映画と働く 第8回 照明技師:平山達弥「いい表情の役者に、いい光を当てた達成感」
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平山達弥
1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。
今回は映像作品の照明技師として活躍する平山達弥にインタビュー。第43回日本アカデミー賞で最優秀作品賞に輝いた「新聞記者」や、綾野剛と舘ひろしの共演作「ヤクザと家族 The Family」など藤井道人監督作の常連スタッフとして名を馳せる彼は、実はもともと映像業界志望だったわけではないという。映像の道に進んだ経緯、河瀬直美のもとで目の当たりにした初めての映画現場、「ヤクザと家族 The Family」で感じた手応えなどの話を聞いた。
取材・文 / 金須晶子 題字イラスト / 徳永明子
最初の配属先はディズニーシー
──まずは履歴書の経歴に沿ってお話を伺えればと思います。ご出身は長崎の五島列島ですね。
はい。子供の頃はサッカーをやっていました。
──スポーツ少年だったんですね。映画体験にまつわる思い出は?
小学生ぐらいまでは地元に映画館みたいなものが一応あって。と言ってもプロジェクターで投影するような、個人でやられているものだったんですけど。それがなくなってからは、もう映画館はなかったです。全国的にヒットした作品がたまに文化会館みたいな場所で上映されるぐらい。それも子供が観るような映画しかやっていなくて。普通の映画は長崎まで行かないと観られない状況でした。
──人生の1本に「天空の城ラピュタ」を挙げていますが、こちらも当時地元でご覧になったのでしょうか?
はい。ジブリ映画はけっこう上映されていたので、子供の頃によく観ました。その中でも好きな作品だったなあと。
──映画を観ることへのハードルが高い環境で、なぜ映像の世界、そして照明という仕事に興味を?
もともと舞台照明に興味があって専門学校に進んだんです。バンドを組んだり、あとRIP SLYMEが好きでライブを観たときに照明がかっこいいなと思ったので。卒業後もRIP SLYMEのライブに関わっていた会社に入ったんですけど、配属先がディズニーシーになってしまって(笑)。
──希望通りに行かなかったんですね。
ディズニーのショーでピンスポ(ピンスポット)を当てたりしていたんですけど、この先ここに何年いるんだろう?と考えたとき、もっと別の現場で仕事がしたいなと思い始めて。それで知り合いに紹介してもらってCRANKという会社に入りました。もともとCRANKはカメラマンが所属する撮影会社だったんですけど、ちょうど系列会社のライトワークと合体して、照明部もCRANKに移行するタイミングだったんです。
河瀬組で“バレない”照明を学ぶ
──そこから映像の道に進み始めると。
まずカメラマンの穐山茂樹という人の下に付いて、いろいろな照明技師のところに行かせてもらいました。その中で太田康裕さんに出会って師事させていただくことになりました。
──太田さんは河瀬直美監督の作品に多く参加されていますね。
太田さんに付いて行った河瀬組が初めての映画現場で、「2つ目の窓」や「あん」などに参加しました。専門学校でも映像制作を学んでいなくて、最初はセンチュリースタンド(※注1)すら何かわからない状態で。だから河瀬組を経験して「映画ってこういうものなのか」と思っていたんですけど、ほかの現場にも行くようになったら河瀬組がいかに特別かということがわかりました(笑)。撮影の進行で“段取り”というのがあるんですけど、河瀬組ではそれをやらなかったり。普通は芝居も照明も段取りで様子を見るんですけど。
※注1:撮影時に使われる照明機材。3本の脚からなるスタンドで、アーム部分の長さや角度を自在に変えられる。
──河瀬監督の作品は自然光のイメージがありますが、照明はどのような役回りをされるのでしょう?
河瀬さんって照明が嫌いで(笑)。作られた照明を嫌がると言いますか。自然光を重視して、例えば朝日のシーンだったら本当に早朝に撮影したり、リアルな時間帯や空間にこだわる監督だと思いました。
──作らない照明と言いますと……?
自然光を生かし、ライトやカポック(※注2)でバランスを取っていく。そういう“バレない”照明って難しいんですけど、太田さんは太陽を生かしたライティングがとてもうまくて。太田さんは自分の父親ぐらい歳の差がありますし、照明の技術以外にも現場での立ち居振る舞いなどたくさんのことを学びました。
※注2:板状の撮影補助道具で、レフ板の一種。光を拡散する、または光をさえぎるなど、光の調整に使用する。表は白、裏は黒に塗装されており、シーンによって使い分ける。
──「照明」と一口に言っても舞台と映像では全然違うものですよね。もともと志望していた舞台照明への心残りはありませんでしたか?
舞台はライト優先というか、見せる照明を作っていく。でも映像では、できるだけ照明という存在がバレないようにしなければいけない。本当にまったく違う世界ですが、映像の現場が楽しかったのでそのまま進んでいきました。
──そうなんですね。独立についてはいつ頃から考えていましたか? 不安はなかったでしょうか。
とりあえず太田さんと最初の段階で「チーフを3年間やったら独り立ちする」と取り決めていたんです。なので予定通りのタイミングで独立しました。不安っちゃ不安だらけでしたね。ほかのチームに所属するという選択もあったんですけど、またずるずる歩んでいくことになるなと考えて、思い切って独立しました。
※河瀬直美の瀬は旧字体が正式表記
「ヤクザと家族 The Family」が今のベスト
──独立してから数々の作品に参加されますが、中でも印象的な作品は?
「ヤクザと家族 The Family」は体力的にキツかったのも含めて思い出深いです。ナイター(夜間撮影)が多かったので照明部は大変でした。役者も綾野剛さんや舘ひろしさんなどすごい人ばかりで緊張感もあって。でも自分の中ではこの作品が今のところベストです。
──主演の綾野さんも本作が「今現在の自分の集大成」だとおっしゃっていました。平山さんはどのあたりに手応えを感じていますか?
作品が3章に分かれているので、カメラマンの今村圭佑さんと色のトーンを変えていこうと決めました。それが顕著なのが(寺島しのぶ演じる)愛子さんの食堂のシーン。1章は赤、2章は水色、3章は蛍光灯の色をそのまま生かして、色にこだわったところはうまくいったなと思っています。
──照明について役者から褒められたり、何か感想をもらうことはあるんですか?
そんなにないんですけど、「ヤクザと家族」の現場では綾野さんが毎回モニタで映像を観て感想を言ってくださいました。自分の芝居だけじゃなくて各部署のことも常に見ていて、そういう部分もリスペクトできる人でした。一度、僕と今村さん、録音部の根本飛鳥さんの3人を焼肉に連れて行ってくださったことがあって。綾野さんがひたすら肉を焼いてくださいました。
藤井道人や今村圭佑との出会い
──「ヤクザと家族」からご自身のフィルモグラフィーを振り返り、照明技師としての歩みの中でターニングポイントだったと思う出来事を挙げるとしたら?
今村さんとの出会いはそう言えるかもしれません。僕が助手をしていた頃から、今村さんも助手として現場に来ていたので、お互いのことは知っていて。同い歳ということもあって現場で話したりもしていました。それから僕が独り立ちして初めて参加した「おじいちゃん、死んじゃったって。」で今村さんが撮影監督をされていて、そこから徐々に一緒に仕事をするようになりました。
──今村さんも平山さんも「新聞記者」や「ヤクザと家族」など、藤井道人監督の作品ではおなじみのスタッフですよね。
藤井さんと今村さんは学生時代から一緒にやっているので、映像面に関しては藤井さんが圧倒的に今村さんを信頼しているんです。僕は今村さんから声を掛けてもらって参加させてもらっています。照明に関しても藤井さんから直接何か言われるというよりは、基本的に今村さんが色やトーンの方向性を決めるので、それに沿って考えていきます。
──照明部と撮影部の連携が映像のイメージを左右するのですね。平山さんのお話を聞いていると、今村さんへの圧倒的な信頼がうかがえます。
そうですね。やっぱり映像と言うとカメラマンと話し合うことが多いので。今村さんは作品への集中力がとてつもなくて。特に今村さんが長編初監督をした「燕 Yan」では現場でカメラを持ちながら演出をしていて、とんでもない人だなと思いました。それは履歴書の「尊敬する人」の欄に書いた方々に通ずるんですけど。いい作品を生み出す人たちってそういうところがすごいんだなと近くで見ていて思います。
──平山さんもそんな藤井組の一員として毎回参加されているわけですが。何か共鳴するものがあって毎回組まれるのでしょうか?
「俺たちが!」とかそんな熱い感じではなくて。でも藤井組だからこその雰囲気はあって、そこは居心地がいいなと感じます。歳が近い分、距離感も近くて、言いたいことを言い合えたりもするので。
ライティング次第で芝居の深みも変わる
──照明技師として「楽しい」と感じるのはどんな瞬間ですか?
台本を読んで、どんな照明にしようかと考えているときが一番楽しいです。もちろん実際にライトを当てた様子をモニタで観るときも充実感がありますけど、その前の仕込み図を書いたりしている段階がわくわくします。体力的にキツい部分も多々ありますけど。最初に現場入りして仕込みを始めて、撮影後は撤収して最後に帰るので。
──なかなかハードな仕事でもありますね。これから映像関係の照明をやってみたいと考えている人たちに、平山さんからアドバイスをいただけますか?
専門学校時代から振り返ってみると、理想の高い人は辞めてしまった人が多い気がします。僕も映画がめちゃくちゃ好きでこの業界に入ったわけではないんですけど、考えすぎないで始めてみるほうがいいのかな。心のゆとりがあったほうが、イレギュラーに強くなるのかもしれません。厳しいことがたくさんある世界なので。仕事が楽しいと思えるように、柔軟な気持ちを持ち続けるのが大切だと思います。
──映像に関わるようになって気付いた、映像の照明ならではの楽しさはどんなところですか?
芝居に合わせたライティングが楽しいと感じるようになりました。ライティング次第で芝居の深みも変わってくると自負しているので、いい表情をしている役者さんには、いい光を当てた達成感があります。
──履歴書の「照明とは?」という質問には「生活の一部」とお答えいただきましたね。
照明がないと生きていけないとか、そんなたいそうなものではなく。暮らしの中の一部になっていて、意識することもなく自然と存在しているものだと思いました。照明技師だからと言って、部屋の照明にこだわったりとかも特にないです。ただ子供の写真を撮るときは、無意識に太陽の位置を計算しながら撮影していることがあります(笑)。
平山達弥(ヒラヤマタツヤ)
1988年4月7日生まれ、長崎県出身。2009年に東放学園の照明クリエイティブ科を卒業後、CRANK(現・照明機材会社ライトワーク)に入社する。2010年から太田康裕に師事し、河瀬直美監督作「2つ目の窓」「あん」でチーフを務める。2016年に独立後、2017年公開作「おじいちゃん、死んじゃったって。」に参加。2019年公開作「新聞記者」は第43回日本アカデミー賞で作品賞など3冠に輝いた。そのほか「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「サヨナラまでの30分」「燕 Yan」などの照明を担当。「ヤクザと家族 The Family」が全国で上映中のほか、米倉涼子が主演を務めるNetflixオリジナルシリーズ「新聞記者」が2021年に全世界配信予定。