香取慎吾やHey! Say! JUMPも……人気アーティストの匿名での楽曲発表なぜ増加? 3つのメリットから考える
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近頃、匿名で楽曲を発表する例が増えている。
たとえば、昨年の3月にはMrs. GREEN APPLEの所属レーベルがSNS上で全編英語によるワンコーラスのみのリリックビデオを公開し注目が集まった。投稿には「Keep Calm, Stay home. A music from somewhere in Japan.」とのメッセージと「#PRESENT」「#StayHomeSaveLives」のハッシュタグが添えられていただけで詳細は不明。謎のアーティストとして話題となっていたが、その後Mrs. GREEN APPLEの新曲であることが判明した。
また、昨年10月にはHoney Bee、Sindibaad、John Darlingと名乗る正体不明の3アーティストが突如楽曲をYouTube上で公開。しかも楽曲提供がそれぞれ女王蜂のアヴちゃん、YOASOBIのAyase、wacciの橋口洋平という名だたる顔ぶれだったため話題は急拡大。これも後に正体はHey! Say! JUMPであることが公表された。さらに今年に入ってからは、ドラマ『アノニマス~警視庁“指殺人”対策室~』(テレビ東京系)の主題歌が匿名で放送され、第2話の放送時に香取慎吾が歌っていることが明かされていた。
こうした例に共通するのは、いずれもすでに知名度を持ったアーティストが仕掛けているということだ。近年は詳細を明かしていない新人の歌い手が作品の公開直後から爆発的に人気を獲得するケースが散見されるが、上記に挙げた三者はすでにしっかりとしたキャリアを築いているという点で大きく異なる。彼らのようにすでに多数のファンを抱えているアーティストが、あえて匿名で作品を発表するメリットとはいったい何だろうか。
(1)話題性
やはり“謎のアーティストの作品”というだけでも人目をひく力があるだろう。それはバンクシーなどの例を見ても分かるように国内外問わず普遍的なもので、作品のクオリティが高ければ高いほど効果的だ。正体不明の作者のハイレベルな作品は、常に話題になりやすい。
(2)作品そのものの力で勝負できる
ある一定以上の知名度を獲得したアーティストは、「あの人の作品はこういう感じだろう」「この歌手のテイストはこうだろう」と世間にパブリックイメージを持たれてしまうものである。すると、たとえ良い作品であったとしても知名度の高さが足かせになり、既存のファン以外に広がらない頭打ち現象が起きてしまう。匿名での作品の公開は、そうした人びとの“食わず嫌い”を回避して、作品そのものの力で勝負できる。
(3)本人たちも新鮮な気持ちで臨める
ある程度のキャリアを築くと、アーティスト側にも譲れない部分が増えたり、「自分のファンはこういう自分を求めている」と固定観念に縛られ、徐々に可動域が狭くなってしまうものだ。しかし、匿名なり名義を変えるなりすることで、本人たちも新鮮な気持ちで制作に臨めるだろう。新しいことにも挑戦しやすくなるはずだ。たとえば、世界的に人気のロックバンドであるGreen Dayには覆面の名義がいくつか存在すると言われている。その理由は制作に煮詰まったことによるリフレッシュの目的が大きいという。メインのプロジェクトの進行を一旦休ませて、匿名による別プロジェクトの活動で気分を一新。そうすることで長年の活動で知らぬ間にできてしまった殻を破れるメリットもあるのではないか。
背景には新しい価値観を持ったリスナーの存在
主に以上の理由から匿名での楽曲の公開がされているのだと思われる。そしてその背景には、近頃変容している音楽シーンで培われたリスナーたちの新たな価値観も大きいように思う。
昨今インターネットの普及とストリーミングサービスの定着によって、あらゆる音楽にアクセスしやすい環境が整ってきた。今までなら一般のリスナーがわざわざ対価を支払ってまで聴かなかったような無名の新人の音源であっても、時間さえあれば誰でも簡単にチェックできるような状況になっている。さらにそうした環境が一般的になったことで、どんなものでも分け隔てなく評価するリスナーが増えてきている印象だ。新しいものに敏感で、どんなアーティストの作品でも良い作品は良い。こうした価値観を持つリスナーの存在が新しい才能の発掘を促している。そしてこのような時代の変化が背景にあるからこそ、“謎のアーティストの作品”が増えてきているのではないか。
急速に変化する現在の音楽業界。そんな中で今後どんな面白い試みが生まれるのか注目していきたい。
■荻原 梓
J-POPメインの音楽系フリーライター。クイックジャパン・リアルサウンド・ライブドアニュース・オトトイ・ケティックなどで記事を執筆。Twitter(@az_ogi)