『おちょやん』『スカーレット』『あさが来た』など、大阪朝ドラの夫婦たちを振り返る
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千代(杉咲花)と弟のヨシヲ(倉悠貴)の再会と別れが描かれた『おちょやん』(NHK総合)第12週。また一人になってしまったと涙を流す千代を一平(成田凌)が抱きしめたが、今度は一平が母の夕(板谷由香)との再会によって絶望を味わうことになった。『おちょやん』は家族の問題を容赦なく描くことで、千代と一平それぞれの孤独な境遇を際立たせている。
第13週には、一平が二代目、天海天海襲名の席で千代との結婚を発表するという『おちょやん』にとって集大成となる重要なシーンがあり、千代と一平の人生の節目が鮮やかに彩られた。
一平が千代に「一人やあらへん……俺がおる」と言い、千代は一平に「あんたは一人やあらへん。うちがいてる」と言う。そして、岡安のハナ(宮田圭子)は「千代、あんたしかおらへん」と一平を千代に託す。9歳の頃に出会い、お互いに一人じゃないと言い聞かせ合うように夫婦となった2人。夫婦としても、役者としても二人三脚というより一心同体、強い絆で結ばれているのが分かる。二人三脚の夫婦の愛情を描くのが定石となりつつある朝ドラの中でも、千代と一平の「この人しかいない」という絆の強さ、その表現は群を抜いているのではないだろうか。
ちなみに『おちょやん』は「大阪のお母さん」といわれた女優、浪花千栄子がモデルで上方喜劇が描かれていることもあり、吉本興業の創業者・吉本せいをモチーフにした『わろてんか』(2017年10月~2018年3月)と比較されやすい。明治生まれのヒロインが激動の時代を生き抜き、活躍したり、運命的な恋に落ちるという共通点もある。
『わろてんか』のヒロイン・藤岡てん(葵わかな)は、京都の老舗薬種問屋の長女として生まれ、幼い頃に若手旅芸人の北村藤吉(松坂桃李)と出会い、お互いに好感を抱く。その後、健やかに成長し、藤吉と再会したことで運命的な恋に落ちたてん。2人を結びつけたのは笑いに対する価値観で、てんの父、儀兵衛(遠藤憲一)の反対を振り切り、駆け落ち同然で家を出るのだった。
藤吉が、じつは大阪船場の老舗米問屋「北村屋」の長男だったため、藤吉の母、啄子(鈴木京香)も結婚に反対で、当時としては強い意志で一緒になったといえる。笑顔で周囲を和ませながらも、結婚も仕事も一度決めたらとことん貫く強さを秘めたヒロイン・てん。藤吉が商売で失敗したことで、てんの商売魂に火がつき、笑いを商売にすることを提案。あっという間に才覚を発揮し、寄席興行の世界で笑いを届けるため、二人三脚で駆け抜けていく姿を描いた(途中、藤吉は死んで幽霊になるのだが)。
如才なさ、世渡りの上手さでてんは千代を上回る。「生きるってしんどいいのう。……しんどいのう」と千代は一平を抱きしめて言ったように、生きるのがつらいから一緒に笑い、泣いてくれる相手がそばにいてくれることで救われる。
「つらいときは笑えばいい」と終始穏やかで安定した笑いを届けていた『わろてんか』と、軽やかな笑いの後に辛辣な悲しみに包まれたシーンがある『おちょやん』では観る側の心構えまで違ってくる。幽霊になってもてんの味方でいてくれる藤吉との、ほのぼのしたやりとりと違い、SNS上では「千代と一平には幸せになってほしい」と祈るような気持ちで見守るという投稿が相次ぐ。
モデルとなる人物がいて、同じ夢に向かう二人三脚の夫婦を描く朝ドラが多いとはいえ、こんなにもハッピーエンドを願わずにいられない『おちょやん』の千代と一平は特別な存在なのかもしれない。
『まんぷく』(2018年10月~2019年3月)や『マッサン』(2014年9月~2015年3月)など、少し危なっかしい暴走しがちな夫をしっかり支える妻の物語も印象に残っている。
『まんぷく』のヒロイン・福子(安藤サクラ)は、姉の結婚式に使用するため新型の幻灯機を開発する工房に行き、そこで萬平(長谷川博己)と出会う。その後偶然再会し、お互いに好意を持つが、福子の母の猛反対あり、萬平が憲兵隊に連行される事件などあり波乱含みの展開となった。結婚後も、発明家として大成功と大失敗を繰り返す萬平を励まし、助け、ついに悲願の即席ラーメンの発売に漕ぎ着ける。萬平が失敗したり、憲兵に連行されるなど不運に見舞われるたび、2人の愛情は揺るぎないものになっていったので、愛情面での不安はさほどなかった。
『マッサン』では、マッサンこと政春(玉山鉄二)が不可能だといわれた国産ウイスキー造りにこだわり、単身スコットランドに渡った際に、エリー(シャーロット・ケイト・フォックス)と出会う。2年の修業の後、マッサンはエリーを連れて帰国。スコットランドに修業に行くのも気概があるが、大正9年にスコットランドから嫁として日本に来るなんてよほどの決断。姑役が泉ピン子だったので、いきなり緊張感は漂うがエリーの覚悟は誰が相手でも揺るがない。
夢を語る男ほど女性を泣かせるものだが、マッサンは夢の実現のために生き、エリーへの情熱も持ち続けた愛に溢れる男だった。数々の苦難を乗り越え、ついに本場も認めるウイスキーを完成させる。
『まんぷく』のモチーフは安藤百福と妻の仁子であり、『マッサン』のモデルは竹鶴政孝、リタ夫妻と実在の人物なので、激動の時代に夫婦二人三脚で成功するという夢物語がリアルに感じられることも作品が評価される秘訣かもしれない。成功があるのは愛情の証といえるくらい確固たる信頼関係で結ばれた夫婦を表現していた。
また、激動の時代の夫婦を描くといっても、妻が夫を支えるだけではなく『あさが来た』(2015年9月~2016年4月)のように女性起業家のパイオニアがヒロインで、趣味に生きる夫との夫婦の話もある。現在放送中の大河ドラマ『青天を衝け』で脚本を手がける大森美香の作品で、舞台も同じ幕末。”明治の女傑”と呼ばれた女性実業家のさきがけ・広岡浅子をモチーフにした主人公あさ(波瑠)の一代記となっているが、夫の新次郎(玉木宏)は道楽者に見えて、一途にあさをサポートする。
あさと新次郎は年も離れていて、もともと親が決めた許嫁ではあったものの焦らせることなく、あさの気持ち最優先で考えてくれる包容力のあるタイプだった。好奇心旺盛で無邪気なあさに対して最初は子供扱いしていたが、お互いにゆっくりと愛情を育んでいった。
育ちが良いせいか、どんな危機に直面しても鷹揚に構えて慌てることなく、子供が生まれてからはイクメンぶりも発揮。働く女性にとっては、理想の男性として映る。
『スカーレット』(2019年9月~2020年3月)の場合は、ヒロイン・喜美子(戸田恵梨香)が八郎(松下洸平)に陶芸を教わるうちに惹かれ合い、父の常治(北村一輝)の反対を押し切り、結婚。喜美子の陶芸への情熱が高まれば高まるほど、夫婦の関係に変化が訪れた。添い遂げてこそ幸せな夫婦という価値観もあるが、夫婦ではなくなったからこそ築けた喜美子と八郎の関係もひとつの愛の形だろう。
芸術家同士の結婚生活の難しさは、そのまま役者同士の夫婦の関係維持の難しさにもつながる。千代と一平は結婚したことでどんな変化が起きるだろうか。
■池沢奈々見
恋愛ライター。コラムニスト。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/