められるもの
藤谷:私はビジュアル系がメインジャンルなんですけど、昔はオタクジャンルとしては認識されていなかった記憶があります。でも最近は「ユリイカ」(青土社)の女オタク特集(2020年9月号「女オタクの現在」)で「ビジュアル系について」と執筆依頼がきたり、世間的にはオタクの範疇になっているようで。趣味に熱量を持った人は全部「オタク」になったのでしょうか。だから横川さんの本を読んで共感される方も多いんだろうなと思いました。執筆するときに、共感される、SNSでバズるというのは意識されましたか?
横川:実はバズることはそんなに意識してないんですよ。それよりも意識したのは、切り取られて怖いところがないかどうか。性的消費やルッキズムの問題が叫ばれる時代に、どこまで書いて大丈夫で、これ以上はよくないかという線引き。「推しの顔がいい」みたいな話をどうやったら人を不快にさせずに面白く書けるか。webだったら燃えるけど、紙(書籍)だったら燃えないかなとか。バズらせ方よりも、バズらない方向をすごく考えましたね。
藤谷:なるほど。私が編集さんと相談した時は、“残るもの”という点を意識しました。いわゆるツイッター構文など現代のネットのオタク用語を多用してはいるんですけど、由来が差別的だったり特定の人を傷つけたりするワードは避けたつもりです。
――横川さんの本を拝読すると、あえてそう書いている部分もあると思うんですが、全体にすごくポジティブなオタクなんだなという感じがしました。オタクであることを素直に楽しんでいらっしゃるな、と。
横川:それはすごく意識しています。自分自身のあり方としても。
藤谷:自分は屈折したオタクなので、それがまぶしいなと思いました。。
横川:僕は陽のオタクでいようと思っています。根はネガティブなので、ハレの場に行くつもりでオタクをやっているんです。違う自分になれるし、オタクをやっていると自分の気持ちが浄化されていると感じるので。だからオタクの自分と本当の自分は、地続きじゃないんですよね。根本的なオタクではないし、歴も短い。もともとの自分があまり好きじゃなくて、何かバージョンを変えたくてオタクになりました。陰になる理由がないとも言えますね。
藤谷:オタクという言葉のイメージってもともとはネガティブでしたよね。子どもの頃からオタクだった私としては、それを理由にバカにされることもあるけど、どちらかというと日陰者であることに心地よさを感じていました。石の下にいる虫みたいに、「この暗くてジメジメした場所がいい」的な。それが、先日読んでいた女性ファッション誌で「オタクは暗いなんて古い! ひとつのことを探求するのは素敵なこと」みたいなフレーズを目にして、すごい時代が来てしまったなと。
横川:人によっては、「広めてくれるな」っていう人もいますよね。別に拡大しなくていいんですが、と。
藤谷:私はそういうタイプのオタクでした。オタクとは隠れるもの、と思っていた。だから私、ライターとして自分の好きなジャンルであるビジュアル系の仕事を始めるときにすごく悩んだんですよ。こんなヌルいファン崩れが世にしゃしゃり出てもいいのだろうかと。
横川:ハハハ!
藤谷:ただその一方で、自分よりジャンルの解像度が低そうな人の雑語りをみて、「これは私がやったほうがマシなのでは」と思ったんです。仕事を始めた理由が屈折してるんですよね(苦笑)。
横川 僕は逆にそこがないんです。どのジャンルを語る上でも「自分のほうが詳しい」って思ったことが一回もない。2.5次元も『テニミュ』の初代から見ているわけじゃないし、『刀剣乱舞』もゲームからやりましたけど、ファンのみなさんの熱量にはとても勝てない。演劇は好きですが、いわゆる本流の作品にはそんなにハマれない。どこの沼とも相容れてないなっていう実感はあります。
藤谷 その「軽やかさ」は自分にはないものです。
横川 でもオタクになって、好きなものについて話すのが楽しかったんですよね。ポジティブなものを共有してることが楽しいっていうのが、オタクとしてのルーツです。それも生粋のオタクじゃないからなんでしょうね。
藤谷 ある意味、オタクという状態に対する「新規ハイ」が続いているということなんですかね?
横川 「新規ハイ」、そうかもしれないですね。
推しと共に年齢を重ねる、オタクのこれからの生き方
――お二人はそれぞれオタクとしてはジャンルが違うわけですが、その差異は感じますか。
横川:俳優オタクならではかはわからないですが、アイドルや2次元のジャンルに特にハマらなかった人が今、俳優オタクになってるんじゃないかなって感じています。というのも、俳優って “推す”こととの親和性がそこまで高くないんですよね。まず私たちが見えているものは本人ではなくお芝居だし。今でこそ2.5次元舞台が出てお金を使う場所が増えましたけど、それこそ1990年代頃のトップの俳優は舞台もそんなに出るわけじゃなかったし、ドラマと映画を観るくらいで。俳優のためにお金を消費する文化ってそんなになかったと思うんです。
藤谷:私はジャンルには詳しくないので印象論になってしまいますが、ドラマや映画をメインにしている俳優の方を生で観るチャンスはそれこそ舞台挨拶くらいで、昔は今ほどイベントやグッズなど「課金」の選択肢も多くなかったように思います。
横川:そうですね。今みたいにSNSもないから、身近に俳優を感じる機会はほとんどなかった。あくまで「○○さんのファン」であって、オタクという感じではなかったかなと。だからこそ、どこにもハマらなかった人達が、現代の俳優沼に来たときに、こういう楽しみ方もあるんだって盛り上がっているんじゃないかなと思います。僕の周りにいる方々も、アラフォーぐらいの年齢でオタクとして目覚めた人がすごく多いんです。
藤谷:昔は、オタク趣味は子供のもので年をとったら卒業するものという認識だったように思います。「結婚したらライブには行かない」とか、「同人活動は卒業する」とか。周囲の人々もかつてそう言いつつも結婚後も仕事や家庭の都合をつけて、元気にオタクやってたりするわけですが。今、webで『バンギャル専用マンションへの道』という連載をやっているんです。趣味でつながる老人ホームやシェアハウスはできるのかと。本にも書きましたけど、老化スピードは平等じゃないこともあって難しいかもしれない。オタクがオタクとして歳を取っていくために、今後どうしたらいいのかとはよく考えます。そんな中、取材をしていると「氷川きよしさんのコンサートがリハビリのモチベーションになっている方もいる」みたいな話を聞くんですよ。そういう話を聞くと、健康や金銭事情もありますが推し活動だって生涯続けられるのかもしれないという希望は持てるのかなと。
横川:推しと共に年齢を重ねていけることは、これからの僕の楽しみです。僕は林遣都くんの10代と20代しか知らないけど、これから30代、40代の彼が見られるんだって思うとワクワクしますから。そのために考えていることは、「金だけは貯めておこう」ですね。僕よく「散財してる」って言ってますけど、実はちゃんと貯金もしてます(笑)。
藤谷:ああ、それは憧れます。私もルームシェアによって固定費が抑えられたことで、成人女性の平均貯金額には及ばないのですが、ようやくちょっと残高が落ち着きました。精神の安定と経済の安定は直結するので、元気にオタクやるにはそこは欠かせない……。
横川:オタクは消費を美化しがちですが、必ずしも消費だけが美ではない。正気を失いつつも、計画性は大事です。そして僕は今のところ独身のままで生きるつもりですが、60歳、70歳になったときに、結婚せず推し活をしていてもみじめに感じない社会になっていたらいいなと思います。ちょっとずつ良くなっているとは思いますが。
藤谷:それはありますね。実家に住んでいる中年のオタクを「子供部屋おじさん/おばさん」みたいにいったり、いつまでそういう取り上げ方をしてるんだろうと思います。実家から離れてはいますが、私の部屋の構成は寝床、机、CD、雑誌、漫画、で実家時代から変わってないですし!
横川:「別にいいじゃん」っていうふうにならないと。僕は自分の死に方がすごく気になるんです。オタクの方がグッズに囲まれた部屋で孤独死していたみたいなニュースがときどきありますが、もし自分が部屋で孤独死していたら、推しのグッズに囲まれて死ねて幸せだなと思う。孤独死という部分だけを切り取らないでほしいなと、切実に思っていますね。
藤谷:もし自分が一人で生き途絶えて「あの人は人生が満たされてなかったからオタク活動に走っていたんだ」みたいな記事が出たら、私だったら化けて出てしまいそう、いや化けて出ます。勝手に「かわいそう」みたいなジャッジはされたくないですね。
横川:今後僕がもし結婚したとしても、どちらかが先に死んだら遺されたほうは一人になるわけですからね。その時に心の拠りどころはあったほうがいいと思います。また若い誰かを追うかもしれないし、林遣都くんを永遠に追っているかもわからないけど、そうあり続けられたらいいなと思いますね。最後に藤谷さん、僕の本のタイトルで恐縮ですが、「推しとは何か」を本気出して考えてみると、一体なんだと思いますか?
藤谷:難しいですが……人生の指針ですね。私は推しのライブに行くことによって、自分の軸がちょっとそこに戻る。推しの人生も変わっているだろうし、私の人生も変わっているけれど、ライブに行けば、中学生の頃からステージにいる人と受け取る人という関係はずっと変わらないので。自分がどこに行ってもそこにある、灯台のような存在かもしれないですね。
■プロフィール
藤谷千明(ふじたに・ちあき)
1981年生まれ。工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後職を転々とし、フリーランスのライターに。主に趣味と実益を兼ねたサブカルチャー分野で執筆を行なう。共著に『すべての道はV系へ通ず。』『水玉自伝 アーバンギャルド・クロニクル』など。近刊『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)。
横川良明(よこがわ・よしあき)
1983年生まれ。大阪府出身。2011年からフリーライターとして活動開始。2018年、テレビドラマ『おっさんずラブ』に夢中になり、あり余る熱情と愛を言葉に変えて書いた「note」が話題となり、そこからテレビドラマから映画、演劇までエンタメに関するインタビュー、コラムで引っ張りだこのライターとなる。著書に『男性俳優インタビュー集「役者たちの現在地」』(KADOKAWA)、『人類にとって「推し」とは何なのか、イケメン俳優オタクの僕が本気出して考えてみた』(サンマーク出版)がある。