デスノートが問いかける“命に対する価値観” 14年半ぶり新刊『DEATH NOTE短編集』を読む
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「そのノートに名前を書かれた人間は、死ぬ」
シンプルかつ奇怪な設定と、少年漫画らしくないシリアスな心理戦で一躍ブームを巻き起こした『DEATH NOTE』。全世界累計発行部数は3000万部を超え、映画やドラマ、アニメなどのメディアミックスも多岐に渡り展開。その人気ぶりは一躍社会現象となった。
2021年2月4日、同シリーズとしては実に14年半ぶりとなる新刊『DEATH NOTE短編集』が発売された。夜神月(=キラ)亡き後の世界を描いた2本の読み切り作品「Cキラ編」「aキラ編」を軸としたこの短編集は、2021年という激動の時代に発刊されたことが必然と言えるような1冊だ。
「Cキラ編」は、夜神月が死神・リュークに殺されてから3年後、別の死神が人間界に再度デスノートを落とすところから物語が始まる。このCキラ(=Cheepキラ)は夜神月のように世界中の犯罪者を標的にするのではなく、日本で貧困や病気に苦しんで死を望む老人を殺しの対象とする……というストーリーが展開される。
そして「aキラ編」では、デスノートが人殺しのために使われないというこれまでにない切り口で物語が進行する。死神・リュークが新たにノートを渡したのは高いIQを持った少年、田中実ことaキラ(=auctionキラ)。デスノートをオークションにかけるという彼のノートの奇抜な使い方が、やがて世界中の政府首脳を巻き込んでの競争売買に発展していくというストーリーだ。
同作品のファンとしてまずはやはり、本編に出てきたキャラクター達の再登場に喜んでしまう。月死亡後、Lを継いだニアの後継者としての風格や、松田桃太の相変わらずの天然ぶり、さらに死神・リュークの怪奇的なデザインなど、本編で活躍したキャラクター達の新しい姿や変わらない様が描かれる。また、月やLなどの本編におけるメインキャラクターたちは短編には直接登場こそしないものの、彼らが物語世界に与えた影響がストーリーの随所に描かれる。月、L共に全く正反対のキャラクターでありながら、共に持ち合わせていたカリスマ性をこの2本の短編を通して改めて感じることができるのだ。
なによりも「Cキラ編」「aキラ編」2つの短編の神髄は、読んでいる我々の価値観を揺り動かすという点にある。本編においても、キラによる犯罪者への“裁き”により世界の犯罪は7割減少したが、「Cキラ編」では犯罪者ではなく老人を殺しの対象とすることで日本の少子高齢化や年金問題を解決してしまう。「aキラ編」ではノートの売買の過程で1000兆円もの金が日本の首都圏を中心にバラ撒かれ、「キラバブル」と呼ばれる好景気が日本に訪れる。デスノートによる人殺しや、デスノートという大量殺人兵器の売買が、結果としてこの社会が実際に孕んでいる高齢化社会や不景気という問題をいとも簡単に解決してしまう。
「命とは かけがえのないものだ」
この短編集の帯に記された一節だ。この「当たり前じゃないか」とも言いたくなるような、我々が当然の社会的倫理として抱いている感覚を、『DEATH NOTE』という作品はこれでもかと揺さぶってくる。犯罪者を一人残らず殺してしまえば、平和に暮らす市井の人が恐れる凶悪犯罪は減るだろう。老人を減らせば少子高齢化や年金問題は容易く解決するはずだ。人を簡単に殺める兵器を高値で売れば国は潤い、国民は豊かな生活を送ることができる。自身の安寧と平和のために他人や自分自身に対する殺人を正当化し、金に群がる沢山の利己主義的な人間たち。物語内で実際に起こるこれらの事象を目の当たりにした後でも「命とは かけがえのないものだ」と果たして心から言えるのか? 読み手である我々はこの『DEATH NOTE』という作品に試されているのだ。
この『DEATH NOTE短編集』は「Cキラ編」「aキラ編」に加え、『DEATH NOTE』連載前に「週刊少年ジャンプ」に掲載された読み切り「鏡太郎編」や、Lの日常と過去を描く「L-One Day」「L-The Wammy’s House」なども収録された、読みどころ満載の珠玉の短編集だ。コロナ禍で改めて命の重さについての議論が活発な今、この『DEATH NOTE短編集』はあなたの命に対する価値観を改めて問う1冊になるだろう。
■ふじもと
1994年生まれ、愛知県在住のカルチャーライター。ブログ「Hello,CULTURE」で音楽を中心とした様々なカルチャーについて執筆。Real Soundにも寄稿。
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■書籍情報
『DEATH NOTE短編集』(ジャンプコミックス)
著者:小畑健
原著:大場つぐみ
出版社:集英社
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