異質な学園漫画『ここは今から倫理です。』はなぜ人気作に? 「倫理」で解決する“思春期の悩み”
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学園漫画には珍しいリアルな世界観で人気を博した『ここは今から倫理です。』(集英社)。悩みを抱える生徒と倫理教師の関わりを描いた本作は、NHKにて2021年1月より連続ドラマも放送されている現在大注目の作品となっている。私見ではあるが、読者が学園漫画に求めているものは、“青春の輝きや爽快な物語”だろう。しかし本作にはそのような要素は無いに等しい。それではなぜこの作品はドラマ化するほどの人気作になり得たのか。本稿では『ここは今から倫理です。』ならではの魅力を、物語の舞台と主人公に焦点を当て紹介していく。
ある高校では3年生になると、数々の選択科目の中から1科目の履修が義務付けられていた。体育などの科目が人気を集めるなか、倫理の授業を行う教室には15人の生徒が集まる。そして教室に入ってくる、端正な顔立ちでミステリアスな雰囲気を醸し出す教師・高柳。
倫理を受ける1人の生徒・逢沢いち子は、高柳との思わぬ再会に喜んでいた。それは約1年前の出来事。教室で友人と性行為に及んでいた逢沢は、突如教室に入ってきた教師と初対面を果たす。慌てふためく友人とは対照的に、全く動揺の色を見せない高柳。高柳は逢沢に「合意なら構わないが、時間と場所が悪い」と言い放つと、授業の準備を始めた。
それ以来高柳に興味を持っていた逢沢は、初回の授業終わりに高柳を誘惑する。教卓に乗り下着を見せびらかす逢沢を、高柳は「教養がある人が好きだ」と一蹴。
それを受け「先生」は全員字が綺麗であることに着目した逢沢は、ボールペン字講座の本を購入。最初は無駄な買い物をしたと後悔するも、徐々にボールペン字、勉強にハマり出す逢沢。しかしその逢沢の変化をよく思わない人間もいる。それが逢沢と悪い遊びに興じていた男友達である。
付き合いが悪くなった逢沢に痺れを切らした友人は、とうとう逢沢を空き教室に連れ込み、性行為を強要しようとする。全力で拒否する逢沢だが、やはり力では勝てない。そこに“あの日”と同じように入ってくる高柳。そして合意かを問われ、逢沢はそれを否定する。そして自身は殴られながらも、高柳は逢沢を守ってみせた。去ろうとする高柳に、後ろから「やっぱり先生が好き、いっぱい勉強する」と叫ぶ逢沢。その逢沢に高柳は「“愛こそ貧しい知識から豊かな知識への架け橋である” マックス・シェーラー」と言葉を残すのだった。
本作は倫理教師である高柳を主人公とした作品だ。悩みを持った生徒達を、高柳が倫理で学ぶ考え方や名言を用いながら解決する姿がオムニバス形式で描かれている。
悩みの種類は「いじめ」「病気」「非行」と様々だが、漫画では取り扱いが難しいほど重いものも多い。本作は学校というフィルターを通して、現代社会に倫理を問う作品となっている。よって「学園」はあくまで物語の舞台に過ぎず、学園漫画でお決まりの部活や恋愛などの描写はほとんど描かれない。なのにも関わらず本作を「魅力的な学園漫画」として読んでしまう理由は、“悩み”こそ思春期を象徴する1番の要素だからなのだと思う。
人生の中で1番多感な時期である学生時代は、皆が多かれ少なかれ様々な悩みを抱えている。つまり爽やかでアツい学園漫画よりも、『ここは今から倫理です。』はよっぽど“学園漫画”なのだ。本作は心情に訴えかける漫画の舞台に学園を選んだことで、学園漫画としてもハイレベルな作品に仕上がったと言える。
また教師が主人公の漫画としては、高柳は珍しいキャラクター性をしている。本作では倫理教師として登場する高柳。基本的に教師漫画の主人公は、絶対的な存在として描かれる作品が多い。正義感に溢れ、ブレない信念がある。ある意味人間味のない特別なキャラクター性に惹かれるのだ。しかし高柳にはそれがない。一見クールで冷静な性格に見えて、想定外の出来事が起これば顔を赤らめ慌てる姿も見せる。また作中では高柳が生徒への正しい対応に頭を悩ませたり、ときには生徒を救えないこともあった。「倫理」という学問は、数学や国語と違い絶対的な正解がある教科ではない。高柳の“不完全でありながら試行錯誤する姿勢”は、「正解を導くのではなく、正解を追い続ける学問」である倫理をテーマとした本作に、深みを持たせているのだ。
倫理学で生徒の人生を変えていく教師を描いた『ここは今から倫理です。』。教師ももちろん人間であり、全ての問いの答えを知っているわけでは無い。しかしその中でも高柳は倫理を用いて、正しい道を示そうと奮闘している。連続ドラマも放送中の本作。倫理に興味がある人はもちろん、悩みを抱えている人、そして人間らしい学園漫画が読みたい人は、本作をぜひ一度手に取って欲しい。
■青木圭介
エンタメ系フリーライター兼編集者。漫画・アニメジャンルのコラムや書評を中心に執筆しており、主にwebメディアで活動している。