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ぴあ 総合TOP > エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第21回 あいみょん、TENDRE、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanらを手がけるyasu2000の仕事術(後編)

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第21回 あいみょん、TENDRE、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanらを手がけるyasu2000の仕事術(後編)

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yasu2000

誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。後編では、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanのサウンドについての話を届ける。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 山川哲矢

藤原さくらの歌声が気になりライブへ挨拶に

──藤原さくらさんの「good morning」では、ノラ・ジョーンズ的なザラっとした質感がありつつ、高域の派手な部分はバキっと出していますが、これはジャズっぽい質感とJ-POPっぽい質感を融合させるためにアナログとプラグインの組み合わせでやっているんでしょうか?

いや、これはプラグインで完結しています。昔からPSP AudiowareのVintageWarmerが好きで、それを個々のトラックにかけて歪ませました。ジャンルの融合という意味では、ほかの仕事でも常に求められるんですよ。例えばリファレンス音源は80年代90年代だけど、そっちに寄せすぎずに現代っぽくしてほしいというオーダーは常にあるんですよね。出るところは出してほしい、曇らせるようなことはしないでほしいと言われることはすごく多いので、それは言われる前に施すようにしていますね。あとはメッセージ性が大切だと思うので、歌詞は全部はっきり聞こえるように、ボーカルの音量のオートメーションはかなり細かく書いています。

──ということは、工程的にはリズムから組んでいって、最後に歌を足すようなやり方でミックスしているということでしょうか?

そうですね。いろいろ試したんですけど、僕にはそれが一番しっくりくるやり方でした。

──藤原さくらさんの声はかなり特徴的だと思いますが、yasu2000さんから見て彼女の声の魅力はどんなところにあると思いますか?

僕は最初、彼女が歌っている姿を映像で観たときに、映っている人と歌っている人が同一人物だと思わなかったんですよ。太くてスモーキーな声なので。ミュージックビデオで女優さんが演じているだけなのかなと思ったんですけど、この人が実際に歌っているというギャップにまず驚きました。それで対馬(芳昭 / origami PRODUCTIONS代表)に「彼女、ウチで録りたいですね」って話して、関口シンゴも含めライブに挨拶をしに行き、自分たちが手がけた作品のデモCDを渡してきたんです。それで音を気に入ってもらえて、来ていただいたのが「good morning」に携わらせていただくことになったきっかけで。それくらい僕は彼女の声が好きで、全部のテイクがOKと思えるくらいよく聞こえるんですよ(笑)。もう一発目でいいんじゃないかって思えるくらい。何回聴いても心地いいから、ストレスがまったく溜まらないで、レコーディング中はずっとリラックスしていました。彼女の声はそういう効果を持っていますね。

──ちなみにマイクはどのようなものを使っていますか?

ボーカルはNEUMANN U87とカスタマイズしたAKG THE TUBEを使うことが多くて、藤原さんは、このどっちかを曲ごとに使い分けました。マイクの近くでソフトに歌う声や、声を張るときにジャキっと前に出てくる声にはBRAUNER VM1がハマるので、あいみょんさんはこれで録りました。

──ミックスが下のほうから上のほうまできれいに歪んでいる感じがするんですが、モニターでこだわっているところはありますか?

うちのスタジオはFocalのSM9をメインに使っていて、その1つ手前のところでCONEQ APEQ-2Proというスピーカーイコライザーを通しています。これは4000バンド以上あるデジタルのイコライザーで、デジタル処理しているとは思えないほど自然なバランスにしてくれるんです。このスタジオを構築した当初は部屋に置いてあるものが少なくて定在波(部屋の壁の反射で起こる、共振、共鳴などの原因になる波動)の問題があったんですけど、それがこのイコライザーで解消されました。今は物理的な問題を解決して反響を抑えているんですけど。SM9はボリュームを下げても30~40Hzの低音が聞こえるので、音量を下げてのミックス確認をしたり、あとは車で聴いたり、DropboxにアップロードしてiPhoneとイヤフォンで聴いたりしていますね。

──いろいろな環境でチェックするわけですね。

イヤフォンで確認するのはけっこう重要だと思います。iPhoneに落とせばほかの楽曲からの流れで聴けるから、曲が始まってすぐに「あ、これダメだ」って気付けるんですよね。より客観的になれるというか。それにいいスピーカーだけでチェックするといい音なので判断が鈍ってしまうんです。そういえばアナログを通してミックスするようになってから、ミックスに戻ることが減ったんですよ。いろんな再生機で聴いたときの差がなくなったんです。おそらく、アナログは音をいろんな角度から整えてくれるんだと思います。

不思議なミックスに仕上がったNenashi「GonnaBe Good」

──Nenashiさんの「Gonna Be Good feat. J.LAMOTTA すずめ」では大量のボーカルやトランペットを重ねていると聞いたのですが、そのわりにすべてハッキリ聞こえていて、大変な作業だったのではと思います。

この曲のレコーディング作業は僕自身もびっくりしました(笑)。管楽器を録る場合、普通はサックス、トロンボーン、トランペットで低域、中域、高域を成立させると思うんですけど、今回はトラックメーカーのKibunyaさんがトランペットだけにしたいと伝えてきて。それでトランペットの近くにリボンマイク、遠くに無指向性のコンデンサーマイクを立てて、空気感を捉えた状態の2本セットを何本も重ねていったんです。ユニゾン3本、ハモ3本、ローを3本だったかな。Kibunyaさんはそれをフリューゲルホルンっぽい質感にすると言って持ち帰って、エフェクトをかけて戻してもらいました。録音したトラックと、エフェクトをかけたトラックを全部鳴らしたんです。だから、空気が押し寄せてくるみたいに感じるパートがあると思います。普通のレコーディングからしたらちょっと多すぎる量だけど、このパートを聴くと空気に包まれたみたいな気分でリラックスする、不思議な仕上がりのミックスになったなと思っています。

──それだけ大量にあると整理が大変だと思うんですが、トラックごとにエフェクトをかけたんでしょうか?

いえ、全部をグループにまとめてからEQとコンプをかけました。リードボーカルはさすがにミックスのときにプラグインを個別にかけますけど、ボーカルも録りのときにEQもコンプもかけて理想に近付けるので、コーラスは全部グループでまとめて処理していますね。歪みも、グループにまとめてからステレオでかけています。

──この曲ではリードボーカルが中域からジリっと歪んでいると感じました。普通は母音にそんなに歪みを感じないことが多いんですが、これはどうやっているんでしょう?

僕はボーカルにもMANLEYのVariable-Muをかけるのが好きで、これが中域の豊かな歪みを足して一歩前に出してくれるんですね。それが大きいかもしれないです。この曲ではマイクの距離をけっこう実験していて、数cm単位の微調整をブース内でテストたんですね。Nenashiの絶妙なカッコいいニュアンスとブレッシーな声には、わりと離れたところからボーカルを録るセッティングがマッチしていて、部屋鳴りのような空気を含んだ音がMANLEYを通って歪んでいるのが効果を生んでいるんだと思います。あとは歪みのキャラクターが強すぎるものを、うっすら混ぜるのが好きですね。コンプに関してはかなり薄めにしか潰していません。あとこれは余談なんですが、この曲に参加しているJ.LAMOTTA すずめさんは今イスラエルに住んでいて、そこで録音したものがファイルで送られてきたんです。イスラエルは紛争が起こっている大変な地域で、向こうで録音した音の合間にしゃべり声だとか生活の音みたいなものがうっすら入っていたんですけど、そういう音を完全にカットしないでミックスしました。「Gonna Be Good」って「きっとよくなる」という意味なので、そういう曲をこの時期にこういう形で製作できたことが、すごく印象に残っています。

想像を絶するタブラレコーティング

──U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSの「七曜日(Nana-Youbi)」は全編タブラの楽曲で苦労もされたのでは?

この曲のミックスはmabanuaが担当で、その前のレコーディングと楽曲を構築するところまでは僕のほうで担当させていただきました。U-zhaanさんの楽曲ってほとんどタブラで完結している曲が多いんですけど、あれは1つひとつ太鼓をチューニングしているんです。Fの音、Bの音、Aの音など、それぞれのピッチに調律した十何個のタブラを床に広げて、1つずつ録音を進めていくんですね。U-zhaanさんはあらかじめ曲を作ってくるというより、なんとなくのイメージを持ってきてスタジオに入ってから曲を作るスタイルなので、ここはこのコードにしようって鍵盤で確かめたりして決めてから、そのコードの構成音になるように太鼓を1個1個専用ハンマーで叩いてチューニングするんです。今ではもう慣れましたが、そのカンカンカンってハンマーで叩く音が太鼓の音に比べて大きすぎて、音量レベルを突き抜けてしまうので、その都度レベルを絞って戻して。少し叩くとまたピッチがゆるむので、また叩いてレベルの上げ下げをするっていう繰り返しなので、人力度が半端なかったです(笑)。さらに1音だけ録るとか、1小節だけ録る作業が多いので、プレイリスト含め、すごい数のトラック数になります。ですが、終わったあとの充実感や、何度でも繰り返し聴きたくなる作品の完成度に、いつも感動させられます。

──それは内容を把握するだけでも大変そうですね。

なので、僕はU-zhaanさん用にPro Toolsのテンプレートを作っていて、グループを組んで管理できるようにしたうえで、1つ録るたびになんのピッチを録音しているのか聞いて、それをコメント欄に書き込んで、あとでわかるように整理しながら作りました。そうすることで、「さっき叩いた、ンパッっていうやつとカラカラを出してきて、くっつけてここに貼って!」と言われたときに容易にできます。

──全部同じ楽器の音で、大量のトラックを把握するって、想像しただけで頭がおかしくなりそうです(笑)。

「七曜日(Nana-Youbi)」はリズムも複雑で3連になったり、付点が出てきたり、拍もけっこう変則なのですごかったですね。うちのブースはタブラの響きを自然に録音するには狭いので、タブラはコントロールルームに広げて録りました。鎮座DOPENESSさんと環ROYさんも同席していたんですけど、当然ですが録音するときお二人に、物音たてずに静かにしてもらっています。

──タブラを録ると言われてそんなことになるとは思わないので、1回やったらずっと指名されそうですね。新しいエンジニアに、どういうふうにやるのかイチから説明するのも大変でしょうし、できる人も限られるような気がします。同じように大変なレコーディングはほかにありましたか?

複雑さで言えばなかなかないと思います(笑)。でも、レコーディング作業ってそもそも大変じゃないですか。今はあらゆる状況に慣れてきましたが、精神面できついレコーディングと比べたら全然楽しいですし、タブラの音も好きですし、U-zhaanさんのキャラクターも最高です。これはエンジニアの仕事の範疇なのかわからないですけど、スタジオをきれいに掃除したり、落ち着くインテリアを置いたり、気分よく制作に集中してもらえるように気遣いをしたりということは気を付けてます。キツキツに時間が迫ってるみたいな気分を排除して、和ませたいというのは常に意識していますね。

──それはよくわかります。ただ、最近は予算の都合で時間がタイトだったりすることも多くないですか? 雰囲気がよくなる反面、楽しくやっているといつまでも終わらないみたいなことになりかねないと思うんですが、そのあたりはどのようにコントロールしていますか?

それに関しては、僕はまず最初に全部を把握させてもらいます。例えば、「どういうふうに録って、どういう曲にしたいですか?」というのは最低限聞きますよね。それ以外に、メジャーのアーティストの場合は締め切り、制作にかけられる時間、アレンジャーさんが仕上げてくる日程なども行う前に詳しく把握するんです。そういったことをマネジメントの人に全部任せて、「この時間はこれをやってください」って言われて動くだけだと、現実的にできないときが出てきちゃうので。一方でインディーズとか自主制作の人には、その人たちがやりたいことを聞いて、予算から使える時間を換算して、いいバランスのところに持っていきます。問い合わせがあったら1回スタジオに来てもらって細かく話し合ったうえで、「これはできるけどこれはできない」「ラインで録れるものは先に自分たちで録音して用意しておいて」とか、そういうふうに時間を削減していきます。ミックスにも立ち会ってもらって、「この時間内で終わらせましょう」ってやると、僕の作業の時間も減るので値段も安くなりますよね。そういう工夫はしています。

──確かに、ミックスをいくらでもやり直せると思われると、無限にリテイクが起こるときがありますよね。

そうですね。特に自主制作でやっている方は、アレンジャーとかプロデューサーとか、客観的に決める人がほかにいなくてズルズルいっちゃうことがあるので、そういうときは僕からバンバン言うようにしています。これはもう何回も歌って声が枯れてきてるから、このテイクのほうがいいよとか。

最後に自分の満足度がちょっと欲しい

──スタジオの営業のやり方はコロナになってから変化はありましたか?

ミックスはリモートでやることが増えましたね。あとはうちのスタジオでは人数制限を設けて、マスクして約1m離れて座ることができる人数だけ来てもらうようにしています。リモートで録音する方法もいろいろ考えて、それができるアプリもあったんですけど、遠隔で人のマシンに入って操作するのってセキュリティ上の問題も起こるし、プライベートな環境に入っていくので嫌がる人が多いだろうということで、録音だけはやはりスタジオに来てもらうしかないなと。編集とかミックスは離れていてもできるんですけど。

──エンジニアをやっていて、やりがいだとか面白みを感じるのはどういうところですか?

アーティスト本人ができあがった作品を好きになってくれて、リピートしてくれるのが一番うれしいですね。言われるがままにやった作品でも、繰り返し聴いてくれるとうれしいんですよね。どちらかと言うと僕はリスナーよりもアーティスト本人に気に入ってもらえるほうがうれしいです。リスナーの判断基準って時代とか環境によって変わると思っていて。今、Spotifyのような音楽配信サービスでは、日本では全然聴かれてないけど海外では聴かれている曲もたくさん出てきてますよね。なので、日本でのTwitterの反応とか気にしすぎても仕方ないなと思っているんです。もちろん、人がいいって言ってるから好きになるっていう人もいると思うので、みんながいいって言ってくれるほうがいいですけど。優先順位としては、制作に関わった人たちが気に入ってくれて、次にリスナーのみんながいいと思ってくれること。最後に自分の満足度がちょっと欲しいって感じですね。やっぱりエンジニアは大変な仕事なので、少しは満足したいかな。

──最後にこれを読んでいる読者にメッセージがあれば。

たぶん、みんなコロナ禍でストレスが溜まっていると思うので、好きな音楽を聴いてリフレッシュするのもいいと思います。その中で、メロディや歌詞のよさだけじゃなくて、ミックスのよさ、音の鳴りのよさという部分にも目を向けてもらえるとジャンルが広がっていいですよ。無理のない範囲で、いいイヤフォンやいいスピーカーを買って、音質の楽しみ方も知ってもらえたらうれしいです。

yasu2000

1999年、DJとして渡米。現地でエンジニアリングに興味を持ち、The Institute of Audio Researchに通う。卒業後ブルックリンにあるブッシュウィックスタジオで2年間働き、ニック・ハードのアシスタントなどを務めたのち、2005年に帰国。その後、origami PRODUCTIONSが手がけるbig turtle STUDIOSのハウスエンジニアを務める。これまでに担当したアーティストはあいみょん、JUJU、藤原さくら、向井太一、GLIM SPANKY、Uru、TENDRE、Awesome City Club、U-zhaan、Nenashiら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。