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平井堅「half of me」、なぜドラマ『黄昏流星群』主題歌に? 「even if」との関係性から考える

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リアルサウンド

 〈君という空白は埋まらない あの日からずっと〉平井堅の名バラードとしてファンの間で名高い「half of me」が、10月11日からスタートする木曜劇場『黄昏流星群~人生折り返し、恋をした~』(フジテレビ系/以下、『黄昏流星群』)に、抜擢されて大きな話題を集めている。

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 ドラマ『黄昏流星群』は、これまで平穏な家庭生活を送ってきた夫婦が、人生の折り返し地点に差し掛かり、あることをきっかけに新たな想いを募らせ、心を揺さぶられていく物語。原作は『ビッグコミックオリジナル』で連載中の弘兼憲史による人気漫画で、2000年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した作品だ。若いうちは惚れた腫れたで済まされる恋も、大人になると社会的な立場や家庭もありそう簡単にはいかず、長年連れ添った夫婦であればなおさらのこと。秘めた想いと表の顔が複雑に絡み合いながら展開していく大人の恋の物語が話題となり、1995年の連載開始以来、中高年の男性を中心に絶大な人気を誇っている。主人公の瀧沢完治役を佐々木蔵之介、妻の真璃子役を中山美穂が演じるほか、黒木瞳、藤井流星(ジャニーズWEST)といった豪華な俳優陣が名前を連ねることも話題だ。そんなドラマに主題歌として花を添えるのが、平井堅が歌う「half of me」という曲である。

 平井の起用は「主題歌はドラマを観たすべての人を愛おしく包む歌にしたい。そんな包容力のある世界を歌えるのは平井堅さんしかいないと思った」と、ドラマのプロデューサーである高田雄貴氏たっての希望だった。そうして提供されたのが、平井の人気ライブシリーズ『Ken’s Bar』で2009年に初披露されて以来、ライブに訪れた者でなければ聴くことのできなかったラブバラード「half of me」だ。大人の複雑な恋物語を描いたドラマを彩る、とある恋の喪失感を歌った平井の歌声を聴き、高田は「初めてこの曲を聴いた時、広がる情景に心が震えた」と話す。

 この「half of me」という曲は、実は『Ken’s Bar』テーマソング「even if」の歌詞に登場する、男女の10年後の未来のストーリーを描いた楽曲だということは、平井のファンであるならご承知のことだろう。他に好きな人がいる相手を想い、でも今日だけは離したくないと願う男の片想いが描かれた「even if」。バーというシチュエーションとやさしく包み込むようなゴスペル風のコーラス、それと共に歌われる情感たっぷりのボーカルが、大人の恋愛ドラマのようなワンシーンを巧みに描き出していたことで、1998年に初めて歌われて以来ファンの間で人気の楽曲だ。2000年に期間限定でCDリリースされた時も、期間限定にも関わらず36万枚の累計出荷数を記録したほか、オリコン週間シングルランキングで3位を獲得し、昨年放送された音楽番組『SONGS』(NHK総合)出演時のリクエスト投票でも1位に選ばれた。9月15日に沖縄で開催された『WE ♡ NAMIE HANABI SHOW 前夜祭 ~I ♡ OKINAWA / I ♡ MUSIC~』で歌われたことも記憶に新しい。そんな平井のファンにとって思い入れの深い「even if」の、続編となっているのが「half of me」。「even if」同様に人気が高いにも関わらず、9年もの間作品に収録されることなくライブでのみ歌われてきた希少性も手伝って、今回のドラマタイアップと初音源化のニュースは、リリース前から大きな話題になっていた。

 「even if」で歌われた男女の関係は、その10年後を歌った「half of me」ではどうなったのか……。楽曲を聴くと、少しは何かがあっただろうことをにおわせながら、その後いくつもの恋愛を経験してもなお、男は彼女のことをまだ忘れられずにいることがわかる。たとえば恋人に去られてしまった後、階段をカンカンと上がってくる音に一瞬胸を躍らせてしまった分だけ、余計に悲しみが押し寄せてきたという経験をしたことはないだろうか。そんな、忘れようとすればするほど襲ってくる喪失感。身体の半分を引き裂かれてしまったような痛み。簡単な一言では言い表せない悲しさが、「half of me」には溢れている。平井はこの曲のリリースに寄せて「生きるということは、欠損の半分を探す旅なのかもしれない」とコメントしている。だとすれば人生とは、何と苦しいものなのだろう。でもだからこそ、その苦しみを少しでも埋めるために、人は恋をし続けるのかもしれない。

 この「half of me」という曲で秀逸だと感じるのは、男の悲しみをこれ以上ないほど切なく狂おしく表現した、ボーカルとピアノのみによるアレンジだろう。どこかでもう彼女が戻ってこないことはわかっているのだが、それでも愛おしさを止められないといった平井の歌声。塩谷哲のピアノは、まるでそれをやさしく静めるかのように奏でられる。このピアノと歌だけによって生み出される緊張感は、今にも切れそうなほど細くピンと張り詰めた糸のようで、触れた途端にプツッと切れ、その瞬間から涙がとめどなくこぼれ落ちてくるんじゃないかと思うほどだ。間奏に出てくるゴスペル風のハーモニーもまた、「even if」へのオマージュが感じられて、亀田誠治の心憎い演出が冴え渡っている。シンプルだが、それゆえに隅々まで聴き応えのある楽曲だ。

 20年にわたって愛され続ける「even if」と、約10年語り継がれてきた「half of me」。他にも1998年の「Love Love Love」や、2007年の「哀歌(エレジー)」など、平井のライブでは10年以上前の楽曲が歌われることは少なくない。新曲と並べてもまったく違和感がなく、むしろ時代を経たことで新鮮に聴くことができる。平井の楽曲の魅力は、時代を問わない普遍性のあるメロディと、時代ごとに形を変えて届く、聴く人のそのときにフィットする歌詞にあると思う。10年前に「half of me」を聴き、こんなに切なく狂おしくなる恋もあるんだと、そんな恋に憧れ、早くもっと大人になりたいと思った20代のリスナー。その人がさまざまな経験を経た現在、また「half of me」を聴いたら、きっと10年前にはこぼれなかった涙がこぼれ落ちるだろう。恋愛の機微を繊細に表現する巧みさがありながら、実に情感豊かな平井の歌声。心の奥底にしまってしまった想いを、そのときの痛みと共に引きずり出し、あたかも今のことのように追体験させる歌詞。リスナーは、平井が描く恋愛模様に引き込まれ、気づけば自分の経験と重ねてしまい、きっといつかの別れを思い出して、涙腺が崩壊してしまうのだ。(文=榑林史章)