篠原涼子×いしのようこ、“強き”母親としての輝き 『おちょやん』絶妙な緊張と緩和の演出
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親の愛情を知らずに育った千代(杉咲花)と一平(成田凌)。座長である一平は「鶴亀家庭劇」の旗揚げのときから「母に捧ぐる記」の台本にこだわっていたが、第53話でその内容が明らかになった。貧乏な暮らしをしながら子供3人を育てているたくましいお母ちゃんの物語で、一平が描きたかったのは母親の無償の愛情だ。結局、千之助(星田英利)によって作品は大幅に直され、タイトルまでも『マットン婆さん』に変えられてしまったが……。
しかも、肝心な母親は登場せず、代わりに主役が女中のマットン婆さんになっているという驚きの展開で、千之助が目立つように作られてはいるが、笑いあり、涙あり、母の無償の愛を感じさせる喜劇となっていた。
『おちょやん』(NHK総合)の第11週「親は子の幸せを願うもんやろ?」で描かれたのは母親の無償の愛だ。一緒に暮らし、毎日顔を合わせる親子であっても、その本心や愛情が通じ合わないことがある。簡単に分かり合えないからこそ、自分のやり方で、どうにか分かり合える道を探すしかない。母親の愛と一言で言っても表現の仕方は人それぞれではあるが、相手を強く思う愛の力は、現実でも芝居でも人の心を大きく動かすものだ。
時代とともに衰退しつつある芝居茶屋とはいえ、老舗の「岡安」を守り、一人娘のみつえ(東野絢香)をよいところに嫁がせたいと願うシズ(篠原涼子)と、「岡安」とはライバル関係でありながら鞍替えをして、トランペットに夢中の一人息子、福助(井上拓哉)の影響もあり、喫茶もできる「福富楽器店」を切り盛りする菊(いしのようこ)。犬猿の仲、水と油などと称されるが、じつは2人は似ているところもある。
芝居茶屋を守りたいという思いは、シズにしても菊にしても同じ。本家だったにもかかわらず商売替えしなければならなかった負い目を感じているのは菊のほうで、そこをシズに指摘されるのは菊にとって何よりも腹立たしいはず。もともと対立の原因は「福富」のお茶子だったシズの母・ハナ(宮田圭子)がのれん分けして「岡安」を作り、得意先を引き抜いたことだった。幼い頃から反目し合い、負けないように努力を続けてきたシズと菊は立派な女将となるよう厳しくしつけられてきたのだろう。それぞれ母の影響を強く受けて育っているから、母親としての役割についても人一倍責任を感じているのも同じだ。
「鶴亀家庭劇」の女優で新派出身の高峰ルリ子(明日海りお)が出ていったとき、「ほんまにあの人のことが必要やねったら、あんたらが自分で頼みに行くのが筋と違いますのか」と、菊は筋を通すよう千代や一平に諭した。「芝居茶屋とはこうあるべき」「母親とはこうでなければ」と自分の役割をつねに考え、筋を通して生きてきた菊。跡継ぎである福助には商売のことを最優先に考えてほしい気持ちはあるものの、「トランペットで生きていきたい」とのんきにトランペットを吹いている息子が商売に興味を持つ気配はない。それでやきもきはするが可愛いボンには変わりない。
一方、仕事には厳しいシズも一人娘のみつえには甘い。幼いみつえが新しい着物を水たまりで汚し、わがままを聞いて新たに着物を買ってあげた思い出を千代に語る表情にも可愛い娘を宝物のように思う母の愛情があふれていた。
喜劇『マットン婆さん』でマットンを演じる千之助は「無理を言われたら言われるほどマットンを頼りにしてくれはるんかなぁて、うれしゅうてうれしゅうて」「無理聞いてあげるんがマットンの生きる喜びです」とアドリブで泣きの芝居をしていた。わがままな子供が親に無理を言い、その無理を聞いてあげることも親の愛情であり、それは正解でもないが、間違いでもない。ただ、わがままを聞くことで見返りも求めていない。可愛いからその無理を聞いてあげたい……ただそれだけ。
福助と駆け落ちしようとしていたみつえを追いかけ、千代は「何べんでも無理言い続けたらいつかきっとごりょうさんも許してくれはる。必ず許してくれはる」「何でか分かるか。みつえのお母ちゃんやさかいな」と説得した。家族と暮らすことが叶わない千代が、みつえに家族や戻る家を失ってほしくないと訴えるのは切ない。優しかったという遠い思い出だけを残して、千代の母は早くに亡くなってしまった。
駆け落ちまで考えたみつえと福助の結婚を認めてもらうため、シズが「福富楽器店」に足を踏み入れ「みつえのこと福助さんに嫁がせてやってもらわれへんやろか」と菊と福松(岡嶋秀昭)に頭を下げる緊張の場面。ずっと確執のあったシズと菊なだけにどうなることかと固唾を飲む瞬間、なぜかみつえと福助がケンカを始める。「ええかげんにしなはれ!」と菊が言い放った相手はシズではなく、みつえと福助。「よそさんの前で夫婦ゲンカは絶対にしたらあかん。それがうちの決まりだす。よう覚えとき」と言い、シズも菊も最初から結婚に反対というより、今までの家同士の問題が大きかったことが分かる緊張が一気にほどけるシーンとなった。笑いと涙だけでなく、緊張と緩和の表現が絶妙で心をくすぐられる。
シズ役の篠原涼子、菊役のいしのようこのそれぞれの強さ、しなやかさ、凛とした美しさ、そして母が子供の幸せを願う表情が堪能できた第11週。華やかさと幸福感に包まれたみつえと福助の祝言で締めくくりとなったが、シズと菊と距離がすぐに縮まらないのも2人の関係性から考えると当然のこと。みつえと福助が家族となることで少しずつ変化していくシズと菊の今後の関係にも注目していきたい。
■池沢奈々見
恋愛ライター。コラムニスト。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/