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『花子とアン』はチャレンジングな朝ドラだった 『エール』に継承された“戦争への加担”の視点

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リアルサウンド

 『赤毛のアン』の翻訳家・村岡花子の明治・大正・昭和にわたる波乱万丈の半世記を描くNHK連続テレビ小説『花子とアン』が夕方に再放送されている。

 山梨の貧しい家に生まれ、東京の女学校で英語を学んだ後、故郷で教師生活を送り、さらに翻訳家の道に進んだ安藤はな(花子)を演じるのは、吉高由里子。脚本を手掛けるのは、中園ミホだ。

 明るく元気な主人公が、様々な困難を乗り越え、自分の人生を切り開いていく物語は、『おはなはん』(1966年)以降ずっと続いてきた朝ドラの王道路線であり、その土台となるテイストは『赤毛のアン』などに端を発する海外文学にあると思っていた。

 それだけに、『赤毛のアン』の翻訳家がモデルとなる朝ドラが発表された際には、「とうとう本丸が来た」というワクワク感があった。

 実際、本作には『赤毛のアン』のオマージュが多数登場する。例えば、ヒロイン・安藤はなは、池に落ちて高熱を出し、生死の境をさまよった後、「辞世の句」を残すが、死を覚悟したことから好きな名前で生きることを決意し、周囲にしきりに「『はな』ではなく、花子と呼んでくりょう!」と訴える。これは『赤毛のアン』のアンが自身の名前の綴りについて「Anne」と「e」をつけることにこだわったのが元ネタとなっている。

 他にも、祖父(石橋蓮司)の口癖がアニメ『赤毛のアン』のマシューと同じ「そうさのう」ということや、幼なじみの男子・朝市(窪田正孝)にからかわれて絶交することや、女学校で「ブドウでつくったクスリ」と言われて酒とは知らずにワインを飲み、酔っぱらうこと(これは吉高が出演していたCM『ハイボール!』と重ね合わせて観る人も多かったが)。極め付きは、『赤毛のアン』ファンがみんな大好きなフレーズ「曲がり角を曲がった先には、何があるかわからないの。でも、きっと一番良いものに違いないと思うの」をそのまま言わせること。また、花子が人生の指針としていた「想像の翼を広げる」というワードも、想像力豊かなアンと重なるものだ。

 しかし、こうした『赤毛のアン』ファンへのサービスのような要素も盛り沢山でありながら、振り返ると、本作ほど「光と影」の濃淡がくっきり浮かび上がる作品は、長い朝ドラ史上においても、そうないと思う。

 一つは、光となるヒロイン・花子との対比となる人物たちの描き方だ。例えば、花子の光の影にならざるを得なかった兄や妹たち。

 花子の実家は貧しく、視聴者からは「顔が黒すぎる」「汚しすぎている」などの声もあがるほどだった。そんな中、「はなの理解者」父は、はなの読み書きへの強い関心を見抜き、学校に行けるように奮闘。その甲斐あって、「給付生」として名門女学校に通うことになるのだ。

 その一方で、長男・吉太郎(賀来賢人)は憲兵に、次女・かよ(黒木華)は女工に、三女・もも(土屋太鳳)は北海道の顔も知らない相手のもとに嫁ぐという運命を背負わされる。そのため、兄は勉強に励むはなにコンプレックスを抱いたり、かよははなに憧れとともに複雑な思いを抱いていたり、ももははなを一途に思い続ける朝市に片思いし、失恋したり。はなの貧しいながらもキラキラの女学校生活との対比で、甲府の実家の貧しい暮らしの過酷さ・厳しい現実が際立って見えるのである。

 また、花子(はな 以下同)と「腹心の友」になるのが、「Wヒロイン」にも見える蓮子(仲間由紀恵)だ。

 貧しい農家に生まれたものの、家族に愛され、想像力豊かに育った花子に対し、蓮子は何から何まで正反対。

 葉山の伯爵の異母妹として生まれたお嬢様である一方、14歳で政略結婚させられ、16歳で出産、子どもを取り上げられて離縁するなど、家族愛を知らずに生きてきた。しかし、そんな二人が文学の話などから意気投合する。

 明るく賢く、仕事も恋も順調に手に入れる花子に対し、炭鉱王と政略結婚した後、帝大生と駆け落ちする蓮子は実にエネルギッシュだ。二人の女性を軸に進んできたストーリーは、ときに王道朝ドラから「昼ドラ」的にその色を変え、視聴者を強烈に惹きつけた。

 薄幸な蓮子の存在があったからこそ、花子の明るさや素直さが際立つし、花子の穏やかな光に照らされることで、蓮子の闇が鮮やかに浮かび上がる。

 しかし、そんな二人の運命を分かつのが、「戦争」であった。この戦争の描き方にもまた、本作のチャレンジが見てとれる。

 花子が戦争に抵抗を感じながらも、ラジオで子どもたちの戦意高揚をあおるような話ばかりすることに対して、蓮子は「戦争協力」だと批判する。そして、花子は葛藤の末に、「私の口から戦争のニュースを放送することはできません」とラジオを降板することを決める。

 実際、モデルとなった村岡花子はより積極的に戦争に加担していたようではある(村岡恵理『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』新潮文庫)。しかし、これは後に『エール』(2020年)で主人公・裕一が、音楽によって自身が戦争に加担していたことを知る展開にも受け継がれる、朝ドラ史上非常に稀な「戦争の加害者」視点であった。

 さらに、花子が妻帯者である村岡英治(鈴木亮平)を好きになってしまう“不倫の恋“が描かれたことも、特筆すべき点だろう。しかし、ドラマでは実際のドロドロ感を払拭し、中園ミホ脚本の絶妙なアレンジにより、ギリギリ視聴者の反感を買わない安全圏で描かれていた。

 例えば、花子が英治に告白してから、彼が既婚者であることを知り、そこから距離を置いていたこと。病気を患っていた英治の妻が亡くなる前に「新しい人と一緒に生きていってほしい」と言い残したことなど。さすがにご都合主義と感じざるを得ない展開ではあるが、このアレンジは花子の好感度を保つうえで効果的ではあった。

 さらに、本作から生まれた「恋の当て馬」界のスター・窪田正孝が演じた「朝市」の存在も忘れてはいけない。

 子どもの頃から花子のことを気にかけ、奉公に行く前の晩には秘密で本好きな彼女のために教会の図書室に連れて行ってくれたり、常に味方になってくれ、東京の出版社に送り出したり、英治との恋に苦しみ、故郷に帰ってきた花子の背中を推したり。一度も告白もせず、一途に思い、見守り続けた朝市には「報われてほしい」と願う視聴者が続出し、スピンオフが作られるまでになった。

 ちなみに、窪田正孝自身、朝ドラでは『ゲゲゲの女房』(2010年)の村井茂のアシスタント役から、本作での幼なじみ役を経て、後に『エール』主演に抜擢される、朝ドラ界の出世魚なのだ。

 一見王道物語の中に、いくつもの光と影を内包し、チャレンジングな要素も豊富に盛り込みつつ、スピーディな展開で力強く見せた『花子とアン』。頭から終わりまで順番通りに観ても、部分部分をつまみ食いしても楽しめる構成となっているのも一つの特徴だろう。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■放送情報
『花子とアン』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜16:20〜16:50に1日2本ずつ放送
原案:村岡恵理『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』
脚本:中園ミホ
音楽:梶浦由記
主題歌:絢香『にじいろ』
語り:美輪明宏
出演:吉高由里子、山田望叶、伊原剛志、室井滋、鈴木亮平、窪田正孝、賀来賢人、黒木華、土屋太鳳、高梨臨、中島歩、町田啓太、松本明子、カンニング竹山、山田真歩、矢本悠馬、近藤春菜、トーディ・クラーク、筒井真理子、マキタスポーツ、中原丈雄、角替和枝、浅田美代子、ともさかりえ、藤本隆宏、吉田鋼太郎、石橋蓮司、仲間由紀恵ほか
写真提供=NHK