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“現代的”なファミリー映画として成立した『トムとジェリー』 “破壊と再生”の仕掛けを読む

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リアルサウンド

 ウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラによる、劇場短編アニメーションとTVアニメーションシリーズとして、1940年の初公開以来、長年親しまれてきた『トムとジェリー』。ネコのトムとネズミのジェリーが追いかけっこを繰り広げる、あまりにも有名なスラップスティック・コメディーである。日本でもシリーズは何度も放送され、映像を見たことがないという人も、キャラクターグッズなどで目にしている場合が多いはずだ。

 そんな『トムとジェリー』が、約80年の歴史の中で、実写作品として初めて映画化されたのが本作だ。実写といっても、トムとジェリーをはじめとした動物のキャラクターは、実写の世界の中で平面的な2Dアニメーションとして表現される。

 このようなヴィジュアルによる映画は、これまでに『メリー・ポピンズ』(1964年)や、『ピートとドラゴン』(1977年)などのディズニーの実写作品で本格的に見られ、さらに派手な視覚効果を組み合わせた、ロバート・ゼメキスによる意欲的な『ロジャー・ラビット』(1988年)や、ワーナー・ブラザースの象徴ともいえるアニメーションシリーズ『ルーニー・テューンズ』のキャラクターたちとバスケットボール選手のマイケル・ジョーダンらが共演した『スペース・ジャム』(1996年)など、本作はこれら実写と2Dの魅力を同時に表現する作品の系譜に連なっている。

 だが近年、この種の映画はほとんど見られなくなってきている。なぜなら、実写とCG映像の合成が高いレベルで達成された『ジュラシック・パーク』(1993年)や、初のCGアニメーションによる劇場長編『トイ・ストーリー』(1995年)など、1990年代から、新たな合成技術が映像分野に革命を起こしていたからである。これ以降、より実写との共演が自然なかたちで見られる3DCGアニメーションの技術が急速に発達し、2Dアニメーションと実写を合成させる手法は、予算をかけた最前線の映画ではあまり見られなくなっていった。

 しかし、ここにきてなぜ、いまとなってはクラシカルといえる手法を選択しているのか。その理由は、大きく分けると二つあると思われる。一つは、『トムとジェリー』に長い歴史があるという点だ。多くの観客にとって生まれる以前から存在する偉大なアニメーションシリーズであり、手描きの絵で人々を魅了してきたトムとジェリーのキャラクターたちを、全く新しい方法で表現されれば、シリーズのファンであるほど違和感を覚えることになるだろう。

 1992年のアニメーション映画『トムとジェリーの大冒険』では、キャラクターをしゃべらせたことで、ファンの顰蹙を買ってしまったくらいなのである。同様に、『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』(2015年)では3DCGを採用しながらも、キャラクターの表情を2次元的に表現する手法を採用し、懐かしいテイストを維持する努力をしている。それならば、素直に2Dアニメーションを合成すればいいのではないかと考えるのは、自然なことかもしれない。

 すでに観客たちは、多くの大作映画によって3DCGの映像に慣れきっていて、もはやその技術に驚愕したり、そこに先進的なものを見出しにくくなってきている。今回の決断は、むしろ3DCG映像が発達したからこそ選ぶことができたといえる。

 そして、もう一つの理由は、もともとの『トムとジェリー』シリーズの作風が関係している。多くのエピソードの内容は、トムがジェリーを追いかけ回して、逆にひどい目に遭うというパターンが多いが、TV放送のシリーズが続くなかで、その描写がエスカレートしていった時期があるのだ。爆弾やダイナマイトの爆炎に巻き込まれたり、突発的な衝撃によって身体が変形したり切断されたりなど、ある意味で猟奇的ともいえる領域の表現に到達しているのである。この残酷性は、過激なTVアニメシリーズ『ザ・シンプソンズ』の作中に登場する暴力アニメ「イッチー&スクラッチー」としてパロディ化されている。

 ちなみに、このように暴力的な内容だったのは、『トムとジェリー』ばかりではない。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオによるミッキーマウスが登場する初期の短編や、ワーナーの『ルーニー・テューンズ』シリーズにおいても、この種のバイオレンスは見られ、いまではTV放送に耐えないものもある。とはいえ、はちゃめちゃぶりこそが、『トムとジェリー』の本質的な面白さでもあるのは確かなのだ。

 そんな表現が、少なくとも当時に成立し得たのは、あくまで可愛らしい絵柄の“カートゥーン”としてキャラクターが描かれていたからこそだ。洗練された軽やかなテイストの絵柄が、ときに暴力的だったり猟奇的になる演出を緩和し、ユーモアに転換する役割を担っていたのである。もしキャラクターを3DCGで表現し、リアリティを増してしまえば、それはあまりに生々しいものになってしまうだろう。

 さて、今回の実写映画版では、そんなトムとジェリーにはちゃめちゃな大暴れをしてもらうために、最も相応しい状況を用意する。それが、“歴史ある高級ホテルで行われるセレブリティの結婚式”という舞台設定だ。この結婚式には、新郎新婦はもちろん、両家の親族や友人たち、ホテルの経営者や従業員たち、そして報道陣を通して、世界中の関心が注がれているのである。この“絶対に暴れてはいけない”シチュエーションを前に、トムとジェリーは、われわれ観客の期待にしっかりと応えてくれる。

 基本的にはスラップスティックな追いかけっこ劇であるアニメーションシリーズは、そもそも長編映画には向いていない題材だといえよう。だが本作は、このような舞台設定に加え、ときに仲良くなるトムとジェリーのエピソードを利用することで、暴力による破壊と、再生への努力を長編のドラマとして成立させているのである。

 かつて、暴力的だと批判されたこともあるアニメーションシリーズで論点とされたのは、バイオレンスシーンのすぐ後で、怪我などを負ったキャラクターがすぐに元の状態に戻ってしまうという問題だった。もし現実と同じように、アニメのキャラクターに、全てのダメージが累積する描き方がされたとすれば、もはやトムやジェリーは粉末のような姿でしか登場できなくなるだろう。すぐに元の状態に戻ることができるからこそ、笑って楽しむこができるのである。

 しかし、原因と結果、行動にともなう責任を学ぶべき時期にある子どもにとって、そのような描写は好ましくないと考える保護者は少なくない。だからこそ本作は、結婚式や男女の愛情という修復の困難な要素に、原因と結果の問題を移すという方策をとっている。そこで破壊と再生の両面が存在するドラマを描くことで、シリーズにおける長所を伸ばし、短所を克服するものとなっているのだ。

 このような仕掛けによって、本作は多くの観客が楽しめる“現代的”なファミリー映画として成立しているのである。さらに、もともとアニメーションのキャラクターのような可愛らしさがある、クロエ・グレース・モレッツやマイケル・ペーニャをキャスティングしたり、おそらくは1945年に発表された、ジェリーが田舎からマンハッタンへ移り住もうとする名エピソード「Mouse in Manhattan」を基としただろう、大都市ニューヨークの文化や地理的な魅力を脚本に盛り込むなど、本作には他にも様々な仕掛けが用意されている。

 なかでも、ジェリーを捕まえるために用意したトムの複雑怪奇な罠を、見事なカメラワークでとらえたシーン、トムとジェリーたちがボカスカと戦い、砂埃が舞うマンガ的な表現が、実写のなかで凄まじい威力を発揮してしまうシーンは、実写とアニメーションが合成された作品だからこそ楽しめる、大きな見どころとなっている部分である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『トムとジェリー』
全国公開中
監督:ティム・ストーリー
出演:クロエ・グレース・モレッツ、マイケル・ペーニャ、ケン・チョン、コリン・ジョスト、ロブ・ディレイニー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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