『PUI PUI モルカー』は“約束された成功作”だった? 多くの人々を惹きつけた理由を考察
映画
ニュース
ふわふわした、つぶらな瞳のモルモットが、車と融合……! ネコバス以来といえる、生き物と車が組み合わされた奇想天外なキャラクター“モルカー(モルモット+カー)”が活躍する、一つのエピソードが3分にも満たないアニメーションシリーズが、静かなブームを起こしている。
テレビ東京系のキッズ番組『きんだーてれび』のコーナーで放送される作品として、2021年1月にスタートしたアニメーション『PUI PUI モルカー』は、車輪があるのにひょこひょこ四足歩行をする“モルカー”たちのかわいさとインパクトが、多くの視聴者の心をとらえることになった。現在、Amazonプライム・ビデオでも配信中されているほか、台湾でも『天竺鼠車車』というタイトルで熱狂的な人気を獲得していることが伝えられている。
しかし、その成功の理由はインパクトだけではない。そして、むしろ他の部分にこそ、多くの人々を惹きつけた要因があるのではないか。ここでは、じつは“約束された成功作”だったといえる本作の内容を追いながら、魅力の根幹にあるものを明らかにしていきたい。
本シリーズでは、各エピソードでモルカーたちが活躍し、1話完結でドラマやアクションが展開する。それぞれに個性あるモルカーたちの姿はフェルトでかたちづくられ、カラフルな街を模したジオラマの上で様々な動きを見せる。それを表現するために使用されているのは、ストップモーション・アニメーションといわれる制作手法。キャラクターの人形などをわずかに動かしながら、1コマずつ写真に撮影するという、気の遠くなる作業を繰り返すことで動画を完成させている。
この手法は、古くはレイ・ハリーハウゼンなどが実写映画の特殊効果として使用し、チェコの巨匠イジー・トルンカやカレル・ゼマンらによって作家性の強い独立した芸術作品にまで高められた。ロシアの『チェブラーシカ』や、スイスの『ピングー』など、時代ごとにストップモーション・アニメーションの人気キャラクターが生まれ、近年は『ひつじのショーン』シリーズで有名なイギリスのアードマン・アニメーションズや、アメリカのアニメーション制作スタジオ“ライカ”などが高度な職人芸と豊かな創造力によって、質の高い作品を製作し続けている。
日本では、NHKの『人形劇 三国志』など、人形アニメの川本喜八郎が世界的に有名であり、その弟子にあたる、NHK『どーもくん』のアニメーション映像を担当した峰岸裕和や、NHK『ニャッキ!』の伊藤有壱などの作品は、目にした人が多いはずだ。とはいえ、制作に時間のかかるストップモーションアニメーションは、日本で主流である手描き2Dアニメーションに比べ、CMや番組のオープニング、エンディングアニメーション、NHK『みんなのうた』など、限定的な領域で楽しまれることが多く、商業的な分野で大きな注目を浴びづらい状況にあることも事実だ。
しかし本作『PUI PUI モルカー』は、短い分数とはいえ、他の新作アニメと同じ土俵で大きな話題を集めているのである。この事態は、日本のストップモーション・アニメーション史において、今後重要な出来事として扱われるはずである。
その起爆剤となっているのが、モルモットと車を融合させたキャラクターを前面に押し出すという、ある意味で狂気を感じる試みであることは間違いない。だが、そのアイデアや造形が秀逸だとしても、それだけで人気が出るはずがない。『ウォレスとグルミット』シリーズや、『チェブラーシカ』のキャラクターたちは、愛らしいデザインが人気の一端を担っているが、そのかわいさを高めているのは、あくまで作品自体の面白さなのだ。
本作で注目すべきは、作り手の創造力と表現力が高いレベルにあるという点だ。モルカーたちは毎回、様々な冒険をくぐり抜け、アクションを演じるが、そこで見られるヴィジュアルや設定は、通常のストップモーション・アニメーション作品が通常求められる表現のラインを、いちいち大きく越えてくるのである。
例えば第1話では、モルカーが大量に登場し、渋滞問題を題材にしたドラマが展開する。スマホに夢中になっているドライバーが、信号を無視したまま停止していることで、狭い一方通行の道路では大渋滞が発生。最後尾にやってきた救急車のモルカーは、危篤状態にある人間を乗せたまま立ち往生を余儀なくされてしまう。このストーリー自体も、2分40秒の作品としては非常に詰め込まれた内容となっているが、モルカーが走るファンシーな街のディテールや、本物の人間の演じるキャラクターを登場させ、危篤状態の人物を一目で理解できる構図で表現するなど、視聴者を面白がらせるための発想と工夫が、きわめて無駄なく発揮されている。
世の中には様々なヒット作品があるが、それらが注目を集め愛された理由を極度に単純化して考えてみると、そこには何らかの“過剰さ”が存在するはずなのである。『PUI PUI モルカー』では、とにかく画面内に追いきれないほど情報がたくさん詰め込まれ、ストーリーの展開も、ヴィジュアルやアクションの派手さも、多くの視聴者が持っているる常識を外れたものが様々に表現されている。モルカーというキャラクターの面白さは、それだけで一種の過剰さを持っているが、同時に作品自体も、その奇想天外な思いつきを受け止めるだけの表現上の過剰さが用意されているのである。
エピソードが進むにつれ、作品の中の制約だと思われていたものが、どんどん無効化されていくのも興味深い。本作がスタートした当初は、モルカーと人間の表現に違いがあることや、エピソードのテーマから、物と人間、もしくは小動物と人間関係が次第に突き詰められ、道徳的な内容が描かれていくのだろうと、多くの視聴者が予想したはずだ。しかし話数が進むにつれ、ゾンビが登場したり、『インディ・ジョーンズ』シリーズや『ミッション:インポッシブル』シリーズ、『ワイルド・スピード』シリーズ、『AKIRA』の劇場アニメなどをパロディにした場面が見られるようになり、すでに道徳とも、人間と動物との関係を描くテーマとは何も関係のない、ひたすらナンセンスなエピソードが出現してきている。
この事態から理解できるのは、今後、当初のテーマに帰結するにしろ、全く関係ない方向に転がっていくにしろ、どういう道を選んだとしても、本作を面白く作れる力がクリエイターにあるということだ。極端なことを言えば、もはやモルカーが登場しないエピソードすら楽しい内容に作り得るだろう。
この作品の中心となっているクリエイターは、これまでストップモーション・アニメーションを含む短編アニメーションの多くの部分を個人で制作してきた作家、見里朝希である。彼は、武蔵野美術大学を卒業し、東京藝術大学の大学院でアニメーションを研究してきた。その成果として製作されたいくつかの作品は、個人のYouTubeチャンネルで鑑賞することができる。
どの作品も、キャラクターのかわいさや毒のある表現が混在する内容で、“『PUI PUI モルカー』の原型”と呼ぶには、もったいないほどの凄まじい完成度を誇っている。個人のアーティスティックなアニメーション作家としてで大きな成功を収めたクリエイターには、現在『びじゅチューン!』を制作している井上涼がいるが、井上もまた、『赤ずきんと健康』という凄まじいセンスと創造力が炸裂した短編作品を、金沢美術工芸大学の卒業制作として作り上げている。現在の活躍を見ても分かるように、ここに存在するのは、少なくともアニメーションの世界では、飛び抜けて才能のある人物が飛び抜けたものを作ることができるという、シンプルな事実である。つまり見里は、モルカーというアイデアがあろうとなかろうと、突出した作品を世に出していたはずなのだ。
見里の『恋はエレベーター』、『あたしだけをみて』、『Candy.Zip』などの作品では、圧倒的なイメージの連続に溢れ、短編にもかかわらず卓越した手腕によって、かなり深いドラマを描いてしまう。また、愚かな人間と、純粋な小動物や無生物との対比が描かれることで、世の中における人間中心主義への反発のようなテーマも見てとれる。
そして2018年に複数の賞を受賞したパペット・アニメーション『マイリトルゴート』は、グリム兄弟の童話『狼と七匹の子山羊』をベースに、おそろしくもかわいらしいダークファンタジーを作り上げている。一瞬、目を疑ってしまうのは、そこで子どもに対する凄惨な虐待が描かれているという点だ。日本のストップモーション・アニメーション界には、かわいらしい造形で残酷なシーンを見せるクリエイター“ていえぬ”がいるが、見里もまた、そのような“ちょっとやばい”感性を秘めているといえよう。このような短編作品を観ると、子ども向けとして送り出しているはずの『PUI PUI モルカー』の劇中で、犯罪や、死を連想させるようなエピソードがあるというのは、納得できるところだ。
これまでの作品を観ることで、モルカーたちがなぜここまで愛らしく表現できるかという謎も解けてしまう。見里が描いてきた小動物や無生物のキャラクターは、共通して、ひたむきな純粋さを持っている。そして、弱い立場で苦労している場合が多い。見里は、そんな弱いキャラクターたちの目線と、それらを優しく見守る姿勢で作品を作っている。その態度が、モルカーが実在していると思えるほどの迫真性を生み出しているのだ。アニメーションへの熱い情熱と、弱い者への共感を捨てない限り、見里は今後も優れた作品を作り続けていくはずである。
昨年、これまでにストップモーション・アニメーションなど多くのアーティスティックなアニメ作家を育ててきた、広島国際アニメーションフェスティバルが、いったん長い歴史の幕を下ろした。それでも、このようなアニメーションを望む視聴者や観客は少なくないということが、『PUI PUI モルカー』のヒットで証明されることにもなったといえよう。本作の成功が、日本のストップモーション・アニメーション振興の大きな起爆剤となってくれれば、こんなに嬉しいことはない。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■放送情報
『PUI PUI モルカー』
テレビ東京系『きんだーてれび』にて、毎週火曜7:30〜放送
監督:見里朝希
(c)見里朝希JGH・シンエイ動画/モルカーズ