11月に宝塚歌劇団を退団 新しい娘役像を生み出した愛希れいかの軌跡を辿る
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宝塚歌劇団月組トップ娘役の愛希れいか(まなきれいか)が、11月18日の東京宝塚劇場公演の千秋楽をもって退団する。独特の存在である男役スターにスポットが当たりがちな宝塚だが、その中で娘役でありながら男役と同等の存在感と人気を誇る愛希。彼女だからこそ生まれた、強さと純粋さを併せ持つ個性豊かな役の数々は、宝塚の新たな娘役像を作り出した。退団公演に選ばれた『エリザベート―愛と死の輪踊(ロンド)―』では、タイトルロールのエリザベートを演じる。いよいよ東京公演の幕が開くその前に、彼女の魅力を振り返りたい。
■個性の月組
現在の月組を言い表すとき、しばしば「個性の月組」という言葉が使われる。トップスターを務める珠城りょう(たまきりょう)は、“男役らしさ”が際立つ恵まれた体格を持ち、醸し出される包容力や、安定感のある歌声、ダイナミックなダンスから、天海祐希に次ぐスピードでトップ就任を果たした。2番手スターの美弥るりか(みやるりか)は、妖艶な美しさと繊細な技が光る演技力で、時に男役としての性別を超越し、幅広い役柄をこなす実力者。他にも、雪組のエッセンスを持ち、今作ではエリザベートの暗殺者ルキーニ役の怪演が評判になっている月城かなと(つきしろかなと)や、伸びやかな歌声と今回4度目の新人公演の主演で注目を浴びる暁千星(あかつきちせい)など多彩な人材がそろう。その中で、組全体の“個性”に最も大きく貢献してきた人物、それが、トップ娘役の愛希れいかではないだろうか。なぜ愛希が組に大きな影響を与える存在になったのか。その理由は、彼女がトップ娘役であること以上に、彼女の持つ「極め尽くされた個性」にあると考える。
■男役から娘役へ
彼女の個性を語る上で最初に触れておきたいのが、男役から娘役に転向した経歴である。彼女は元々娘役を志望していたが、身長が伸びすぎたために男役として入団した。しかし、入団3年目に周囲からの勧めで娘役へ転向。それから新人公演、宝塚バウホール公演で立て続けにヒロインを務め、転向後わずか1年足らずでトップ娘役に就任した。
今でこそ、その経歴を活かした芯のある凜とした女性役のイメージが強い愛希だが、元男役である自分の個性に悩んだ時期もあった。そんな愛希を側で支え育てたのが、当時トップスターであった龍真咲(りゅうまさき)だった。愛希は龍の事を「恩師」と慕い、『ロミオとジュリエット』(2012年)、『ベルサイユのばら』(2013年)、『風と共に去りぬ』(2014年)などの大作を成功させ、一歩ずつトップ娘役の貫禄を身につけていった。そして彼女自身もターニングポイントと語る『1789-バスティーユの恋人たち-』(2015年)では、主人公の敵であるマリー・アントワネット役を演じ、現在の愛希につながる「男役に従属するだけでない自立した娘役」の原型を見せた。
■新生月組で開花する個性の花
2016年に龍が退団し、トップに珠城を迎えた愛希は、“新生月組の支え”として存在感を増し、その個性の蕾を伸び伸びと開花させる季節を迎えた。珠城が94期生、愛希が95期生と学年の近い2人は、時に愛希の方が珠城をリードし展開の主導権を握るような、他の組にはない現代的な男女の物語を作り出すことを可能にした。そしてそのことは元男役であった彼女の経験を活かす手伝いとなり、彼女が「娘役」としてだけでなく「愛希れいか」として求められる機会が増えるようになった。
その象徴的な例が2017年の大劇場公演『All for One―ダルタニアンと太陽王―』だ。愛希は、男のふりをしてフランス国王ルイ14世として生きることを強いられた王女ルイーズを演じ、男役と女役を行き来するコミカルでチャーミングな演技で、観客を魅了した。演出・脚本を務めた小池修一郎氏は、この役を手塚治虫の『リボンの騎士』のオマージュだと語っており、1人1人の個性が存分に活かされた現在の月組にしかできない作品と、多くのファンを喜ばせた。
■三拍子揃った唯一無二の娘役
また、愛希は芝居、歌、ダンスが非常に高いレベルでそろう娘役で、特にダンスにおいては、世界的演出家トミー・チューンに「ブロードウェイでも活躍できる」と言わしめるほどだ。愛希のダンスは、公演の1つの魅せ場にもなり、最近では、斬新な演出で話題となったショー『BADDY~悪党(やつ)は月からやって来る~』で、愛希が大勢の娘役を引き連れ「怒りのダンス」を激しくパワフルに踊るシーンが印象的であった。
7月には、宝塚バウホールにて『愛聖女(サントダムール)-Sainte d’Amour-』を公演。娘役では異例の単独主演公演を果たし、宝塚の歴史にその名を刻んだ。
そんな極められた個性が光る彼女だが、忘れてはならないのは、娘役としての役割をきちんと果たしている点である。彼女が新たな娘役像を打ち出してきた事に対して、ファンは反感を覚えるどころか、広く受け入れ歓迎した。それは、彼女の相手役を第一に考える姿勢が一貫して変わらなかったからだろう。
■退団公演『エリザベート』
『エリザベート―愛と死の輪踊(ロンド)―』は、『ベルサイユのばら』『風と共に去りぬ』に並ぶ宝塚3大作品の1つ。1996年に雪組で初演されてから今回で10回目の再演となり、上演回数は1,000回を超え、先月20日には観客動員数250万人を突破した。
愛希が演じるエリザベートは、19世紀を生きたオーストリア=ハンガリー帝国の皇后。1人の女性の少女時代から晩年までを演じなくてはならない難しい演目だが、これまで幅広い役柄を演じてきた愛希の集大成に最も相応しい作品と言える。難易度の高い楽曲も、制作発表会、宝塚大劇場初日、そして千秋楽と、どんどんと精度が上がってきていることが公式の映像を見るだけでも感じられ、東京公演の大千秋楽に向けてさらに磨きをかけてくることは間違いない。本編の後にある、珠城との“最後のデュエットダンス”も必見だ。千秋楽まで、月組生全員がそろい、笑顔で退団を迎えられることを願うばかりである。
■今後の活躍への期待
男役優位の宝塚の世界で、娘役としての本来の役割を果たしつつも、舞台を愛し、「舞台人・愛希れいか」として輝きを放ち続けてきた愛希。彼女の姿は、個性を活かし極め続ける事でどんな場でも活躍できるという希望の道しるべとなり、娘役の新たな可能性を開いた。そしてスポットライトを浴び、大きな羽を背負いながらもなお、謙虚に高みを目指す姿は、観客に勇気と感動をもたらしてくれた。それは、彼女のタカラジェンヌという今の肩書きが無くなっても、きっと変わることはないだろう。彼女が退団後どのような活躍を見せてくれるのか、まずは来る東京公演を楽しみにしつつ、今後の彼女に期待を込める。(大塚美穂)
参考文献
【書籍】
・『歌劇』2016年8月号 宝塚クリエイティブアーツ
・『歌劇』2017年9月号 宝塚クリエイティブアーツ
・春原弥生『宝塚語辞典』(2017)誠文堂新光社
・薮下哲司、鶴岡英理子編著『宝塚イズム37:特集 愛希れいかのさよならを惜しむ』(2018)青弓社
・東京宝塚劇場 月組公演パンフレット「『カンパニー-努力、情熱、そして仲間たち-』、『BADDY-悪党(ヤツ)は月からやって来る-』」(2018)
【WEB】
・愛希れいか 宝塚歌劇公式サイト
・制作発表会パフォーマンス(ノーカット)
・月組公演『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-』初日舞台映像(ロング)
・「月組トップ娘役・愛希れいか 退団記者会見」宝塚歌劇公式サイト
・「月組トップ娘役の愛希れいか『世界目指す』退団会見」日刊スポーツ
・「月組娘役トップ・愛希れいか、姉のように慕った珠城りょうを『最後まで支えたい』退団会見詳報」産経WEST