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島本理生×大塚 愛が語る、恋愛と創作 「恋愛の失敗もいつかネタになるし、昇華できる」

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リアルサウンド

 直木賞作家・島本理生が、同賞を受賞した『ファーストラヴ』以来二年半ぶりに書き下ろした長編小説小説『2020年の恋人たち』は、ある日突然、交通事故で母を亡くした32歳の会社員・前原葵が、母の経営していたワインバーを引き継ぐことで新たな出会いと向き合う“大人の恋愛小説”だ。

 そんな島本理生がいま注目しているミュージシャンが、「さくらんぼ」や「プラネタリウム」などの大ヒット曲で知られる大塚 愛。2020年に「小説現代」で、自身初となる小説「開けちゃいけないんだよ」を寄稿するなど、活動の幅を広げている。

 ほぼ同世代のふたりは、作家として、音楽家として、それぞれに“恋愛”を表現してきた。お互いの作品に自然と触れていたというふたりには、どんな共通点があり、どんな恋愛観を抱いているのか。それぞれの背景に触れながら、作品作りのスタンスや、“大人の恋愛”について語り合った。(編集部)

『2020年の恋人たち』のレビューはこちら

島本「大塚さんの歌は、私たちの恋愛の隣にいつもいてくださった」

――島本さんと大塚さんは、生まれ年も一年ちがいで、ほぼ同世代。『さくらんぼ』がリリースされたのはお二人とも二十歳すぎたくらいのときですよね。

島本:そうですね。もうほんと、女友達と寝ても覚めても恋愛の話をしていたような時期に、大塚さんの歌を聴いていて。カラオケでも何度も歌いました。その頃は、こんなふうにお話しする機会をもつなんて想像もしていない、テレビの向こう側の方でしたけど、私たちの恋愛の隣にいつもいてくださった、どこか身近な存在でもありました。

大塚:私が島本さんの作品に触れたのは、それよりもうちょっとあと。『ナラタージュ』や『Red』を映画で拝見したのが最初なんですが、どちらかというと人間関係を煮詰めたドロドロッとした印象。でも、お会いしてみると、作品よりずっと爽やかな方ですね。

島本:よく言われます(笑)。

大塚:作品のイメージとのギャップってありますよね(笑)。私も、とにかくラブリーな人だと思われることが多いです。実際はそうでもないんですけど。

――昨年、雑誌『小説現代』にて初めて発表された小説「開けちゃいけないんだよ」もホラーでしたね。

大塚:私が恋愛小説を書いても意外性がなくておもしろくないかなあと思って。もともとホラー映画好きだし、プライベートでも会う人には、イメージどおりだと思うんですけどね。

島本:作品はもちろんですが、一緒に掲載されていたインタビューもとても興味深くて。とくに、自分の中のダークな部分を音楽にしてしまうと重くなってしまうけど、小説なら、どんなに暗くても重くても受け入れてもらえるんじゃないかと思った、というところ。音楽では、「重さ」はネックになってしまうんですか?

大塚:私個人としては、心の奥深い部分を掬いとるような曲のほうが好きなんですよ。でもビジネスとしては……軽くてみんなが歌いやすいもののほうが、食べていけるから(笑)。

島本:すごくよくわかります(笑)。小説でも、あんまりシリアスになりすぎたり、個人的な内面の暗いことばかり書いてしまうと、読者が疲れてしまうので、そのバランスはとらなきゃいけないなというのは常々、感じています。

大塚:でも小説は、私の主戦場じゃないですから、いつもよりビジネスを考えずに済んだぶん、自由にやらせていただけたなと思います。

島本:人前に立つ機会の多い方は、ファンの顔が明瞭に見えているぶん、期待に応えなくてはならないという意識が、きっと強くなりますよね。そのぶん、文章の仕事では自分の内面に没頭できる……というお話は聞いたことがあります。

大塚:ただ、過去に映画出演をしたときも痛感しましたが、その道のプロがいる分野に手を出すことが、いかに大変なことか。書いている間中、これを毎日続けている小説家の方々は本当にすごい!と思うことばかりでした。

島本:大塚さんの短編は、音の表現が印象的だったので、やはり世界をとらえる感覚がそちら側にあるのかなと思いました。冒頭の、セミの鳴き声もそうですが、文章から音が鳴り響いているような気がしたんです。使われている擬音は、ふだん自分でも口にするシンプルなものばかりなのに、私が同じように「ぽたぽた」と書いても、こんなふうに音は鳴らないだろうと思わされた。改行や一行空きなどを使って表現される間のとりかたも影響しているんでしょうけど、言葉ってリズムなんだ、と改めて感じました。やっぱり、音の感性を持つ方なんだなあ、と。

大塚:というより、要因はおそらく二つあって。一つは関西病(笑)。

島本:関西病!?

大塚:会話に擬音が多いんですよ。子どもの頃から人としゃべるときに「あれがバーン!いってん」「バーン!って何よ」みたいなやりとりを繰り返している(笑)。雰囲気でしゃべっちゃうんですよね。もう一つは、私が言葉を全然知らないということ。そもそも「小説を書いてみませんか」とお話をいただいたとき、本当にびっくりしたんです。これまで本なんてちっとも読んでこなかったし、今も読み始めたら三行で疲れちゃう、っていうタイプ。だから、小説とはどういうものかを知らないまま、ノリで書いちゃったところがあるんですよね。

島本:擬音が多くて雰囲気でしゃべる、関西の方は知り合いにもいます(笑)。なぜか、ふしぎな説得力をもって伝わってくるんですよね。でもそれは、声の強弱とかニュアンスとか、言葉以外に伝えるための要素があるからだと思うんですけど、文章だけでそれを成せるのはやっぱりすごいなあと。文章には、書き手の語感がすごく出るので、音と言葉が絶妙に融合したのかもしれませんね。

大塚:だといいんですけど(笑)。

大塚「最初は、聞こえてきた言葉をただ拾うだけ」

島本:ふだん、歌詞はどんなふうに書かれているんですか。

大塚:これも本当に申し訳ないんですが、いつも思いつきで……。最初は、聞こえてきた言葉をただ拾うだけなんです。で、その言葉を邪魔しない音を選んで組み立てていく。その過程で、最初の言葉から連想されるものや、メロディが呼び寄せる情景をさらに拾い集めて、歌詞に落とし込んでいく、っていう。

島本:ああ、発端も「聞こえてきたもの」。音なんですね。そして、意図して何かを繋げていくのではなく、インスピレーションで制作していく。おもしろいです。偶発性でつくられていくんですね。

大塚:はじまりも仕上がりも全部、偶然以外の何物でもないです(笑)。島本さんはどんなふうに小説を書きはじめるんですか。

島本:私も、始まりはふっと湧くことが多いですね。映画が好きなので、小説も場面で考えるのが好きで。この小説は夏の海、この小説は雪が降っている函館の坂道、とか、どこから物語を始めるかをまず考えるかもしれません。

――『2020年の恋人たち』は、どういう場面が最初に浮かんだんですか。

島本:やっぱり冒頭の、激しい雨と落雷のなか、東京タワーが見えるホテルのバーにいる、という情景から。思いついたのは、六年前に私が芥川賞に落選した夜。私、本当にそういうホテルのバーで待ち会をしていたんですよ。

大塚:へえ!

島本:豪雨のなか、雷が鳴って、東京タワーも光っていて。やけに不穏だなと思っていたら、芥川賞が大変な騒ぎとなった。「なんて日だ!」というそのときの衝撃が、発端なんです。小説は、母親が待ち合わせ場所にくる途中で事故死してしまうところから始まるんですけれど、自分も渦中にはいるんだけれど、思いもよらぬ出来事は自分ではない身近な人に起きて、そこから何かが変わり始める、という。

大塚:どれくらいかけて書いたんですか。

島本:一年半くらいかけて連載していました。ゲラになってからもけっこう、直してますけれど。

大塚:一年半……!

――大塚さんは、小説を5時間くらいで書きあげたんですよね。

大塚:私、サビをつくるのにも15分くらいで。

島本:はやっ!(笑)

大塚:練っては直し、をくりかえして時間をかけてつくられるアーティストさんも、もちろんいらっしゃるんですけど、私は体力がもたない……というか、長時間、考えることができないんです。

島本:それで、あのクオリティ。

大塚:曲をアレンジするときは、何度もくりかえし聴いて修正するんですよ。いつになったら飽きるのか、どの季節、日時だったらこの歌詞はグッとくるのか、4分程度の曲を一日中聴き続けて、細かい調整をくわえながら、仕上げていく。粗さがしにちかい作業ですよね。でもだから、完成しちゃうともう聞かない。聴きたくない。小説も、読み返してません(笑)。

島本:ああ、でも粗さがししちゃう気持ちはわかります。ゲラを見るときはいつも、細かいところが気になって、直しすぎて、何が正しいかわからなくなってしまうし、自分の言葉を出し入れしすぎて、手を離れた瞬間、もう見たくない!って思っちゃう。

大塚:私も小説はゲラ直ししているときがいちばん、つらかった。もう全部編集さんに任せる!って言いたいところだけど、こだわりたいところはやっぱり、あるわけで。でも長編……これだけ長い小説を書くとなると、その労力も何十倍ってことですよね。

島本:でも、短編は短編で限られた枚数で起承転結をつけなきゃいけない難しさがありますしね。長編だと、私はゆっくり好きに書いてしまうので、だいたい物語が盛り上がりを見せるのが100ページくらいなんですよ。今回の大塚さんの短編は、冒頭から不穏さが漂っていて、引きも強いのに、最後のオチまでじっくり仕掛けていく……書く上で構成って意識されましたか?

大塚:全体で何文字にするかが最初にだいたい決まっていたので、その数字とにらめっこしながら「ここではまだいっちゃいけないな」と思って書いてました(笑)。「もうそろそろいっていいかな」と思って書いてみたら、文字数が足りなくて場面を増やさなきゃいけなくなったり。すぐ、おもしろいところを書きたくなっちゃうんですよね。長くは引っぱれない。だから長編は書けないと思います(笑)。

島本:なんとなく、そのつくりかたも音楽的ですよね。Aメロがあって、サビはこのへんで、リフレインも入れて……みたいな。文字数で山場の場所を決めるっていうのは、私もならってみようと思いました。

大塚:音楽もですけど、映画の影響も大きいと思います。頭のなかに流れている映画を、全編文字起こしした、みたいな感覚なので。

島本:それをアウトプットはできるのに、読み返すのはつらい、というのはすごく不思議な感覚に聞こえます(笑)。楽譜を読むときは大丈夫なんですか?

大塚:楽譜、読めないんですよ。

島本:ええっ! じゃあ、本当に浮かんだメロディをそのまま組み立てていく。

大塚:ですね。歌って、落として、ピアノで拾ってアレンジしていく。

島本:すごい。巫女さんみたい。

島本「年齢を重ねるたびに、だんだんと主人公も強くなっている」

大塚:私は、自分で書いたものもそうなんですけど、さらっと爽やかに、いい感じの部分だけとったものがあまり好きじゃないんです。島本さんの作品には、人の醜いところやずるいところ、卑怯なところがしっかり描かれている。だからこそ、この人たちどうなっていくんだろう、って知りたくなってしまうんですよね。そして、どんなに傷ついたとしても、女の人がちゃんと強くなっていく姿が、読んでいて救いになるというか。

島本:小説を書きはじめた10代の頃は、すごく繊細な作風だ、みたいに評価されることが多かったんですけど、私自身が年齢を重ねるたびに、だんだんと主人公も強くなっているような実感はありますね。自分のことを書いているわけではないですが、やはり、私のなかから生まれるものなので。特に『Red』は、子供を産んだあとというのが大きかったと思います。それまでの、自分ひとりで生きている感覚と、頭の片隅に常に子供のことがある状態はまるで違うし、身体の感覚も変わってしまった。よくも悪くも、いつまでもひとり繊細なままではいられないな、と思うようになりましたね。

――『2020年の恋人たち』の主人公も、これまでの作品に比べて強くなったような印象を受けました。男性に傷つけられ、恋愛に迷うことはありつつも、自分の力で生きていく足場が、しっかりしていたような。

島本:主人公の年齢も影響していると思います。これまでの主人公たちは若かった分、恋愛だけでなく、自分がどう生きていきたいのかが定まっていなかったりもした。恋愛以外の人間関係においても、自分に自信が持てず、うまく主張することができなかったり、自分に何が必要なのか、何を望んでいるのか、わからないから迷い続けていたんですね。でも私自身、30代になってからは、そうした迷いが一つずつ減っていって。不安定な恋愛を、小説のなかでそれほど描かなくてもいいのではないか、と思いはじめたのは大きな変化だと思います。

大塚:島本さんの小説で、主人公たちがどんどん変化していくのは、人との出会いをちゃんと糧にしているからだと思うんですよ。私は、自分が駄目人間だと自覚しているので、どうやって補正していくかをずっと考えてきた。で、やっぱり、一人では変われないんですよね。「こんなふうになりたい」と思える人。「こうはなりたくない」と思う人。どちらとの出会いも必要で、その過程で、迷いや不安定さがなくなっていくんだと思うんですけど、女はそうやって変わっていくのに対し、男は本当に変わらないですよね。

島本:あはは(笑)。たしかに、変わらない自分こそを大事にしている男性は多いかもしれない。

――言われてみれば、『2020年の恋人たち』に登場する男性陣も、けっきょく変わんないなって人が多い気がします。「ああ、またしょうもないことやってる」とか「また連絡してきた」とか。

大塚:偏見かもしれないけど(笑)。男の人って「変わってねえな、何十年経っても」って思う人がほとんど。女性に対しては、見た目も考え方も「すごく変わったね!」って思うこと、多いのに。なんなんだろう、そういう生き物なのかな。

島本:私には息子がいるんですが、夫は息子に厳しくても、私はついついそのままでいいよと言ってしまいがちで、そういうのもあるのかな。母親に全肯定されるところからスタートしても、赤の他人の女の子には拒絶されないわけじゃないよ! ということはちゃんと教えないとな、とは思います。

――島本さんの小説には母娘の確執もよく描かれますが、娘は母に全肯定されるわけじゃない、という意識があるんですか?

島本:ありますね。父と息子でもそうかもしれないですが、同性の親のほうが、自分の理想像や失敗から得た感覚を重ねてしまいやすいのかな、と。それが愛情であっても、自分と近い分、距離感が難しい部分はあると思います。

大塚:同性のほうが難しいですよね。私にも娘がいるので、そっちにいかないほうがいいよ、とか、こうしたほうがうまくいくよ、っていう私の経験則で誘導しちゃいそうになるんですよね。顔とか、身体とか、いろんな意味でそっくりだから。でも、距離が近くなりすぎると私も向こうも苦しくなってしまう。だから、全部やってあげちゃうよりは、一人でできるように家事でもなんでも教えこむほうがいいのかな、って思いますね。それでかわりにやってくれるようになったら、私もラクだし(笑)。

――島本さんの小説は、けっきょく変わらない、という諦めもありつつ、どこか男性のことを諦めていない感じもありますよね。それこそ、男性の醜さや狡さも全否定しないというか。

島本:作家として、とりあえず深く関わってみないとどういう人かわからないよね、というの好奇心が起点になっているんだと思います。私、小学校3年生のときに、すごく好きだった男の子が想いを告げられないまま転校しちゃって。そのときから、何もしないで後悔するより、当たって砕けたほうがいいなと思うようになったんですよね。とりあえず好きになったら好きだと言って、フラれたらがっかり、うまくいったらラッキー、みたいな小3精神をずっと抱き続けていたんです。ただ、さすがにこの年齢になってみると、「あれはいらない経験だったな」「挑戦しなくてもよかったな」みたいなこともあって(笑)。

大塚:わかる(笑)。

島本:だから今後の小説では、そこまで体を張って砕ける必要はないかも、みたいなことも書いていきたいなと思っています。

大塚:でも何かを創る仕事って、生きていることがある意味ネタづくりの一環じゃないですか(笑)。恋愛の失敗も、ろくでもなかった!みたいなことも、まあいつかネタになるし、と思えば昇華できる。そういうこと、ありません?

島本:ありますね。だから実は、ひどい裏切りにあったり傷ついたりした恋愛って、そこまでマイナスでもなくて。いちばんマイナスなのは、短編1本分にもならなかった、っていう……。

大塚:わかる!(笑) どうせならネタになるまで盛りあげてよ!って。

島本:仕事にもならなかったし、幸せにもならなかった、ていうのが、いちばん切ないですね(笑)。時間と心だけが消費されちゃうから。

大塚:こういう職業じゃなかったとしても、のちのちその経験のおかげで素敵な人にめぐりあえたとか、いい方向に繋がってくれないと悔しいですよね。でもそういう意味でも、女性は変われる生き物だから……。どんどん吸収して、なりたい自分というか、こうありたいって姿を見つけて、強く舵を切っていけばいいと思います。

大塚「自分の好きな人が自分を好きになるということは奇跡」

――お二人が考える、大人の恋愛に必要なものってなんですか?

大塚:仕事に影響させないこと?(笑) 若いときのほうが、感情にコントロールがきかないし、自分を抑制できないから、とんでもなく迷惑かけたこともあります。恋人に対して怒りが湧いたら解決しないと仕事できない、みたいな……そういうのを繰り返した結果、もうやめようと思って、大人になっていきましたけど。

島本:若いうちから仕事をしてきた人の“あるある”ですよね。私も仕事の移動中、タクシーの中で電話で恋人と大喧嘩したことがあります(笑)。隣に座ってた担当さんは、当然、一言も喋らなくて……今思うと恥ずかしくてしょうがない。ただ、若いころは、ふりまわされてしまうぶん、恋愛に救われているようなところもあったんですけど、最近は、それですべてを救われることってなかったなあと思うようになった。それとこれとは別問題なんだな、って思うようになったのは、大人になったからかもしれませんね。

大塚:子供が生まれたのも、大きいかもしれませんね。私にどんな切迫した事情があっても、赤ちゃんには関係ないし、放って優先なんてさせられない。そうしたら、激しく怒っていたとしても、いったん横に置いておくしかなくて。落ち着いたときにあらためてその怒りを戻して仕切り直し、みたいな作業を強制的にくりかえしていくうちに、自然と「いったん置く」ができるようになっていった。

島本:「いったん置く」は、たしかに大人の恋愛に必要なことかもしれませんね。

――お二人が、大人になった今も恋愛ソングや小説を制作していく醍醐味は、どんなところにありますか?

大塚:松任谷由実さんが、恋愛は交通事故とか風邪をひくようなもんだ、っておっしゃってたことがあって。ようするに、通常の状態じゃないわけですよね。あくまで、オプション。自分のベースではない。でもそのオプションがあることで、いつもの晴れた空が二倍眩しく見えたり、ごはんがおいしくなったりする。「楽しい」を増幅させてくれるひとつだから、なければないでいいけど、あったらあったでいいよね。っていうのが恋愛だし、ラブソングかなあと最近、私は思います。でも、自分の好きな人が自分を好きになるということは奇跡で、そんな奇跡にある幸せだったりそこに絡む切なさや葛藤はとても面白い時間なので、これからもそれを音楽に詰め込められたらいいですね。

島本:恋愛してるときの男女って、ともに書くのがおもしろいんですよね。「この人、こんな人だっけ?」という顔を書けるのがやっぱりいちばんの魅力。あと、私は人の弱いところを書くのが好きなんですけど、恋愛って、ふだんその人がなかなかさらけだせない、かっこ悪いところもたくさん出てくる。恋愛を書きたいというよりは、恋愛を書くことで人の隠されていた部分を描いていきたいのだと思います。だから今はむしろ……恋愛じゃない形で人の素顔を書くのもいいな、と思ったりもする。

――たとえば?

島本:カテゴライズし難い信頼関係みたいなもの……。抽象的ですけど、私自身が以前ほど恋愛を主人公の最優先事項だと思わなくなったからこそ、年齢や性別や立場を取り払った、でもほかの相手では代替不可能だと思えるような関係性を描いてみたいな、と。今まではカテゴリーしづらいと敬遠されていたものが、むしろ今は必要とされる世の中になってきていると感じているので。

大塚:若いときはどうしても、相手が何をしてくれたとか、自分はこんなに好きなのにとか考えがちだけど、大人になるにつれてだんだん、その人と一緒にいると幸せ、っていう気持ちのほうが大事だと思えるようになってきた。たとえばコロナで、なかなか恋愛しづらい状況だったとしても、会えない日に自分がなにを想っているか、会えた日はどんなに幸せか、ってことをシンプルに伝えていきたい。そのことを、必ずしも恋愛ってカテゴリーで括る必要はないのかなとも思いますし。だから私、島本さんの『2020年の恋人たち』のラスト、すごく好きです。〈してもしなくてもいいのだ、と気付いた。恋なんて。誰に強いられることもなく自分で臨んだのなら、どちらだって。まして大事なものは一つじゃなくてもいい。〉〈ただ一つ、「私」を手放さなければいいのだ〉っていうあたり。

島本:ありがとうございます。うれしいです。ゲラを読みなおすのは苦痛かもしれませんが(笑)、そんな大塚さんの小説も、もっと読んでみたいので、楽しみにしていますね。

大塚:がんばります(笑)。

■島本理生
1983年、東京生まれ。2001年『シルエット』で第44回群像新人文学賞優秀作、03年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞、15年『Red』で第21回島清恋愛文学賞、18年『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞。主な著書に『ナラタージュ』『大きな熊が来る前に、おやすみ。』『あられもない祈り』『夏の裁断』『匿名者のためのスピカ』『イノセント』『あなたの愛人の名前は』『夜はおしまい』など。最新刊『2020年の恋人たち』が好評発売中。

■大塚 愛
1982年、大阪府生まれ。シンガーソングライター。「さくらんぼ」「プラネタリウム」など多数のヒット曲を手がけるほか、楽曲提供や絵本制作、イラストレーション、さらには、初めての小説「開けちゃいけないんだよ」を「小説現代 2020年9月号」(講談社)に寄稿するなどマルチに活躍。最新作としてリメイクアルバム『犬塚 愛 One on One Collaboration』とライブ作品『LOVE IS BORN ~17th Anniversary 2020~』が好評発売中。

■書籍情報
『2020年の恋人たち』
島本理生 著
価格:1600円(税抜き)
出版社:中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/11/005279.html