女優・室井滋が明かす、コロナ禍で絵本に込めた想い 「人と『会う』って、どういうことなんだろう」
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「でもね、会えない分、思いは強くなるんだよ」(『会いたくて会いたくて』より)
今年、デビュー40周年となる人気女優の室井滋にインタビュー。文筆家としても支持を集め続け、91年に発表したエッセイ集『むかつくぜ!』からは30周年、絵本作家デビューの『しげちゃん』からは10周年という、メモリアルイヤーを迎え、1月29日には最新絵本『会いたくて会いたくて』を上梓した。
「大切な人に、会いたい人に会えない」。本作はそんな状況に置かれたコロナ禍のなかで誕生。おばあちゃんが大好きな男の子のケイちゃんは、ある日、母親から「ホームへはしばらくいっちゃダメ!」とおばあちゃんに会うことを禁止されてしまう。作中にコロナの文字は登場しない。大切な人を思う気持ち、「繋がっていること」「心が通じていること」が伝わる普遍的な物語が出来上がった。
室井に『会いたくて会いたくて』を書いた自粛期間のことや、2011年からずっと続けている絵本ライブ「しげちゃん一座」について、『しげちゃん』からの強力タッグであり、本作の絵も担当し、「しげちゃん一座」のメンバーでもある絵本作家の長谷川義史との秘話を直撃。また、デジタルで埋め尽くされた今にあって、「子どものタオルみたいな存在」と語る、“絵本”への思いも聞いた。(望月ふみ)
急いで走っているときには書けなかった絵本
――コロナの文字こそ出てきませんが、今だからこそより響く絵本だと感じました。室井さんは、テーマが浮かんだときに書き始めるのですか? それとも定期的に絵本を書きたいと意識されているのでしょうか。
室井:私、「しげちゃん一座」という絵本の朗読をベースにしたライブを、全国各地でやっているんです。もう今年で10年になります。同じところが何度も呼んで下さるので、長谷川さんと私で組んだ著作物も数があったほうがいいと思っていて、だから定期的に絵本は出していきたいという思いが、まずあります。それと、昨年の最初の自粛期間にたっぷり時間があったので、何か書かなきゃと思ったんです。そのときに3作品書きまして、そのうちの1本なんです。
――小さな男の子が、施設にいるおばあちゃんに「会いたい」と強く願う物語ですが、昨年の自粛期間は、人と会えない時間が続きました。
室井:本当ですよね。予定していたものは全部キャンセルになりましたし、私もみなさんと同じで、不自由な生活を強いられました。でもね、こういうことを言うと不謹慎かもしれませんが、リセットされた感じもあったんです。今の自粛とはまた違って、去年の4月のときは、コロナも分からないことばかりだし、怖いという思いが強くて、その中で何もかもがストップしました。でもそのことで楽になった部分もあったんです。
――あくせく過ごしていた毎日から解放されたのでしょうか。
室井:きっと、それまで私なりのレールの上を走っていたと思うのですが、急に壁にぶち当たったというか、レールがプツっと途切れちゃった。イキナリでしたが、でも都会のあわただしい生活のなかで、ちょっとホッとしたところがあったんです。今回の『会いたくて会いたくて』は、急いで走っているときには書けなかった絵本だと思います。
絵本に登場する“糸電話”は最近の実体験から
――自粛期間中に生まれたとのことですが、内容は自然と浮かんだのでしょうか?
室井:私、パソコンは使いませんし、携帯電話もガラケーなんですが、今回、すごく久しぶりの人からショートメールが来たり、お手紙を頂戴することが多かったんです。そのお手紙も、「ここで連絡しなかったら、おそらく生涯連絡できなかった。こうして立ち止まってみて、昔室井さんにこんな言葉を言われて救われたことを思い出しました」みたいなことが書いてあって。私のほうは覚えてないんだけど、「ありがとうございます」なんて書いてくれてて。その期間は、仕事関係の人と連絡を取り合うことがほとんどなくて、懐かしい方からのお知らせがすごく多くて。そんなことがあって、人との関係を考えたんです。
――人との関係を見つめ直した人は多いでしょうね。
室井:それから、時間があったので、地元の富山に帰って古い家の蔵の中を整理しようかなと、いつも泊めてもらっている友達に、「今回も泊めてね」と連絡したら、高齢のお母さんがいるから東京から来てほしくないと。それはそうだ、今は会えないんだって。普通にしていたことができなくなった。遠くだけの話じゃありませんよね。テレビでも、病院や施設に行っても家族にも会えないなんてニュースが流れていました。私の祖母も昔、施設で亡くなったんですが、そのときのことも思い出しました。そんなことが重なって、自然とお話が浮かびました。
――本作のなかでは、直接会えない男の子とおばあちゃんが“糸電話”を使って話をします。自粛期間中に、実際に、ご自宅で“糸電話”をされていたというのは本当ですか?
室井:一緒に住んでいるパートナーが、私よりも高齢で持病もあるので、ご飯も別々に食べたり、家のなかでもソーシャルディスタンスを保ってたんです。そんなとき、トイレットペーパーの芯を捨てようかなと思って持ってたら、「これで“糸電話”作れるんじゃない?」と思い浮かんで。やってみたらちゃんと声が響いて、これはいいぞと(笑)。そのことをエッセイに書いたら反響があったのと、今回の絵本担当の編集さんにも「室井さん、“糸電話”なんかやってるんですか!」って驚かれちゃって。「あれ、そんなに驚くことなの?」という感じだったんですけど(笑)。
――今は“糸電話”を知らない子どももいそうです。
室井:確かにね。これから「しげちゃん一座」でこの絵本もやれるようになったら、会場でもみなさんと“糸電話”ができたりしたら楽しいな、なんてことも考えてるんです。
泳いでないといられないマグロのような性格
――“糸電話”を作って実際に使ってみることもそうですが、自粛期間中の家の中でもポジティブに活動されていたのでしょうか。
室井:洋服を整理しようと思って、まずは洗濯だと、大きなごみ袋に洋服を山ほど入れて近所のコインランドリーを何度も往復しました。すごく便利でした。まだ着られる洋服と、人にあげるものと、雑巾とかにリメイクするものとかに分けて。あとは近所を散歩したり。お料理もすごくしました。せっかくだからと思って、12万2000円もする炊飯ジャーを買ったんです。
――12万!!
室井:それがね、47都道府県のお米を炊き分けられるんですよ。品種とか入れて。私は富山出身だから、あちこちからお米をもらうし、山形にも知り合いが多いので、山形のお米もいただいたりして。これが、すっごく美味しいの! 最初、絵本もお米の話にしょうかなって思ったくらい。あはは。
――へえ、実際に美味しく炊けるんですね。
室井:料理は嫌いじゃなかったけど、そんなに丁寧にやってこなかったことを、すごくするようになりましたね。あとは、思索にふける時間とか、DVDを観る時間とか、家事をやる時間なんかを決めて、割と規則正しく生活していました。大きなテーブルに、「自粛テーブル」と名前をつけて、観たかったDVDとか、読みたかったコミックを取り寄せたりして、テーブルいっぱいに積んで。それを見てると「少しくらい自粛期間が長引いてもいいかな」なんて思えたりして。
――家のなかでも、エネルギッシュに動いていそうな姿が目に浮かびます(笑)。
室井:泳いでないといられないマグロみたいな性格なんです(笑)。そのなかで、ちょっと違う部屋に行って、窓の外をぼ~っと見ながら、絵本を書いたり。
震災が朗読を続けようと思う大きなきっかけに
――執筆専用の部屋があるのでしょうか?
室井:いえ、普段エッセイは喫茶店で書くことが多いです。でもそういえば、絵本は喫茶店では書きませんね。なんでだろ。いつも人がガヤガヤいるところで書いてるんですけど、絵本は言われてみると、違いますね。
――ご自宅で。
室井:そうですね。場所は決まってないんですけどね。台所のテーブルだったり、客間で庭を見ながらだったり、空を眺めながらとか。それこそ『しげちゃん』は階段で書いたし(笑)。でも喫茶店では書けないな。不思議ですね。
――室井さんは女優業と並行してエッセイをずっと書いてらっしゃって、10年前からは絵本も書かれています。先ほどお話にも出た「しげちゃん一座」も続けていますが、絵本を書いたら朗読したいという気持ちは、最初からあったのでしょうか?
室井:『しげちゃん』を書いたときに、たまたまある図書館から、長谷川さんの原画展をするので、ゲストに来てもらえませんかと言われて、そこで朗読したんです。そしたら評判がすごくよくて、大阪のほうにも呼ばれて。今度は長谷川さんの知り合いのミュージシャンの岡淳さんと大友剛さんも呼んで4人でやったんです。朗読したり、歌ったり、手品をする人もいるので、いろいろとやったら、お客さんがすごく喜んじゃって。それを見た人が、「うちの町でもやってくれ」と。そんな感じで自然発生的に始まったんです。
――そうだったんですね。
室井:グループ結成!とかそんなのは全然なくて。最初は衣装もちぐはぐな恰好でやってたんですが、これは作っちゃったほうがいいなと衣装を合わせて。呼ばれる回数もだんだん増えてきて。あるとき、たしか長谷川さんが「これは『しげちゃん一座』だね」と。今思えばもっとかっこいい名前にすればよかったなと思うんですけどね。だって、「しげちゃん一座」ですよ。一座って!(苦笑)。まあでもそんな感じで、途中からイベンターみたいな方が入ったりして、すごく小さな会場から、沢田研二さんとかがやってるような2000人くらいのホールまで、ほんと全国津々浦々。
――今年は10周年ですね。
室井:そう、10年。ちょうど東日本大震災の年だったんですが、そもそも朗読を続けようと思ったのは、東北にボランティアで行ったときのことが大きかったんです。あのとき、自分が歌手だったら何か歌って励ましたりとかもできるけど、女優ってなんにもできないんだなぁなんて思っていて。もちろん、出来る方もいらっしゃると思いますが、そのときの私にはできることがなくて。
それこそ大切な人を亡くしたり、離れ離れになった人たちがたくさんいらして。いろんなものを失って。そんななかで、東北のラジオ局で『しげちゃん』の朗読を頼まれたりして、何度か行くうちに、こうした朗読ならできると感じたのと、人様から呼んでいただけるタイミングが重なっていって、「しげちゃん一座」が自然発生して、演目も増やしたいと思うようになっていったんです。
絵本デビュー作『しげちゃん』は、絵も自分が描く気満々だった
――長谷川さんとは『しげちゃん』のときから組まれていますが、それ以前から、室井さんのエッセイに挿絵を書かれていたんですよね。その縁で絵本でも?
室井:「週刊文春」で新しい連載(「すっぴん魂」)を始めるときに、それまで本の装丁をお願いしていた日比野克彦さんにお願いしようと思ったのですが、大学の先生をされていたりとお忙しかったので、誰か見つけなきゃと思って、イラストレーター名鑑を見ていたんです。そのとき、900人の中から「この人がいい!」と見つけたのが長谷川さんでした。そのころ長谷川さんはまだ絵本作家さんではなくて、イラストレーターさんだったんです。12年間、連載の挿絵を描いてくださいましたが、その間にお会いしたのは3回だけでした。
――そうなんですか!?
室井:途中に編集さんが入っているし、特に会う必要はなかったんです。で、その間に長谷川さんは絵本作家になっていて、うちにも絵本が送られてきていましたけど、子どもがいるわけではないし、そんなに真剣に読んでなくて(苦笑)。絵本作家さんという認識を持っていなかったんです。文春の連載が終わるときに、ちょうど長谷川さんが南青山の画廊で個展をされるというのを聞いて、ご挨拶に行きゃなきゃと思って足を運んだら、オープニングイベントの日で、編集者がうじゃうじゃいてビックリですよ! そのときに初めて、「うわ、この人、人気の絵本作家さんなんだ!」って。
――あはは、そうだったんですね。
室井:そこで「なぜここに室井さんがいるんですか?」と聞かれて、「12年前から挿絵を描いてもらってるんです」って話したら「ラッキーですね」とか言われて。もうただただビックリしているときに金の星社の編集者さんが話しかけてきて、「室井さん、絵本を出しませんか」と。ちょうど週刊誌と月刊誌の連載が終わったところだったので、じゃあ、書いてみようかなと。そこで3つ書いて持って行ったんです。1つは文章が多すぎてダメで、もう1つはおじいちゃんの尿瓶の話でNG(笑)。もう1つが『しげちゃん』でした。でもね、絵本を出すというから、当然絵も自分が描くものだと思っていたら、「長谷川さんに」って。私は描く気満々だったんですけどね(笑)。
――室井さんの推薦じゃなかったんですね(笑)。
室井:編集さんは最初からそのつもりだったんですね。それで長谷川さんに描いてもらったら、すごくかわいいのが出来てきて、私も嬉しくなっちゃって。そしたらヒットまでしちゃって。私、絵本が当たるとかそういう意識を持っていなかったんですけど、売れちゃったんです(笑)。
絵本って、子どものタオルみたいな存在
――今回の『会いたくて会いたくて』は、長谷川さんの絵のタッチがこれまでの絵本とは違います。
室井:私がお願いしたんです。もともとイラストレーター名鑑で私が見て、連載の挿絵にも描いていただいていた長谷川さんの絵は線画でした。絵本での長谷川さんの頭が大きくて線の太いパワフルな絵も好きですが、もともとの私のなかでの長谷川さんの絵のイメージである線画で、今回はお願いしたいと。理由は、お子さんにも読んでもらいたいけれど、大人にも手に取ってもらいたいと思ったから。だから、長谷川さんのスタイリッシュで郷愁を誘うような線画でお願いしました。
――テーマともとても合っていますね。
室井:人と「会う」って、どういうことなんだろうと。それが第一のテーマです。ただ長い時間一緒にいることが、イコール会ったことになるのかなって。その人を感じ取るってどういうことなのか。それが第一。2つめは、コロナ禍のなかにあって、IT化って大切なことだとは思うのですが、そこで置き去りにされていくものについても考えたんです。昔ながらの手作りのものも残してほしい。そういうものがなくなっちゃったら寂しいでしょう。手紙を待ち遠しく思うとか。郷ひろみさんじゃないけど、「会えない時間が愛育てるのさ」って。それってすごく大事なことだと思うんです。便利になってすべての欲求が早く満たされるようになったけれど、そこにちょっとクエスチョンが浮かぶときがある。人って、時間をかけたり、なにか失敗したり、いろんな体験があるほうがそのことを忘れないし、人との繋がりもできていくんじゃないかなって。そうした思いを込めました。
――「絵本」という存在自体に、改めて何か思うことはありましたか?
室井:「しげちゃん一座」を立ち上げてから、絵本ってすごいんだなと思うことばかりです。2014年からは、地元のFM局に提案して、「しげちゃん☆おはなしラジオ」という、小学校の給食の時間に、県内の昔話を読んだり、絵本を紹介したりする番組を流してもらっているのですが、週イチでやっているので、それはもう膨大な数の絵本や昔話を読んでるんです。そうすると、絵本には、映画の世界にも通じるところがあるのを感じます。言葉でそれ以上言わずに、絵に託したり、想像力を膨らませてくれる何かがある。ラジオなどで絵が見られないときは、声の出し方を工夫したり、擬音とか音楽を入れて伝わるように工夫したり。やっぱり想像力を刺激してくれます。随分勉強になっていますし、何より、絵本は繰り返し繰り返し触れるものだというのがステキだと思います。
――確かにそうですね。
室井:ずっと読んでいくなかでシワシワになったり、古ぼけてシミが付いたり。でもそれでいいと思うんです。絵本ってそういう、なんていうのかな、子どものタオルみたいな存在。寝るときに大切に抱えて眠るような。そういうものだと思うんですよね。いろんな匂いが染み込んで。子どもにとってとても大切な存在だし、親にとっても愛おしいものになっているんじゃないかと思います。
■書籍情報
絵本『会いたくて会いたくて』
作:室井滋
絵:長谷川義史
出版社:小学館(発売中)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09725096
しげちゃんシリーズ第3弾『しげちゃんのはつこい』
作:室井滋
絵:長谷川義史
出版社:金の星社
2021年3月下旬発売予定
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784323074696