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スカート 澤部渡、“変わらないこと”でポップミュージックに注ぐ熱意「楽しみ方の提案はしたい」

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 澤部渡は変わることなく悩める青年だった。自分が置かれた状況を客観視しようと努めながら、アイロニーとユーモアを交えて語る彼の姿は、7年前に出会った頃と変わらない。ただ、2016年に澤部渡がスピッツのサポートミュージシャンとして『ミュージックステーション』に出演して注目を集めたり、2017年にメジャーデビューアルバム『20/20』をリリースしたりと、環境が変わっただけなのかもしれない。

 しかし、ポップマエストロとしての澤部渡は確実に進化している。そう感じさせられるのが、澤部渡のソロプロジェクトであるスカートのメジャー1stシングル『遠い春』だ。タイトル曲は意外にもミディアムナンバーだが、「これがスカートだ」と納得させられる美しい楽曲でもある。

 約1年ぶりのCDリリースというペースながら、確実に歩みを進めている澤部渡に話を聞いた。(宗像明将)

(関連:スカート澤部渡が語る、メジャーデビューまでの音楽史「同じようにやり続けられるのは価値がある」

■スカートが描く“窓”が表すもの

ーーこの間、澤部渡さんのはてなダイアリーが更新されて読んだら、高校生のカップルを見て「続けていればいつかはあの完璧なふたりのセックスのBGMになれるかもしれない」と書いていて、この人はメジャーまで行って何を書いているんだと思ったんですよ(笑)。

澤部:本当に完璧なカップルだったんですよ、もう絵にも描けない最高の美男美女。車を運転しながら「彼らの人生に僕は交われないんだ……」と思っちゃって。でも、「私はミュージシャンじゃないか!」と気づいたんですよね。

ーーはてなダイアリーのノリが、2011年に初めてスカートを見た頃と変わらないんですよね。2017年に『20/20』でメジャーデビューした後のシーンからの反響はどう受け止めましたか?

澤部:いまだに「誰が聴いてるんだろう?」と思ってます。正直わかんないです。

ーー今回の『遠い春』はメジャーでの1stシングルということでプレッシャーはなかったでしょうか?

澤部:最初はめちゃくちゃありました。「みんなが望むメジャー1stシングルなんて書けない」ってちょっと弱気になっちゃってました。

ーー派手な楽曲を書かなきゃいけないとか?

澤部:そういう気持ちの時期もありましたしね。「なんかできるだろ」と思ってたんですけど、制作の都合もあってなかなか作れなかったんです。

ーー「遠い春」はせつないミディアムナンバーです。映画『高崎グラフィティ。』の主題歌として、映画にかなりインスパイアされたものだと思いますが、スカートの楽曲としても聴ける独立性もあります。

澤部:映画を見て、パラレルワールドを作ってみたくなったんです。映画も春の話なんですよ。その春をどう過ごすのかという目線で、映画に刺激を受けて作ってみました。

ーー「遠い春」はとても美しいメロディです。新曲に対して自身でOKを出す基準はどこにあるのでしょうか?

澤部:けっこうなんでもリリースしちゃうんですけど、自分でも単純にいい曲だなと思えるかどうかですかね。「ここがいい、ここもいい!」みたいな感じになっちゃうんですよ、自分でやっていると。

ーーコード進行にはこだわっていますか?

澤部:めちゃくちゃこだわってます。あまりやってこなかった転調とか、イントロのコード進行が大サビにも来てるとか。そういう気持ち良さは追求してるつもりです。でも、広い目線で見たら意外とオーセンティックなのかもしれないとは思います。全体感で何か妙なものが沸きたつといいなという気持ちでやっていました。

ーー妙なものが沸きたつ?

澤部:何か言葉では言い表せない感情みたいな情景が描けたらいいなと思ってて。

ーー映画に対してオルタナティブな世界を作りたかったという意味では正しかった気がします。

澤部:ありがとうございます、嬉しいです。わりとずっとそういう気持ちで曲は書いてるんですよ。なにか風景とか、描写とかをイメージしつつ。

ーー澤部渡さんの楽曲は、主人公が窓辺にいることが多い印象があります。

澤部:窓は「隔たり」ですから。歌詞に橋が多いのも「隔たり」だと思いますよ。「向こう」と「こちら」っていう意味ですからね。スカートのテーマのひとつだと思います。

ーーそういうテーマを持っているアーティストって、J-POPの中で珍しいのでは?

澤部:売れてないからできることですからね。そういう意味で「誰が聴いてるんだ」っていう感覚なのかもしれませんね。

ーーたとえばTikTokでスカートが使われていて、「ここに刺さってる」とターゲットがわかったほうが楽なのでしょうか?

澤部:売るほうは楽でしょう。今はどこに網を投げていいのかわかんないですもんね。でも、網を投げたら確実に何かは引っかかってるのがスカートの不思議なところだと思います。

■ポップは短くあるべき

ーーカップリング曲についても教えてください。「いるのにいない」のスウィング感はとてもスカートらしいと感じました。

澤部:スウィングが好きなんです。「スウィングで悲しい曲が書けたらいいな」と思ってたんですよね。だから「この曲の歌詞はズブズブに悲しくするぞ」って決めて。

ーー〈悲しい物語に 栞も挟めず 〉って歌詞にも出てきますもんね。

澤部:「溺死」ってWikipediaで調べましたからね。

ーー溺死まで調べるモチベーションはどこから生まれてきたのでしょうか?

澤部:yes, mama ok?とボリス・ヴィアンの影響です。yes, mama ok?に「最終定理 -post modern living-」っていう曲があって、〈言いあぐんだ答えは深く肺に巣くうだろう〉って歌詞があるんです。その歌詞がすごく好きだと高校生の頃に金剛地(武志)さんに話したら、ボリス・ヴィアンの『うたかたの日々(日々の泡)』っていう小説に、ヒロインの女の子の肺に花が咲いてしまうという話があって、肺を病む、とかそういうモチーフが好きなんだって話をされたんです。

ーーメジャー1stシングルに悲しい歌を入れることにはためらいはなく?

澤部:まったくないですね。

ーー「返信」はインディーズ時代からのライブの定番曲です。「ストーリー」(2011年)や「ひみつ」(2013年)にも収録されてきました。今回のベースは岩崎なおみさんでしょうか?

澤部:岩崎なおみさんです。最近コーラスが入る曲が増えたから、女性のベーシストが欲しかったんです。

ーーそれにしても「返信」は3回目のレコーディングですね。

澤部:スカートの昔の曲って録音が良くないし、歌も荒いじゃないですか。あれはあれで正解だし誇らしく思っているんですけど、せっかく今のいい状況があって、当時の曲をもっといい形で残せるんだったら、録り直してもいいだろうと。それでシマダボーイのパーカッションがいきる曲にしたんですよね。今後もシングルのカップリングで昔の曲を録っていくつもりなんですよ。

ーー今回の「返信」は、終盤がシマダボーイさんの独壇場ですね。

澤部:最高ですよね。ちゃんと曲から汲みとってくれるし、演奏で対話ができるんですごくありがたいです。

ーー『20/20』がミニマムなバンドサウンドで構成されていたぶん、「忘却のサチコ」にブラスセクションが入っていることには驚きました。ホーンアレンジは在日ファンクの村上基さん、さらに演奏にはジェントル久保田さんと橋本剛秀さんも迎えています。

澤部:「忘却のサチコ」の監督から、ホーンを入れて華やかな曲にしてほしいというリクエストがあったんですよ。「じゃあうちの事務所(カクバリズム)にいい人たちがいるじゃないですか」っていうすごく自然な流れでした。最初は優介(佐藤優介。スカートのキーボード)に任せることもできたんですけど、今回は「餅は餅屋だな」と思って基さんにお願いしました。

ーーテレビ東京系ドラマ『忘却のサチコ』のオープニングテーマですが、タイアップのために書き下ろして、曲名も同じというのはスカートの活動ではこれまでなかった気がします。

澤部:柳ジョージの「祭ばやしが聞こえるのテーマ」(1977年ドラマ『祭ばやしが聞こえる』テーマソング)みたいなかっこよさもあるじゃないですか。そういうクライアントワークスは伝統だし宿命だし。でも、ここまで作品自体に寄ったのは初めてかもしれないですね。

ーーしかも3分もないのがまたいいなと思いました。

澤部:古いアニメのオープニングとかって例外はあるにせよ根本的にはシンプルな構成だな、と。だから今回は絶対3分以下にしようって思いました。

ーー再生した瞬間に終わりますからね。

澤部:スカートってだいたいそうじゃないですか。

ーー『20/20』って36分でしたよね。ブルーノ・マーズかスカートかっていうぐらいの短さですよ。

澤部:絶対短いほうがいいですよ。ポップは短くあるべきだと、僕は様々な先輩たちから教わった。

ーーブラスセクションを入れてブラックミュージックのテイストを濃くしたいと考えたところもあるでしょうか?

澤部:むしろホワイトだったなぁ。スウィングジャズなんで、ブラックじゃないとは思ってましたね。スウィングなので「『いるのにいない』とキャラクターがかぶっちゃったよ!」って思ってたけど、ホーンが入ったら気にならなくなりました。これもすごくギリギリな制作進行で作った曲ですね。

ーーポップミュージックにとって、ギリギリの進行って重要ですよね。そこでいいものが生まれることもある。

澤部:僕は「やっとメジャーっぽくなってきた!」って(笑)。これを録ったの、9月ですよ。

ーータイアップが決まったのが8月だそうですが、レコーディングしたのが9月で、今夜(取材日は2018年10月12日)の深夜から放送。すごいスピード感ですね。

澤部:『RISING SUN ROCK FESTIVAL』で北海道に行って、観光もライブもそこそこに部屋で曲を書いてましたもん。

ーーそういうところがメジャーっぽくなってきたと?

澤部:ちょっと嬉しいと思いましたね。真心ブラザーズの「サマーヌード」はレコーディングまで2週間しかない状況で作った、とか、数々の逸話も知ってて憧れてたので。

■今も新しいものを作ってるつもりは一切ない

ーー初回限定盤のDVDに収録される、2018年3月10日のライブの動画も公開されました。今後もストリングスを投入したいでしょうか?

澤部:でも、今はもう生楽器をたくさん増やしたからといって派手になる感じじゃない気もするんですよね。世の中が求める派手さは、機械でやったほうが絶対いいっていうのはここ10年、20年でわかったことじゃないですか。

ーーバンドでフィジカルにやるとしたら、派手じゃないものにしたほうがいい?

澤部:これまた難しいんですけどね。人間がいてその音が出てるほうが、僕は派手だしリッチだと思うんで。

ーー『20/20』って、メジャー1stアルバムなのにミニマムなバンドサウンドだったのでびっくりしたんですよね。

澤部:地味でしょ?

ーーそういう傾向は次のシングルにもつながっていく?

澤部:そうですね。『20/20』は自然と外に開くムードがあったんですけど、今は少し内向きになっている気がしていて。『20/20』で得た感触は絶対に必要なものなので、「開きながらも内に向くことはできないか」っていうのが今の課題のひとつなんですよ。

ーー開きながらも内に向く?

澤部:やっぱり暗い音楽が好きだってことじゃないですかね。暗くて悲しい音楽が好きってわけでもないんですけど、手触りとしての話ですね。

ーー澤部渡さんは、お母さんの影響でXTCを聴きはじめて、ムーンライダーズも好きなわけですが、目指すアーティスト像はあるでしょうか?

澤部:難しいこと言いますね。自分が目指してるところが見えてたらもっと楽なんだろうなとは思うんですよ。とにかく続けたいという気持ちはあります。60歳になってもアルバムを出せてたら一番いいよなぁ。

ーー澤部渡さんはかつて「自分の音楽は新しいことをしているわけではないので言語化してくれることに感謝している」という主旨のことを何度も発言していました。メジャーへと進んだ今も感覚は変わりませんか?

澤部:今も新しいものを作ってるつもりは一切ありません。ただ、これはある種の逆説でもあって。僕の大好きな偉大なる先輩たちは、そのときそのときの新しいことを常にやってきた人たちなんですね。僕はその先輩たちと同じ道を行くわけにはいかないんですよ。だから、誤解を恐れずに言うならば先輩たちと同じ道を辿らずに、いかに不運で不幸でドス黒いポップミュージックを作るかを考えてます。

ーー同じ轍を踏むわけにはいかないと。

澤部:常に新しいことを求めてきた先輩たちと同じように、新しいことをやり続けるのは自然なことだと思うんです。そうじゃない方法で私が何かをやらないといけないとなったとき、先輩たちがあまりやっていないことのひとつに「作風をあまり変えない」っていうのがあったんです。

ーーそれも勇気のいる選択ですよね。

澤部:前からそういうふうに考えてたんですよ。器用なミュージシャンじゃないことの言い訳だとも思うんですけどね。もしかしたら次のアルバムで急にミュンヘンディスコとかやるかもしれないですけど(笑)。

ーー澤部渡さんは、音楽マニアがやりがちな露骨な引用をまったくやらないですよね。

澤部:それも先輩たちの背中を見てのことです。でも、たまに出ちゃうんですけどね。

ーーあえて自分に枷をかけるのは、先に進もうという意志の表れですよね。

澤部:ですねぇ。

ーーメジャーで売れたいという気持ちはあるんですよね?

澤部:もちろんですよ。せっかくやってるんだから売れたいって気持ちになってきたんですけど、このまま売れたら一番いいじゃないですか。本当に最低なこと言ってますけど。「部屋で寝てるうちに5億円降ってこねーかな」みたいな(笑)。

ーースカートはサブスクリプションサービスで配信していないので、CDやダウンロードのような購入ベースということになりますね。

澤部:今サブスクに本当に感情がぐちゃぐちゃにされてるんです。どう自分が対応していくべきかをこの1年ずっと悩んでました。でも、せっかくパッケージっていうものを手に入れて100年以上経つわけじゃないですか。それがまた形を失くすことに抵抗があるんですよ。

ーーかつては楽譜だった音楽が録音芸術になり、フィジカルメディアになったものの、また形のないものに戻ってしまう。

澤部:本来は進化だし、ポップスのあるべき姿だと思うんですよ。でも、メリットもデメリットもありすぎるっていう状況で、この1年でそれが精査されたかというと意外とされてないんですよね。「もういいんじゃないの?」って気もするんですけど、そうなると自分が今までやってきたことや、自分が今後やっていくことはどうなっちまうんだっていう。

ーーそうなると、まだCDで売れるのが理想だと。

澤部:幻想にとらわれてますね、正直。たぶん結果的にはサブスクにも出すことにはなると思うんですよ、近い将来。でも、基本的には自分はやりたくないんです。音楽だけじゃ弱いですから。僕のビジュアルが良かったら別ですけど……いや、僕のビジュアルはすごくいいですよ!? でも、たとえばテレビ映えする甘い顔とかじゃないし、そこは補填できないし。〈読み捨てられる 雑誌のように〉なんて歌詞もありますけど(松本伊代「センチメンタル・ジャーニー」)、本当にそういうものになっちゃうんじゃないかなって。

ーーそういう危機感もあると。

澤部:沈みゆく船に乗り続ける覚悟をするか、新しいノアの方舟に乗るべきかどうか。そのどちらから「ボン・ヴォヤージュ!」と言うべきかみたいなね。

ーーその迷いを背負っているのがこの『遠い春』であると。

澤部:そうです。『20/20』もそうなんですけど。

ーーCDドライブが無い環境の人も多いですもんね。

澤部:そうと思うとつらくてさー。この間、若い子に「どうやって音楽聴くの?」って聞いたんですよ。そしたら、何の悪気もなく違法アプリで聴いてるんですよね。それを見たときに「はぁ~」ってマジで落ちこんじゃって。「音楽にお金を払うことの意味って自分はどうだったんだろう?」ってところまで戻るんですよ。それを下の世代に強制したくないけれど、そういう楽しみ方があるっていう提案はしたい。「パッケージに力を入れてきたのが自分たちだ」っていう自負もあるんです。『遠い春』のパッケージも、取って代われないものなんです。……いつもしてる話になってきましたね。もしかしたらスッとサブスクで出てるかもしれないですけど(笑)。