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『推しの子』が問う、アイドルとファンの関係性の難しさ ジャンルレスな物語を考察

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 「推し」という言葉を耳にすることはもはや珍しくなくなった。アイドル、漫画やアニメのキャラクター、俳優や配信者など今やその対象は多岐に渡るけれど、その人の活動を四六時中追っていたい、その人がいることが生きる活力になっている、という「推し」を持つ人も増えているのではないだろうか。

 推しを応援する、いわゆる「推し活」は基本的には楽しいものだ。だが、そこに感情を深く傾けすぎた時、その関係性は歪なものに変容していくことがある。そんな推しとファンの複雑な関係性に切り込んでいくのが、『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカ、『クズの本懐』の横槍メンゴがタッグを組んだ作品『推しの子』だ。

 産婦人科医のゴローの推しは16歳のアイドル・アイ。そんなアイが突然活動休止になったと思えば、彼女は妊娠し、ゴローの診察を受けに現れる。推しに男と子供がいたことを知らされ、医師としての自分とファンとしての自分のはざまで複雑な思いに苛まれるゴロー。だが、「母としての幸せ」と「アイドルとしての幸せ」両方手に入れるため、子供のことを隠してアイドルを続けると言い切ったアイを見て、推しの幸せを願うファンとして、アイを応援し続けることを決意する。

 そんなアイの出産直前、何者かに殺されたゴローは、なんとアイの息子・愛久愛海(アクアマリン)として転生。双子の妹・瑠美衣(ルビー)もアイのファンの生まれ変わりというカオスな状況に陥りつつも、「推しがママになる」というオタクが描いた夢物語のような現実を満喫することになる。

 だが、幸福は長くは続かない。人気が出始めたその矢先、アイに子供がいることを知って逆上したファンの男によってアイは殺されてしまう。男がアイの出産や住まいを知っていたことから、芸能界に手引きした人物がいると踏んだアクアは、アイドルとファンの歪な関係を憎みながらも、復讐のために自らも芸能界に足を踏み入れることを決意する――それが『推しの子』の物語だ。

 「アイドル」という単語を聴くと、ステージ上やメディアの中で見せるキラキラした姿がまず思い浮かぶ。だが、『推しの子』が描くのは人間としてのアイドル、仕事としてのアイドルの姿だ。アイの息子となったアクアたちは、その仕事を通してそれを垣間見ることになる。

 事務所の力関係や、忖度で決まるキャスティング。知名度もないアイドル相手に表向きだけ愛想をよくするスタッフに、数字ばかりを追うプロデューサー、そして、ファンに簡単に愛をばらまくアイドル。

 「芸能界を夢見るのは良いけど、芸能界に夢を見るのはよした方が良い」とは、アイが出演した映画監督の言だ。わかっているつもりでも、「推し」がただキラキラしているだけの都合のいい存在ではないということを突きつけられる。

 『推しの子』が描くのは、推し側のリアルだけではない。ファンや世間に対する痛烈な批判も込められている。

 アイがストーカーに殺された、というセンセーショナルなニュースに対して、「男がいるなら死んでも仕方ない」という内容のSNSへの書き込みを見たルビーは激昂する。

「アイドルが恋愛したら殺されても仕方ないの? ねえ? そんなわけないでしょ!!」

「自分は散々アイドルにガチ恋しておいてさ‼ それを否定するのって虫が良すぎない!?」

 ルビーのように感情を露わにはしないものの、アクアの心にもアイドルとファンに対する嫌悪が刻まれる。母に憧れてアイドルを目指そうとするルビーに、アクアは冷たく釘を刺す。

「なってもしょうがなくない? 儲かりたいなら別の仕事の方が手っ取り早いし、ファンは常に身勝手で、男が出来れば正義面で袋叩き」

 アイ、アクア、スタッフ、ファンの男。様々な人物の目を通して読み進めることで、改めて考えさせられる。私たちが本当の意味で「推し」に求めているものは一体なんなのかということを。絶対にファンを裏切らない厳格な潔癖さ? それとも決して剥がれない美しい嘘?

 そもそも、アイドルに対して使う「嘘」とはなんなのだろう。すぐ隣にいる人の本心すらわからないことだってあるのに、画面の枠内でトリミングされて発信される情報しか知ることのできない私たちにとって、「本当」とは何を指すのだろう。そして、仮に「本当のこと」が存在するとして、それにどれほどの意味があるのだろう。

「ファンの事蔑ろにして 裏ではずっとバカにしてたんだろ! この嘘吐きが!」

 そう言ってナイフを突き立てたファンの男に、アイは血を流しながら答える。

「私にとって嘘は愛。私なりのやり方で愛を伝えてたつもりだよ」

「君達の事を愛せてたかは分からないけど、愛したいと思いながら愛の歌を歌ってたよ。いつかそれが本当になる事を願って」

 かつて「アイ」というアイドルを推していたアクアとルビーは、芸能界に足を踏み入れることで、いずれ自らも誰かの「推し」になっていくだろう。その時、推しとファン、そして嘘と真実の関係について、さらに切実に問い直されることになるのだろう。その答えが出るのかはまだわからない。ただ、「推したい」と思える誰かに出会った時、私たちはたぶん、すでに彼らから愛を受け取っている。その想いだけは嘘ではないと信じてもいいのかもしれない。

■満島エリオ
ライター。 音楽を中心に漫画、アニメ、小説等のエンタメ系記事を執筆。rockinon.comなどに寄稿。満島エリオ Twitter(@erio0129