主人公は別物だけど話は一緒? 『賭博黙示録カイジ』の中国実写版、『動物世界』の力技
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また一つ、恐ろしい新作映画がNetflixに追加された。中国映画『動物世界』(18年)である。原題のままなので分かりづらいが、本作はマンガ『賭博黙示録カイジ』の実写版だ。
自堕落な青年カイジが騙されて多額の借金を負い、命がけのギャンブルに挑戦する羽目になる――手に汗握る心理戦、ポンポン飛び出す名言、哀愁と笑いが同居する物語、「ざわ…ざわ…」に代表される福本伸行先生独特の表現もあって、唯一無二の作品として高い人気を誇る(現在も『賭博堕天録カイジ』のタイトルで連載中だ)。我が国でも『カイジ 人生逆転ゲーム』(09年)『カイジ2 人生奪還ゲーム』(11年)と二度に渡って映像化された。追い込まれる役を演じたら右に出る者はいない、稀代のテンパリストこと藤原竜也の熱演を覚えている方も多いだろう。そんな『カイジ』が中国で実写化されたのだが、怪作と呼ぶに相応しい作品に仕上がっている。
物語の大筋は原作通りだ。カイジ(名前はそのまま)が友に騙されて借金を負い、謎の組織のギャンブルに参加する羽目になる。しかし……。まず驚かされるのは、登場するギャンブルが「限定ジャンケン」だけである点だ。単純に1種類のギャンブルで2時間を持たせるのは難しいし、しかも「限定ジャンケン」はザックリ言うとカードゲームであり、どうしても画として地味になってしまう。日本版はこうした課題を「鉄骨渡り」という原作屈指のビジュアル面で強烈なギャンブルを用意、さらにテンパリスト藤原竜也の熱演でクリアした。対して本作は、カイジの設定を原作から大きく変えるという力技で挑んでいるのだが……この「力技」の度合いが凄まじいのだ。
本作最大の特徴はカイジの設定が特殊すぎる点だ。母親や恋人と言った人間関係も原作から変わっているが、そのキャラクター性に至っては完全に別物である。本作のカイジは原作よりクールな性格をしている。しかし、それだけではない。一番の特徴は幼い頃に両親が何者かに襲われたトラウマから、感情が高ぶると別人格「スーパー・ピエロ」が出現、周囲の人間が醜悪な怪物に見えて、自身も獰猛かつ好戦的な性格に発露する……こういった「同じギャンブルものでも『嘘喰い』寄りでは?」と不安になるキャラクターになっているのだ。序盤で恋人に嫌がらせをする人を半殺しにするなど、アグレッシブさが際立っている。
しかし、この主人公が頻繁に妄想(幻覚)を見るという設定によって、本作はビジュアル面が非常に豊かになっている。前述のピエロが怪物を殺し回るシーンもそうだが、他にもカイジがいきなりカーチェイスを始めたり、ギャンブルの対戦相手がバキバキと変形して怪物化したり、金のかかった美術も相まって「ワケが分からんが、凄いものを見せられている」となること請け合いだ。ちなみに他の部分が凄すぎて霞んでしまっているが、利根川はマイケル・ダグラスである。
主人公は別物だが、話は一緒。「面白いけど、これでいいのだろか?」原作を読んでいる者として、そんな背徳的な感覚を覚えたのは確かだ。ただ冷静に考えてみると、むしろこれは福本伸行マンガらしいのではないかとも思う。福本伸行先生は心象風景を絵で見せたり、キャラクターの顔面が凄いことになったりと、マンガならではの表現を多用するタイプの作家だ。代表作『アカギ ~闇に降り立った天才~』でも、鷲巣というキャラクターが地獄でルンバに襲われると言った滅茶苦茶な画が出てきた。主人公がピエロに変身するのは、ある意味で福本伸行マンガらしいと言えるかもしれない。
大幅な改変を行いながら、一方で原作の「らしさ」は守りつつ、とにかく観客を退屈させまいと、あれこれ手を尽くしている。何とも奇妙な塩梅の、しかし勢いの良さは物凄い。まさに怪作と言っていい1本だ。
■加藤よしき
ライター。1986年生まれ。暴力的な映画が主な守備範囲です。
『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』に記事を数本書いています。
■配信情報
『動物世界』
Netflixにて配信中