トムとジェリーは戦時中、現実世界にやってきていた アニメ×実写融合作品の歴史を紐解く
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アニメの世界で仲良く喧嘩していたトムとジェリーが、実写の世界にやってくる。映画『トムとジェリー』が3月19日に公開された。世界的人気キャラクターの最新映画、しかも初の実写との融合作品ということで、楽しみにしている人も多いと思う。しかし、本物と見紛うようなCGのピカチュウやパディントンが実際の俳優陣と共演することができるこの時代に、なぜ今回のように2Dのアニメキャラクターが実写の世界にやってくるのだろうか。そこには実写とアニメが融合した作品にしかない魅力があるに違いない。今回は、その秘密を探っていこう。
アニメ背景に実写キャラクターの作品と、実写背景にアニメキャラクターの作品
アニメと実写が融合した映画作品の歴史は意外に古く、その初期の作品のひとつには1945年のミュージカル映画『錨を上げて』がある。ジーン・ケリーとフランク・シナトラが共演した同作は、ほかにも指揮者でピアニストのホセ・イトゥルビが本人役で出演するなど、豪華絢爛な作品だ。そんな同作には、実はトムとジェリーも出演している。ケリー演じる水兵のジョーは、ふとしたきっかけで知り合った少年ドナルドに、あるお話をする。彼は動物たちの世界で歌と踊りを禁じた王様にダンスを教え、勲章をもらったという。その王様を演じたのが、ねずみのジェリーだ。ふたりのダンスは、見どころの多い同作のなかでも名シーンのひとつとして知られている。ジェリーのアニメらしい動きと、躍動感が持ち味のケリーのダンスが見事にマッチした楽しいシーンだ。動物たちの世界の背景はアニメに似せた実写のセットだが、現実とは違うファンタジーの世界観を演出している。
また、アニメと実写の融合シーンが有名な映画といえば、やはりディズニーの『メリー・ポピンズ』(1964年)だろう。スーパーナニーのメリー・ポピンズとバンクス家の子どもたち、そしてディック・ヴァン・ダイク演じるバートは、彼が描いた絵の中に入る。そこでアニメーションの背景やキャラクターたちとともに、歌ったり踊ったりするのだ。バートがペンギンたちとタップダンスを踊る「楽しい休日」や、同作を代表する名曲「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」は、当時すでに長編アニメーション映画で成功を収めてきたディズニーだからこそできた、陽気で心躍る映像が素晴らしい楽曲とともに頭に残る。
『メリー・ポピンズ』を観ると、アニメーションと実写が融合した初期の作品には、アニメーションやそれに似せた背景に実写の人物を映し出すというものが多いことに気づく。その映像は、登場人物たちが現実とは違う世界に入り込んだような、夢のある光景を映し出してくれる。アニメの世界に入ってみたいというのは、多くの人が子どものころに考えたことがあるのではないだろうか。これらの映画はそういった夢を叶えてくれるのだ。一方、『錨を上げて』はすでにこの時から、実写世界に2Dキャラクターを登場させた点で後期のことを考えると如何に画期的だったかが窺える。
さて、少し時代が下ると、今度は実写の世界にアニメーションのキャラクターが登場するように。1988年公開の『ロジャー・ラビット』は、アニメのキャラクターたちが実写の世界に、人間たちとともに住んでいるという設定だ。正確にはトゥーン・タウンというアニメキャラクターだけが住む町があり、彼らは人間たちが働くスタジオにやってきて映画やテレビの仕事をする。あるとき殺人の容疑をかけられたアニメキャラクター、ロジャー・ラビットは、人間の私立探偵エディとともに事件の真相を追う。
実写の世界で、たとえば驚いて目玉が飛び出したり、重いものの下敷きになって、身体がぺたんこになったりするアニメ的な動きを見るのは楽しい。同作は二転三転するサスペンスとして良くできたストーリー展開や、さまざまな映画へのオマージュで、大人の観客も満足させてくれる作品だ。さらにはディズニー、ワーナー、ユニバーサルなど、スタジオを越えて有名アニメキャラクターが大量にカメオ出演していることにも驚かされる。
1995年公開の『キャスパー』も、こうした実写主体の映像にアニメキャラクターが登場した名作だ。スクリーンを所狭しと飛び回るアニメーションのおばけたちは、やはりその特有の動きで観客に笑いを、クリスティーナ・リッチ演じる主人公の少女キャットとおばけの少年キャスパーの淡い恋は感動を届けた。実写の映像にアニメキャラクターを合成する作品が増えたのは、CG技術の進歩によるところが大きいのだろう。アニメーションのキャラクターにあわせて実写の小道具が動く映像などは、当時の観客を驚かせ楽しませた。
この流れのなかで、1996年の『スペース・ジャム』はアニメーション主体の作品として制作された。NBAを引退したマイケル・ジョーダンは、宇宙人に狙われたルーニー・トゥーンズたちを救うため、バッグス・バニーらとともにバスケの試合に挑むことになる。しかし世界的な人気スターと人気アニメキャラクターを絡めた同作の評価は芳しくなかった。本作のアニメ世界は、初期の実写とアニメーション融合作品のように、夢のある、そこに行きたいと思えるものではなかったのかもしれない。宇宙人に侵略され、バスケ勝負で勝たなければ遊園地の見世物にされてしまうという、崖っぷちの世界だった。
また、ルーニー・トゥーンズはロジャー・ラビットと同じく、実写の世界に出てきてもらうほうが向いているキャラクターたちのように思える。アニメならではの動きをする彼らを実写の背景で動かせばおもしろいものになっただろうが、『スペース・ジャム』のキャラクターたちは基本的にアニメの世界にいる。これまでにヒットした実写アニメ融合作品と、やっていることが真逆になってしまったのだ。2021年には続編『スペース・ジャム:ア・ニュー・レガシー(原題)』の公開が予定されており、同作ではこうした点が改善されていることを期待したい。
実写パートとアニメパートの入れ子構造
2007年の『魔法にかけられて』では、実写パートとアニメパートが入れ子構造になっている。アニメの世界に住むジゼルは、婚約者エドワード王子の継母に“永遠の幸せなど存在しない世界”、現代のニューヨークに追放されてしまう。ニューヨークにやってきたジゼルは実写となり、エイミー・アダムスが演じた。ディズニーのセルフパロディ満載の本作は、運命の相手との結婚が永遠の幸せだと信じ、気持ちが高ぶると歌い出すというジゼルの現実世界ではありえない行動が笑いを誘う。しかしそれだけでなく、実写の、現実の世界に来たことで、彼女は王子さまと結婚することが究極の幸せである“お姫さま”から、自分にとっての幸せは何かを考え、自分で行動する“現代の女性”へと成長していく。実写とアニメの融合作品では、その映像のミスマッチが魅力となるが、同作はキャラクターの考え方、価値観のミスマッチがストーリーのポイントとなった。またアニメの世界から実写の世界にやってくるというジゼルの物語は、『メリー・ポピンズ』でキャラクターたちがアニメの世界に入っていったのと逆の入れ子構造になっているのがおもしろい。
レゴのミニフィグたちの、はちゃめちゃな冒険が楽しい『LEGO(R)ムービー』(2014年)も、こうした入れ子構造の作品だ。終盤で明かされるレゴの世界と実写の世界の関係は、予想していなかったものだが納得感がある。こうした入れ子構造の作品は、2000年代以降によくみられるようになった。
映像のミックス感が楽しい実写アニメ融合作品
実写とアニメが融合した映画の大きな魅力のひとつは、やはりアニメキャラクターのかわいさだろう。またその歴史をみてみると、初期のものは『メリー・ポピンズ』をはじめ、ファンタジックなアニメーション背景に実写の俳優たちが登場するものがメインだった。80年代以降には、実写の世界にアニメキャラクターが登場し、アニメ特有の動きで観客を笑わせた。また映像技術の進歩により、アニメと実写の動きの境目に違和感がなくなる。そして2000年代以降にはメタ的な入れ子構造の作品が登場した。時代とともにその特徴は変わっていったものの、映像のミックス感と実写とアニメのスムーズな連携が見どころにである。
2021年公開の『トムとジェリー』もまた、実写と並んで違和感のない、最新のCGのキャラクターが登場する作品とは違った魅力を持つ。なぜ、技術の進んだ今彼らがふわふわのピカチュウのように実写化されなかったのか。それは1945年、すでにアニメーション世界の住民としてジーン・ケリーと共演した二人の歴史に敬意を表しているからかもしれない。そして今後も、こういったアニメと実写が同じ画面上に登場する作品は、作られ続けていくだろう。
■瀧川かおり
映画ライター。東京生まれの転勤族。幼少期から海外アニメ、海外ドラマ、映画に親しみ、思春期は演劇に捧げる。30歳手前でSEからライターに転身。
■公開情報
『トムとジェリー』
全国公開中
監督:ティム・ストーリー
出演:クロエ・グレース・モレッツ、マイケル・ペーニャ、ケン・チョン、コリン・ジョスト、ロブ・ディレイニー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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