『あなたのそばで明日が笑う』が描いた“過去と未来”の希望 三浦直之の脚本を読み解く
映画
ニュース
「僕の知る限り一番のラブストーリーだった」と、池松壮亮演じる葉山瑛希は言った。そう、本当に、とても美しいラブストーリーだった。止まったままの恋と、現在進行形の恋が、どちらも遜色なく、美しく煌めいていた。3月6日にNHKで放送された、東日本大震災10年特集ドラマ『あなたのそばで明日が笑う』のことである。
本作は、宮城県石巻市を舞台に、行方不明の夫・高臣(高良健吾)を待ち続ける女性・真城蒼(綾瀬はるか)が、震災を知らない建築士・葉山瑛希(池松壮亮)と出会い、心を通わせていく物語である。綾瀬はるか、池松壮亮、高良健吾、土村芳が、他の配役を想像できないぐらいのはまり役で愛すべき登場人物たちを演じていたのも印象的だった。そして、なにより素晴らしかったのは、よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告る。』(NHK総合)を手掛けた、劇団ロロ主催の三浦直之の脚本である。
冒頭、蒼は夢を見ている。震災で行方不明になったまま帰ってこない夫・高臣が、震災当時3歳だった息子・六太(二宮慶多)と、もう今はない本屋「BOOKS草原」で「恋の話」を探している。会話に加わった蒼は本棚にある絵本『100万回生きたねこ』(著:佐野洋子)に手を伸ばし、高臣と偶然手が触れ、互いに照れた顔で見つめ合うところで、目が覚める。その手に残った高臣の感触を忘れないようにするかのように、すぐさま彼女は夢で起こったことを日記に書き留める。「高臣へ」という日記帳に。
開始3分以内に全てが凝縮されている。これは「恋の話」だ。しかも、過去の恋と現在の恋の共存の物語。夢の中の高臣と蒼が手に取ろうとした絵本『100万回生きたねこ』は、その後に彼女が出会う、葉山瑛希との、まるで絵本の中の「ねこ」と「白いねこ」のように寄り添う恋を導く鍵となる。
夢の中でしか出会えない夫の手のぬくもりをいつまでも手放すまいとする蒼の手は、「区切りをつけるために未来に向かう本屋を作りたい」と言いながら、ずっと逡巡しているかのようにモゾモゾと動いている。既に息子の死を受け入れている高臣の母・浅子(阿川佐和子)と共に初めて墓参りに行き、実際には遺骨のない夫の墓に向かって手を合わせるものの、耐え切れずその手を震わせる。
彼女の手は、「区切りをつけよう」「未来に向かおう」と行動する彼女自身とは裏腹に、高臣のいる「過去」に向かってせわしなく動き続ける。
時にペンを持って、日記帳に向かう。忘れてしまうことが怖いから。自分の頭の中に、高臣が存在しなくなっていくことで、彼が本当にいなくなってしまうような気がして、彼女はできるだけ高臣のいる「過去」に留まろうとする。
時に、スコップを持って、砂浜を掘り続ける。高臣がプロポーズの時に浜辺でなくして、見つからないままの結婚指輪を、いつまでも探している。「今日見つからなくても明日見つかるかもしれない」という「希望」のために。それは、「高臣が亡くなって」と形容する人々に対して「亡くなってないよ、まだ何も見つかってないんだから」と何度も答える彼女に繋がる。「見つかってない」から、彼女は、高臣と共にいることができるのである。
そんな彼女に「区切りをつけなくていい。後ろを向くことで、前に進んでいけばいい」と呈示してみせたのが、彼女と本屋を作る、建築士の瑛希だ。彼は、高臣と蒼が共に過ごした本屋の本棚を再現することで、蒼が高臣を待ち続ける/共に生き続けるための空間を作ると共に、前に進もうとする彼女が望む、皆が集まれる、カフェスペースも併設した「未来に向かう空間」をも作ったのだった。
これは「人と人がどうやったら寄り添えるのか」を描いた物語でもある。震災で大切な人を失った蒼と、震災を知らない瑛希。さらに震災当時3歳だったために震災以前の記憶がほとんどない六太もいる。東日本大震災から10年の年月が経ったからこそ、当事者、非当事者間だけでなく、世代によって、浅子の言う「前に進む速度」の個人差によって、震災の捉え方、向き合い方はより大きく異なり、多くの分断が生じている。
つい何も知らないのに知っている気になって石巻を語ろうとする瑛希に向かって、「この街のことを知っているみたいに話さないで」と言う蒼。それに対して、瑛希は、懸命に街のこと・蒼のことを「知ろうとすること」で返すのだった。街の模型を作り、街を実際に歩き写真を撮る。蒼の案内で蒼が歩いてきた道を歩く。かつて蒼と高臣が一緒に過ごした本屋の跡地に寝転がって思いを馳せる。そうやって「自分が知らないこの街のこと、この街で暮らす人のことを想像する」ことで彼は彼女を、彼女が住む街を知ろうとする。
同じく震災前の記憶がほとんどない六太と、「この街にしかない物語を撮りたいけどこの街のことを全然知らない」もどかしさを抱えている転校生の風花(佐藤ひなた)が、「この街の映画を撮る」ということを通してやろうとしたことも、同じである。その人自身ではないから、当事者ではないから「わからない」で終わるのではなく、知りたいと思うこと。一緒に想像すること。一緒に歩くこと。
そうやって彼らが、頑なになりかけた蒼の心にそっとノックし続けたことで、彼女はゆっくりと心を開き、「後ろを向きながら前に進む」ことができたのだった。
そんな、誰かが誰かのために、その人の人生、失われてしまった風景、もしくはあったかもしれない人生を想像する、優しくも切ない世界を、もう今はない映画館で、主役じゃない人たちの物語を妄想するのが好きで、身を乗り出してスクリーンの端の方ばかり見てしまう高臣のふわっとした笑顔が、柔らかく包み込んでいた。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
Twitter
■作品情報
『あなたのそばで明日が笑う』
NHK+にて、3月13日(土)20:43まで配信中
作:三浦直之
出演:綾瀬はるか、池松壮亮、土村芳、二宮慶多、阿川佐和子、高良健吾ほか
制作統括:磯智明
プロデューサー:北野拓
演出:田中正
主題歌:RADWIMPS「かくれんぼ」
音楽:菅野よう子
写真提供=NHK