『知ってるワイフ』の大倉忠義に釘付け 『窮鼠はチーズの夢を見る』にも通じる“悲痛な表情”
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『知ってるワイフ』(フジテレビ系)にて、見事な“ダメ夫”ぶりを披露している大倉忠義。“二人のワイフ”に翻弄されている彼に、テレビ画面越しに釘付けになっているという方も多いのではないだろうか。視聴率に関しても、初回と比すればアップしている模様。筆者個人としては、これから先の展開が気になって仕方がない。こんな視聴者の興味をくすぐっているのが、主演を務める大倉の芝居なのである。
“先の展開が気になって仕方がない”とは記したものの、本作は2018年の同名韓国ドラマのリメイク作だ。オリジナルからの多少の設定の改変はあるものの、物語の大筋は変わらない。オリジナルと本作とを照らし合わせて、あらかた展開を予測できている方もいるのではないかと思う。それでも先が気になる……そんな本作で私たちをヤキモキさせているのが、大倉演じる主人公・剣崎元春の存在。彼が“二人のワイフ”に翻弄される姿には、さまざまな感情を抱いてしまう。
冒頭から“二人のワイフ”と奇妙な表現の仕方をしているが、本作は一夫多妻制がまかり通る世界線を描いた作品などではもちろんない。念のため簡単なあらすじを記しておこう。この物語は、妻である澪(広瀬アリス)との夫婦関係に不満を抱く元春が、「こんなはずじゃなかった!」と結婚生活を嘆いて過去にタイムスリップし、妻を入れ替えてしまうことからはじまった。この入れ替えの結果、元春は妻・沙也佳(瀧本美織)との優雅な日々を送っていたものの、まさかの“元妻”・澪が赤の他人として現れるのだから、さあ大変。行員である元春の部下として活き活きと立ち回る彼女には“夫婦時代”の面影はなく、とても輝いて目に映る。こうして元春は、“二人のワイフ”に翻弄されるわけだ。
過去を変えてしまったのだから、その影響は現在においてほとんどのキャラクターに見られるが、自覚のある元春はこれまでに“二つの人生”を歩んできたことになる。澪と夫婦になった人生と、沙也佳と夫婦になった人生だ。これによって元春の人生と結びつきの強い人物を演じる俳優は、“過去”と“現在”とで個々それぞれにキャラクターの演じ分けをしなければならない。この演じ分けが顕著なのが、やはりメインとしてフォーカスされる澪と元春だ。
澪役の広瀬の演じ分けも絶品だが、ここでは大倉の演じ分けの妙にだけ注目しよう。澪が妻であったときの元春はヒドいものだった。覇気の感じられない佇まいに、気の抜けた表情。ため息混じりの気怠げでせかせかしたセリフ回しも手伝って、「この男とは関わりたくない」とすら思ったのは筆者だけだろうか。それほどまでに大倉の“ダメ夫”的な芝居には説得力があった。それが沙也佳の夫となった現在、そこにあるのは包容力に溢れた頼れる男性像。大倉は、元春の経済的な豊かさも体現しているように思う。それは爽やかな上司然とした余裕を感じさせるセリフ回しや、所作の落ち着き具合いに反映されているはずだ。
とはいえ、沙也佳が元春の妻になったものの、この物語で主として描かれるのは澪と元春の関係。かつて気がつくことのできなかった澪の素顔を、他人として見守ることしかできない元春の表情が切ない。沙也佳が妻となったいま、ときおり澪に対してのぞかせる未練がましい一挙一動のリアリティに魅せられる。輝かしい新たな人生を手に入れたはずが、これでは沙也佳に対しても“ダメ夫”である。
設定だけを考えるとコメディにばかり傾いてしまいそうな気もするが、そうならないのは大倉が元春役を務めているからこそだと思う。彼が浮かべる悲痛な表情は、とても胸に迫る。この“悲痛な表情”といえば、『窮鼠はチーズの夢を見る』(2020年)での好演が記憶に新しい。自身の本心に気づいたときの、ある種の“もどかしさ”をセリフに頼らずに表情で示す力が大倉は優れていると思う。今作『知ってるワイフ』で彼が私たちを魅了する点も、ここにあるのではないだろうか。
先述した『窮鼠はチーズの夢を見る』、さらには今作での好演もあって、今後の俳優・大倉忠義から目が離せないところだ。
■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter
■放送情報
木曜劇場『知ってるワイフ』
フジテレビ系にて、毎週木曜22:00~22:54放送
出演:大倉忠義、広瀬アリス、松下洸平、川栄李奈、森田甘路、末澤誠也(Aぇ!group/ジャニーズJr.)、佐野ひなこ、安藤ニコ、マギー、猫背椿、おかやまはじめ、瀧本美織、生瀬勝久、片平なぎさ
脚本:橋部敦子
編成企画:狩野雄太
プロデュース:貸川聡子
演出:土方政人、山内大典、木村真人
音楽:河野伸
制作:フジテレビ
制作著作:共同テレビ
(c)フジテレビ