伝説のギャングと重なるジョシュ・トランク監督の苦悩 『カポネ』は狂気に満ちた1本に
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ジョシュ・トランクの最新監督作『カポネ』(2020年)は、現在の彼にしか撮れない映画だ。そして日本版のポスターに踊る惹句「壊れているのは、世界か、俺か――」、これこそ本作の全てを表している。
ジョシュ・トランクといえば、あのサイキック青春アクション『クロニクル』(2012年)の監督である。決して予算は多くないが、それを補ってあまりある創意工夫と勢いに満ちた傑作だった。あのとき、僕らは確かに希望にあふれる未来を観た。ハリウッドに若き才人が出現した。この男の手によって、エキサイティングなSFアクション映画をたくさん観ることができるんだ……。
しかし、希望はあっさりと崩れ去った。『ファンタスティック・フォー』(2015年)である。『ダークナイト』(2008年)の余韻がまだ残っていた時期だったので、2005年の実写化作品に比べて遥かにダークでシリアスな方向性で作られていた。予告が出たときのワクワク感は忘れることができない。ところが実際は、何もかもが上手くいかなかった。トランク監督が主演のマイルズ・テラーと殴り合いになったとか、脚本家やプロデューサーとケンカになったとか、再撮影/再編集が進んでいるとか、もう別の人に編集権が移ったとか、ロクなニュースが入ってこない。これはヤバいと思ったら、案の定、映画は興行/商業の両面で大失敗に終わる(ついでに内定していた『スター・ウォーズ』のスピンオフ作品を監督する話も流れた)。映画作り、とりわけハリウッドで超大作映画を作るのは、海千山千のビジネスマンたちを相手にする仕事なのだ。センスや情熱だけでは乗り切ることができない。
あの悲劇から5年、トランク監督は新作を手に帰ってきた。それが今回ご紹介する『カポネ』である。実在のギャング、アル・カポネの晩年を描いた作品だ。主演はトム・ハーディで、監督・脚本・編集をジョシュ・トランクが手掛けている。まさに渾身の1作だ。ただしそれはド派手なSFアクションではなく、身を削って作ったような私小説的作品である。
本作を一言で表すなら、混沌とした映画である。カポネの隠し財産があって、そのありかを皆が探している……というプロットを主軸に、裏社会の頂点に立っていたはずのカポネが、病気、老衰、経済的な苦難といった様々な理由で、肉体と精神を破壊されてゆく様を執拗に描いていく。カポネを演じるトムハの演技は圧巻だ。タフでセクシーな印象のトムハが悪辣な老人になりきっている。ダミ声で何かにつけては声を荒げ、糞尿を漏らし、幻覚に怯え、意味不明な発言を繰り返す。認知症患者に接したことのある人なら、本物にしか見えないだろう。そんなトムハを、トランク監督は徹底的に映し続ける。明確な幻覚のシーンと、どちらとも取れるシーンが混在し、次第に画面に映っているものがカポネの幻覚なのか、それとも現実なのか、分からなくなってくる。まるで精神崩壊の追体験だ。
そして私には、本作の痛々しく壊れていくカポネが、トランク監督自身の投影に見えて仕方がなかった。かつての栄光を全て失うが、周りからは酷い扱いを受け、そのせいでドンドンおかしくなっていく。ありったけの力で抵抗するも、事態が悪化するというより、むしろ「またおじいちゃんが困ったことを始めた」と呆れ半分で対応される始末。積極的に自分に声をかけてくるのは、財産を狙う輩ばかり。しかも腫れものを触るような態度で接してくる。そんなカポネを見ていると、監督としての実務を取り上げられた『ファンタスティック・フォー』の現場で、トランク監督はこんな気分だったんじゃないかなと思えてならない。名前と肩書だけはあるが、自由も実権もなく、何もできない。ここにはトランク監督が経験した剥き出しの怒りと不安と孤独がある。そして世界と自分(カポネ)との間にある明確な溝は、決して埋まることはない。こうしたカポネの視点を優先し続けているのが、私小説的な香りがする原因だろう。
本作は歪な作品だ。しかし、好きか嫌いかでいえば、私はけっこう好きである。本作には、ハリウッドの超大作の現場で傷ついた者の混沌とした記憶と、骨身に染みきった絶望が、タップリと込められているからだ。辛い思いをしたトランク監督本人には気の毒だが、結果的には唯一無二な作品に仕上がった。センスや情熱だけでは辿り着くことのできない、確かな狂気に満ちた1本だ。
■加藤よしき
昼間は会社員、夜は映画ライター。「リアルサウンド」「映画秘宝」本誌やムックに寄稿しています。最近、会社に居場所がありません。Twitter
■公開情報
『カポネ』
2月26日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
監督・脚本:ジョシュ・トランク
出演:トム・ハーディ、マット・ディロン、カイル・マクラクラン
提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
2020年/アメリカ・カナダ/英語/カラー/104分/シネスコ/ドルビーデジタル/原題:Capone
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公式サイト:capone-movie.com