瑛人、優里、Ado……自然発生的なカバー動画が拡散 新たなヒット曲のセオリーとは
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「今流行っている音楽は?」と尋ねられると、まずは最新のオリコンランキングを調べてしまう30代のわたしがいる。これはもう染み付いた習性といってもいい。なぜなら、わたしが音楽を聴き漁って過ごした青春の90〜00年代には、オリコンランキングにランクインすることすなわち、ヒット曲であることの証明だった。あるいは80年代に遡ると、歌番組のランキングや出演頻度が売れっ子アーティストやヒット曲であることの指標だったのかもしれない。くわえて言い添えるのであれば、特に90年代には人気ドラマの主題歌に採用されることは、楽曲がヒットするための定石。テレビドラマの主題歌のタイアップもヒット曲の重要な指標だったように思う。
そしてサブスクリプションが普及されたことで、音楽のトレンドは大きく変わった。聴き手の趣味嗜好の細分化はもちろんのこと、YouTubeやTikTokなど音楽が提供されるプラットフォームやフォーマットの細分化も進んだのだ。このように、これまでのような限られた基準だけではトレンドを読み取ることはできず、切り口によって見えてくるものが全く違ってくる。言い換えれば、世間で共通のヒット曲が生まれにくい環境になったともいえるだろう。
そんななか、YouTubeやTikTokをきっかけにヒットした2020年の楽曲といえば、瑛人の「香水」とYOASOBIの「夜を駆ける」が思い浮かぶだろう。どちらも『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)にも出場し、お茶の間もお墨付きを与えたといっても決して大げさではないはず。この2曲は、リリース段階でCDの発売もタイアップもなかった。サブスクリプションが普及した現在においても、未だドラマやCMなどのタイアップの力は大きいが、「香水」と「夜を駆ける」はこの方法論にまったく当てはまらないまま、広く知名度を獲得したのだ。
他にも優里の「ドライフラワー」、Adoの「うっせぇわ」もYouTubeやTikTokを起点に、その知名度を高めた例だ。
ではなぜ、YouTubeやTikTok発のヒット曲が急増したのだろうか。それは楽曲が消費されることを待つだけの存在ではなく、同時に表現の手段にもなっていることが要因のひとつかもしれない。例えばYouTubeで「香水」と検索すると、オフィシャルMVだけでなく、数多くのカバー動画がアップされていることに気づく。前述した「ヒット曲のセオリー」を思い出すと、アーティストやレコード会社側からの発信は片方向的で、楽曲がリスナーの耳に入ることで終結していた。一方、YouTubeやTikTok発のヒット曲は、アーティストやレコード会社側から楽曲が発信されるやいなや、カバー動画が次々とアップされ、そのカバー動画が原曲自体を知らしめる媒体の一つとして機能している。
ここで重要になるのは、純粋に「良い楽曲」というだけでなく、自分も歌ってみたくなる楽曲であること。「香水」がその好例で、弾き語り形式のシンプルな構成や、キャッチーな歌詞が特に好まれてカバーされる傾向があるようだ。たしかに〈君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ〉というパンチラインを口に出してみたくなる気持ちもわからなくはない。また、「うっせぇわ」も同様だ。〈うっせぇわ〉を連呼したサビは一聴しただけで頭に残る。この曲は歌い手だけに止まらず一般層にまでカバーされるようになり、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)でもフィーチャーされるまでに至っている。
特にコロナ禍では、表現の場を求めて動画投稿に挑戦する人も多く、自然発生的なカバー動画の拡散が、原曲自体を後押しするケースも増えている。このインタラクティブな音楽の楽しみ方こそ、2020年代の新たなヒット曲のセオリーなのかもしれない。
■Z11
1990年生まれ、東京/清澄白河在住の音楽ライター。
一般企業に勤務しながら執筆活動中。音楽だけにとどまらず映画、書籍、アートなどカルチャー全般についてTwitterで発信。ブリの照り焼きを作らせたら右に出る者はいない。
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