『花束みたいな恋をした』で“神”と讃えられる押井守 多岐にわたる活躍から紐解くその魅力
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「後ろに神様がいますよ」
犬と立ち食い蕎麦が大好きで、ミリタリーにも造詣が深く銃を撃つために何度もグアムに通い、映画を豊富な経験と知識で次々と切っていく神様、それが押井守だ。大ヒット中の映画『花束みたいな恋をした』でも、その姿を披露したことでも映画ファンから話題になっている。
『機動警察パトレイバー the Movie』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などで世界的な知名度を誇る巨匠だけに、このサプライズ出演に心躍ったファンも多いだろう。セリフもない、ほんの僅かなシーンとはいえ、席から飛び上がるほど驚き、思わず笑みが溢れた。また、作品としてもメインの2人の嗜好が似ているサブカルファンだと観客にも伝わり、優れた演出だったことも挙げておきたい。
アニメ・実写を問わず挑戦し、代表作を1作品に縛ることのできないほど多様で優れた作品を発表し続けた押井守の魅力とはなんだろうか。様々な意見があるだろうが、その卓越した見識を基とする、鋭い言説と力強い思想こそが最大の武器ではないだろうか。
『機動警察パトレイバー2 the Movie』では、日本の安全保障政策と“平和と戦争”についての言説がある。作中で描かれた思想は公開された1993年当初よりも、テロとの戦争に揺れた2000年代、あるいは緊急事態宣言下の日常という意味では、現代の方がより実感を持って伝わってくるのではないだろうか。
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では、当時は今ほど一般的ではなかったインターネットを舞台に、生命とは何か? 人工知能や生きるとはどういうことか、哲学的に問いかけた。これらはSFでありながらも、多くの人が悩む普遍的な問題を扱い、世界中でも大きな話題作となる。映画は1995年公開だが、1996年に誕生したクローン羊のドリーの問題など、科学と生命に関する倫理的な問いを先取りしたともいえる。
押井作品は多くの実写作品にも影響を与えており、国内外を問わず影響を受けたと公言する映画監督や、あるいはオマージュと思われる描写がある作品は枚挙にいとまがない。特に『機動警察パトレイバー the Movie』などは、警察・刑事もの作品の描き方に影響を与えたと言われ、現在でもその影響下にあると思われる作品はいくつも散見されるほどだ。
近年は複数の書籍発売などもあり、精力的な活動を行っている押井だが、アニメ作品への関わりは少なかった。アニメ映画では2008年の『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』の発表以降、途絶えてしまっている。2010年以降には細田守・新海誠などの監督に注目が集まったものの、押井の強い思想が一時的に途絶えてしまったのは、アニメ映画界において大きな損失だったのではないだろうか。
そんな中、新たに発表されたWebアニメ作品が『ぶらどらぶ』だ。テレビサイズのシリーズ作品の代表作としては『うる星やつら』が思い浮かぶが、主戦場をアニメ映画に移してからは久々の全体を通して深く関わるテレビサイズのアニメ作品だ。押井は今作で原作・総監督・シリーズ構成など多岐にわたって活躍している。
押井作品といえば硬派なSF作品が連想されやすいが、今作は『うる星やつら』のような学園コメディ作品となっている。主人公の献血マニアの女子高生、絆播貢と、血を求めるヴァンパイアのマイ・ヴラド・トランシルヴァニアを中心としたドタバタハイテンションコメディは、そのまま『うる星やつら』を連想させる。
同時に、第1話において土井たか子を引き合いにするコメディもあるが、この辺りは押井節を感じられた。また多くの作品で作画監督などを務め、著書では挿絵を担当してきた西尾鉄也のイラストが用いられるなど、押井を追いかけてきた人ほどニヤリとする場面が多いのではないだろうか。
第4話では『機動警察パトレイバー2 the Movie』のセルフオマージュと受け取れるシーンもある。まだ第6話までの配信となっているが、『うる星やつら』のようなコメディをベースとしながらも、過去の押井作品について言及していく、集大成のような試みすら感じ取れる。コメディなので真剣に捉えるものではないのかもしれないが、いくつもの謎もあり、それらがどのように展開されていくのか、楽しみにしたい。
また、押井に興味がある方には是非とも書籍にも注目していただきたい。2020年には3冊の書籍を発表しているが、その内容は様々だ。その半生で見てきた莫大な作品から選出した映画論を語った『押井守の映画 50年50本』は、映画・アニメファンならば大きな学びを得る書籍となるだろう。
日本人観や深い見識と、歯に衣着せぬ鋭い言説が飛び出す『押井守のニッポン人って誰だ!?』や、映画を通して現代史を解き明かす『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』は、映画監督の域を超え、歴史の捉え方などが学べる上に、押井作品を支える思想がどのようなものか理解する上でも助けになる書籍だ。
近年はインタビュー記事の連載なども多く抱えて、半ば文化人のように活躍の場をさらに広げながらも、精力的に創作活動に向かう“神”、押井守。2021年で70歳を迎えるが、その勢いは止まることがない。ただ、やはり押井の真骨頂はアニメ映画であると考えるファンは多いだろう。多岐にわたる活躍に心躍りながらも、多くの押井ファンが望むように、渾身のアニメ映画を制作をいまかいまかと待ち望んでいたい。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame
■公開情報
『花束みたいな恋をした』
全国公開中
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、韓英恵、中崎敏、小久保寿人、瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ、押井守、Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太、岡部たかし、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
製作プロダクション:フィルムメイカーズ、リトルモア
配給:東京テアトル、リトルモア
製作:『花束みたいな恋をした』製作委員会
(c)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
公式サイト:hana-koi.jp
■配信情報
『ぶらどらぶ』
各配信プラットフォームにて、第1話~第6話配信中
3月14日(日)より第7話~第12話配信
原作・総監督:押井守
監督:西村純二
脚本:押井守、山邑圭
音楽:川井憲次
キャラクターデザイン:新垣一成
制作:株式会社コミックアニメーション
製作:いちごアニメーション株式会社
アニメーション制作:株式会社Drive
アニメーション制作協力:株式会社プロダクション・アイジー
(c)2020 押井守/いちごアニメーション