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ぴあ 総合TOP > ミュージカルの話をしよう 第5回 伊礼彼方、ゼロか百かの人生で音楽が僕を肯定してくれた(前編)

ミュージカルの話をしよう 第5回 伊礼彼方、ゼロか百かの人生で音楽が僕を肯定してくれた(前編)

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伊礼彼方

生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第5回に登場するのは伊礼彼方。顔良し、声良し、芝居良しで、主役も張れれば脇でも支える、どんな場所でも輝きを放つ逸材だ。日本人の父とチリ出身の母を持ち、幼少期を南米のアルゼンチンで過ごした伊礼が来日したのは、小学3年生のとき。本の虫で、新聞記事の感想を自ら先生に提出するようなガリ勉タイプの少年は、日本の小学校で幼心に挫折を味わい、スポーツや音楽の道で自分を表現し始める。そして、紆余曲折を経て、演劇界に居場所を見付けた。そんな彼が今、見据えるのはこの先の未来。今年デビュー15周年の伊礼が、これまでとこれからを語る。

取材・文 / 大滝知里

雑音のように聴こえていた音楽にも“魂”があった

──音楽の原体験を教えてください。

昔の曲が家でよく流れてたんです。1960年代、1970年代のママス&パパスやキャロル・キング。そういったポップでコード進行がわかりやすい、メロディアスな“王道”の音楽をよく聴いていました。父親がギターをかじっていたんですが、なぜか1つの演歌をいつも弾いてましたね(笑)。それも、主メロの“チャンちゃかチャンチャン”みたいなやつで。

──実際に伊礼さんが歌うようになったのはいつ頃ですか?

友達に誘われて、中学校2年生のときに組んだバンドがきっかけです。「ドラムをやりたい」って言ったんだけどもう決まってて、周りが音痴なやつばかりだったんで、比較的音程の取れる僕がボーカルをやることに。実は、小学生のときに来日したんですが、日本語がわからなかったから学年を1個下げられたんですね。そこから反動的に勉強が嫌いになったというか、そうすることで自分を精神的に緩和させていた部分があって。スポーツをやったりもしたんだけど、結局スポーツも勉強も中途半端。ハーフということもあって、「自分は中途半端な存在だ」という葛藤をずっと抱えていたんです。それが爆発したのが中学生時代で。なんだかよくわからないけどやってみるか、と始めたバンドでTHE BLUE HEARTSの「青空」という曲に出会った。今まで聴いてきた美しいメロディラインではまったくないし、“雑音”にも聴こえたんだけど、その歌詞が自分を肯定してくれたんです。「生まれた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」っていう歌詞がリンクして、“音楽を通してメッセージを伝える”ことの力を、身をもって体験して、救われた。そこからハマって、雑音の中にある魂を聴くというか、尾崎豊とかメッセージ性の強い音楽ばかり聴くようになりました(笑)。で、文化祭で全校生徒の前で演奏したんですが、そこでの黄色い声援にすごく興奮して。「この道でいく」と決めたんです。

──潔いですね。

その先の、いわゆる進路みたいなものは僕にとってはどうでもよかったんですね。とにかく音楽の道を切り拓くために何が残されているかを考えていました。そのまま学校にも行かず、社会に出て、音楽事務所で悪い大人にだまされる、みたいなことを十代から二十代の前半までは繰り返して、今に至ります(笑)。

──今、ビュンとダークな歴史が通り過ぎましたが、いろいろあったということですね。

そうですね、スリーピースのバンドを組んでいたんですが、その頃はとにかくコネクションを作ることに必死だったので、言われるがまま、自分の好きな音楽を後回しにして、意見を言わないようにしていたんです。でもそのことに自分が追い詰められて、パニック障害になってしまって。幸い僕はネガティブな方向には進まず、“抜け出したい”という前向きな生命力があったので(笑)、テレビのお笑い番組を見ながら楽しい時間を増やして、ゆっくり治していきました。治ったあとも最初の頃は自分の意見を言うのに震えるほど緊張しましたね。でも、相手が受け入れてくれると、それが喜びに変わって、今度は主張が激しい人間になっていき、そのせいで対人関係が悪化するっていう時期もありました(笑)。

枯渇を満たしてくれた「テニミュ」

──音楽活動はされていましたが、ミュージカルに足を踏み入れるきっかけはスカウトだったそうですね。もはや、伊礼さんの初舞台が「ミュージカル『テニスの王子様』」(以下「テニミュ」)だということを知らない人も多そうです。

バンドを辞めて、路上ライブをやりながら、1人でどうしようかな、辞めようかなと思っていた矢先に「テニミュ」のプロデューサーに「オーディションを受けないか?」と声をかけられました。路上ライブをやってるとよく声をかけられるんですが、だまされることも多いので警戒するんですよ。でも、僕も必死だから。調べて、ネルケプランニングというちゃんとした会社だってことがわかったので、受けに行ったら合格して。それがきっかけで舞台というものを知ることになりました。

──違う世界に飛び込むことに戸惑いはなかったんですか?

それが、逆でしたね。当時は自分から発信することに疲れてしまっていて、空っぽだったんですよ。今考えれば、アウトプットばかりでインプットが足りていなかったからなんですが、なぜ自分に音楽を通して伝えたいことがなくなってしまったのか、その理由がわからなかった。そんな状態で、2.5次元ミュージカルという原作のある舞台の、キャラクターの個性に自分をはめていく、セリフの言い方も歌もダンスも決まってる、“与えられて表現する”ことが、僕には楽しく感じました。お客さんを前にしているのにライブのようなレスポンスが返ってこない、でも最後には拍手をくれる、不思議で、すごい世界だなあと。カンパニーなので、自分がちゃんと練習しないと他人に迷惑がかかるということも初めて教わりましたね。

──スリーピースバンドとは規模が違いますからね。

今まで、「練習しろよ、お前」とメンバーに何度言われても、「わかったわかった」と言いながらまったく練習をしなかったんですが……そういうところも(対人関係悪化の)原因なのかな(笑)。でも「テニミュ」で、みんなで切磋琢磨しながら今までにないくらい練習をして、全力で努力ができた。だからなのか千秋楽ではバーバー泣きましたね(笑)。我ながら、“ゼロか百か”のような人生だなと思います。

──そこから舞台の道が拓けるわけですが、次のミュージカル作品は2008年の「エリザベート」。いきなり皇太子ルドルフ役に抜てきされます。

フリーで俳優をしていたので会う人会う人に自分を売り込んでいたんですが、「3日後にオーディションがある」っていう話を聞いて「なんでもやります!」と。仕事が欲しい一心だったのですが、ルドルフも「エリザベート」も帝国劇場も“何それ?”状態でした。時間がなかったので、高音が出ないときっと落とされるだろうと課題曲のうちの1曲「闇が広がる」にヤマを張って覚えて臨んだら、見事に外れて。15分後のオーディション開始までに僕が捨てたもう1つの課題曲「僕はママの鏡だから」の譜面を必死に読みました。でも、15分で何ができる?って話ですよ(笑)。ただ、僕はオーディションの順番が最後だったので、それまでの人たちの歌を聴きながらメロディを覚えて。聴いていると、みんな歌はうまいけど、芝居の要素は入れてなかったんですね。僕にはとても悲しい曲に聴こえたので、演じるように歌いました。そしたら気持ちが入りすぎて、自分で感動して、歌いながら泣いちゃって。音程も外れて下手だったけど、それが(演出・訳詞の)小池修一郎さんに伝わって受かったんだって、あとから聞きました。「唯一お芝居していた」って。

伊礼彼方と言えば“芝居の人”。前編では音楽との出会いからミュージカル人生のほんの入り口までを語ってもらったが、後編では伊礼のこれまでの役を振り返り、役作りの信念や今後の活動の指針について迫る。

プロフィール

1982年、神奈川県生まれ。沖縄県出身の父とチリ出身の母を持ち、幼少期をアルゼンチンで過ごす。2006年、「ミュージカル『テニスの王子様』」で舞台デビュー。以降、ミュージカルやストレートプレイなど幅広く活躍する。主なミュージカル出演作に「エリザベート」「スリル・ミー」「グランドホテル」「王家の紋章」「ビューティフル」「ジャージー・ボーイズ」「レ・ミゼラブル」など。2019年には藤井隆のプロデュースでミュージカル・カバーアルバム「Elegante」を発表。2020年には「舞台芸術を未来に繋ぐ基金(みらい基金)」に賛同人代表に(2021年に名称が「社団法人 未来の会議」に変わり、伊礼は理事に就任)。3月に東京・小劇場楽園にて自主企画「The Dumb Waiter ダム・ウェイター」が、5月から10月にかけてミュージカル「レ・ミゼラブル」が控える。浦井健治とのCD「スタートライン」&「fullmoon」をリリース予定。