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篠田正浩監督×坂東玉三郎主演『夜叉ケ池』配信開始記念
特集
松竹ヌーヴェル・ヴァーグが輩出した監督たち

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2021年7月のカンヌ国際映画祭のクラシック部門(カンヌクラシックス)で上映され、さらに7月には4Kデジタルリマスター版で42年ぶりのリバイバル公開&ブルーレイ発売されるなど、多くの話題を呼んだ篠田正浩監督の1979年の意欲作『夜叉ヶ池』。篠田監督の“生誕90年”を記念したこの一連の動きを締めくくるべく、同作のデジタル配信もスタートした。

篠田正浩監督といえば日本映画界が誇るレジェンド級の名監督だが、特に、大島渚、吉田喜重と共に“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”の旗手として並び称される。この3人が世に放った名作の数々は、『夜叉ヶ池』に先駆けてすでに各サービスでデジタル配信中だ。本特集では、その中でも特にお薦めしたい作品を9作品ピックアップしてご紹介。ぜひこの機会に、時代を変えた名作の数々に配信で触れてみてほしい。

日本映画界にも押し寄せた“新しい波”
“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”とは?

『大人は判ってくれない』(1959)のフランソワ・トリュフォーと『勝手にしやがれ』(1960)のジャン=リュック・ゴダールの出現は世界的に計り知れない影響をおよぼし、彼らの抬頭は“ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)”と命名された。手持ちカメラでの街頭撮影、即興演出、隠し撮り、クローズアップ、カット繋ぎなどの斬新な手法は新たな映画文法として世界中に伝播、その波は日本にも押し寄せた。

それと軌を一にして、大島渚、篠田正浩、吉田喜重という新人監督が松竹に出現した。1960年、日本国内は安保闘争で大揺れに揺れていた時代だった。後に直木賞作家になった長部日出雄は彼らを、“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”と命名した。以後、その3監督と協働者を“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ派”、そこから派生した作品は“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ映画”と呼称されるようになる。

しかし、トリュフォーやゴダールの抬頭が映画雑誌“カイエ・デュ・シネマ”を基盤にした一種の映画運動体だったのに対して、“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ派”の3人は、「個人と個人の関係であって私と篠田氏とは喋ったことはない。大島氏と篠田氏でも喋ったことがない。少なくとも映画のことに関しては話したことがないですね」(吉田喜重)というように、“派”を形成するような連帯はなく、松竹という映画会社の製作方針から生まれた“作品群”に過ぎなかった。

松竹ヌーヴェル・ヴァーグが輩出した監督①
篠田正浩

篠田正浩監督×坂東玉三郎主演の不朽の名作
『夜叉ヶ池』(1979)

『河原者ノススメ 死穢と修羅の記憶』『卑弥呼、衆を惑わす』の著書を持ち、日本の古典芸能にもっとも精通している映画監督である篠田正浩が、近松門左衛門の『心中天網島』に続いて挑んだのが、幻想文学の礎を築いた泉鏡花の『夜叉ヶ池』の映画化だ。

歌舞伎界を越えて日本の演劇界の至宝ともいえる坂東玉三郎が、ヒロインの竜神・白雪姫と百合のふた役を演じたことが大きな話題になった。映画ならではの洪水の大スペクタクル、艶やかな妖精と人間の情交、異界のざわめきなど、篠田の大胆かつきめ細やかな演出と玉三郎の魔性の姫に変化する〈女形〉の演技とが見事にマッチ、“完璧な泉鏡花の映像世界”が生まれた。それが今、デジタルリマスター版で観られることを喜びたい。

【DATA】
監督:篠田正浩
出演:坂東玉三郎/加藤剛/山﨑努/丹阿弥谷津子

©1979/2021 松竹株式会社

Column
篠田正浩監督が語る『夜叉ヶ池』

「玉三郎さんは撮影当時29歳。三島由紀夫に“百年にひとり出るかどうかの天才女形”と言わしめた人ですから、こちらも緊張感をもって挑みました。その甲斐あって彼の演技は国内外で大評判になりました。

『夜叉ヶ池』の舞台は大正3年と規定されているけど、“現代”の視点で宇宙の神秘を解明しようとした戯曲だから、これは現代音楽しかないと思いました。シンセサイザーというのは“合成する”という意味で、冨田勲はコツコツと音楽のコードを合わせて合成していく。音を重ねてハーモニーを作って、ムソルグスキー『展覧会の絵』、ドビュッシー『沈める寺院』をシンセサイズした。それが本作を数ある鏡花原作映画の中で唯一の“鏡花映画”たらしめていると思う。

『夜叉ヶ池』の特撮もアメリカでは非常に高く評価されたんだけれども、日本の映画ジャーナリズムがレポートしなかったので、矢島信男はそれを知らずに死んでしまった。50トンもの水をセットに流し込んだ洪水のスペクタキュラ―は矢島だからできたシーンです」

(※2021年7月6日ぴあアプリ&Web掲載のインタビュー記事より抜粋)

無名時代の寺山修司が脚色! テロリズムに傾斜する青年を描いたヒット作
『乾いた湖』(1960)

松竹ヌーヴェル・ヴァーグは1960年6月公開の大島渚監督作品『青春残酷物語』が嚆矢とされているが、その3カ月後の8月に公開されたのが篠田正浩監督の『乾いた湖』だ。

安保闘争真っ只中の政治の季節を背景に、権力闘争に反抗的な主人公の学生卓也(三上真一郎)らの虚無感に斬り込んでいくシャープな演出は、新人監督らしい瑞々しさが感じられる。

卓也の部屋の壁に貼られたムッソリーニやヒットラーのポスターには、デモで政治を変えられると信じている“愚民大衆”への、監督・篠田正浩の敵愾心がにじみ出ているように思える。

【DATA】
監督:篠田正浩
出演:三上真一郎/炎加世子/山下洵一郎/高千穂ひづる
©1960 松竹株式会社

スコセッシからも賞賛の声! 東映任侠映画の導火線ともいうべき傑作
『乾いた花』(1964)

今春の『夜叉ヶ池』パブリシティの際に開示されたマーティン・スコセッシの手紙には、作品賛歌と篠田正浩との友情の絆が綴られていて感動的だった。その際、篠田は「スコセッシは『乾いた花』のフィルムを松竹から購入。優に30回は観ている」と語った。

「30回観ている」かどうかの真偽はおくとして、無常に生きる中年ヤクザと絶望を抱える若い娘の“純愛”を描いた本作を、篠田のベスト作品と推すファンは多い。コントラストを活かしたモノクロのシャープな映像、退廃的な賭場のリアリズム、中年ヤクザの孤独を見事に体現した池部良、妖精のように美しい加賀まりこ、武満徹のジャジーな音楽などなど、何回観ても観飽きることがない傑作だ。本作が“東映任侠映画”の導火線になった、という映画史的現実も興味深い。

【DATA】
監督:篠田正浩
出演:池部良/藤木孝/東野英治郎/加賀まりこ
©1964 松竹株式会社

松竹ヌーヴェル・ヴァーグが輩出した監督②
大島渚

“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”という言葉が生まれるきっかけとなった大ヒット作
『青春残酷物語』(1960)

本作の予告編には、「日本のヌーヴェルヴァーグ大島渚が怒りをこめてたたきつける!!」というコピーが躍動している。ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』が公開された1960年3月から、わずか3カ月後の6月のこと。映画は大ヒットし、“日本のゴダール”として売り出された大島は一躍、日本映画の旗手として脚光を浴びることになる。

ニヒルな大学生(川津祐介)とその恋人真琴(桑野みゆき)が美人局を仕組んで、裕福そうな中年たちから金を巻きあげる。そんなふたりの腐った大人たちと社会への激しい怒りの行動が、やがて破滅へと突き進ませる。

サクサクと林檎をまるごとかじり尽くす川津祐介のショットは、怒れる若者の苦悩と恍惚ふたつを合わせて象徴していて忘れ難い。大島の造形力がいかんなく発揮されている映画史的名シーンだ。

【DATA】
監督:大島渚
出演:桑野みゆき/川津祐介/久我美子/渡辺文雄/田中晋二/森川信/佐藤慶
©1960/2014 松竹株式会社

大阪のドヤ街で生きる最極貧の人間たちをドキュメンタリータッチで描く
『太陽の墓場』(1960)

『青春残酷物語』の大ヒットを受けて、約2カ月で製作された釜ヶ崎のドヤ街を舞台にした群衆劇。ドヤ街とは、日雇い労働者相手の簡易宿泊所が立ち並ぶ街のこと。東京の“山谷”、大阪の“西成(釜ヶ崎)”、横浜の“寿町”が日本3大ドヤ街と言われている。

労働者の血を売る連中や愚連隊一派、あやしげな医者にニセの戸籍を売買する男、国粋主義の動乱屋、売春婦など、最底辺の貧しい街でしぶとく生きる最極貧の人間たちが、獣のような生存競争を展開するその凄まじさ。

川津祐介とともに“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”のシンボル的存在だった津川雅彦とスキャンダル女優として知られた炎加代子が繰り広げる闘いは、社会の既成概念に立ち向かう大島の暗闘でもある。

一触即発のドヤ街をドキュメンタリーの手法で描ききった川又昂の撮影が素晴らしい効果をあげている。

【DATA】
監督:大島渚
出演:津川雅彦/炎加世子/佐々木功/川津祐介/伴淳三郎/渡辺文雄/小沢栄太郎
©1960 松竹株式会社

異色のキャスト&スタッフが揃ったセンセーショナルな時代劇
『御法度』(1999)

1996年に脳出血に倒れた大島渚が1999年に奇跡的な復活を遂げて手がけたのは、司馬遼太郎の『新選組血風録』所収『前髪の惚三郎』『三条磧乱刃』の2話を基にした時代劇だった。音楽は『戦場のメリークリスマス』の坂本龍一、衣装は先日逝去したワダエミが担当。土方歳三にビートたけしが扮していることで大きな話題となった。

新選組に美少年の剣士(松田龍平)が入隊したことで、鉄の規律でまとまっていた組織が動揺するという異色の物語。美少年隊士をめぐる隊士たちの嫉妬や敵対心が主たるテーマとなっているところが、今までのよくある“新選組もの”とは基本的に違う大島作品だ。

脳出血で死線をさまよった大島の映画への執念が横溢する復帰作となった本作は、内外で高く評価されフランス芸術文化勲章を受章された(2001年)。しかしその後の懸命のリハビリ治療もかなわず、2013年に逝去。『御法度』は異能の映画監督・大島渚の遺作となった。

【DATA】
監督:大島渚
出演ビートたけし/松田龍平/武田真治/浅野忠信/崔 洋一/的場浩司/トミーズ雅/伊武雅刀/神田うの/吉行和子/田口トモロヲ/桂 ざこば/坂上二郎
©1999 松竹/角川書店/IMAGICA/BS朝日/衛星劇場

※「渚」は右下の部首「日」の右上に「ヽ」 

松竹ヌーヴェル・ヴァーグが輩出した監督③
吉田喜重

曰く付きのラストシーンも話題に! 吉田喜重監督デビュー作
『ろくでなし』(1960)

“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”3監督の中で、最も知的な作品が多い吉田喜重の監督デビュー作。

「ロクデナシ」「サイテー」「バカ」……ヒロイン郁子(高千穂ひづる)から散々蔑まれる不良大学生の北島淳(津川雅彦)が、仲間内のトラブルから拳銃で撃たれる。傷口を押さえてオフィス街をよろけ歩くラストシーンは、ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』のそれに酷似している点が話題になった。『勝手にしやがれ』が公開されたのが1960年3月、『ろくでなし』が同年7月6日だから、剽窃、パクリだと思われたのだ。

しかし吉田によれば、「ゴダールの映画は(撮影が)終わってから観た。もしあれを観ていたら僕はもっとうまく撮っていただろうと思いますが」(キネマ旬報社刊『世界の映画作家⓾吉田喜重』)。改革の嵐が吹き荒れた1960年という時代は、どの国のアーティストも共通するテーマを抱えていたということだろうか。

【DATA】
監督:吉田喜重
出演:津川雅彦 / 高千穂ひづる / 川津祐介 / 山下洵一郎 / 安井昌二
©1960 松竹株式会社

小説『赤と黒』をモチーフに出世欲むきだしの青年を描いた野心作
『甘い夜の果て』(1961)

吉田喜重の監督3作目。当時、『日本の夜と霧』上映打ち切り問題がこじれて大島渚が松竹を退社。“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”の進路は大揺れに揺れていた。企画のチェックにもそれまで以上に厳しい検閲が入り、新人監督・吉田の前途に暗雲が垂れこめる。

そんな状況下で吉田が提出した企画は、スタンダールの『赤と黒』を下敷きにした野心的な青年の上昇願望をテーマにした青春映画、日本版ジュリアン・ソレル物語だった。主人公のソレル=手塚二郎には、『ろくでなし』と同じく津川雅彦が扮している。

中部地方の新興工業都市Y。デパートに勤めている二郎の口ぐせは、「出世がしたい。金がほしい」。そのためにドライブインの娘をバーに紹介したり、そのバーのマダム(瑳峨美智子)に接近したりするのだが……。ジュリアン・ソレルの悲劇が二郎にもおとずれる。

【DATA】
監督:吉田喜重
出演:津川雅彦 / 山上輝世 / 瑳峨三智子 / 滝沢修 / 杉田弘子
©1961 松竹株式会社

のちに吉田監督の妻となる女優・岡田茉莉子自らが主演&プロデュース
『秋津温泉』(1962)

松竹の看板女優だった岡田茉莉子自らが、自身の“映画出演100本記念作品”としてプロデュースした『秋津温泉』。彼女は生涯の伴侶となる吉田喜重(翌1963年に結婚)を監督に指名する。原作は藤原審爾の若き日の自己を投影した瑞々しい自伝的恋愛小説だが、岡田は俗臭を排した美しくも厳しいメロドラマとして昇華させた。

空襲で焼け落ちた故郷岡山の街。河本周作(長門)は重い結核に冒されていたが、療養していた秋津温泉の旅館の娘新子(岡田)の献身的な看護で一命を取りとめる。いつしかお互いに惹かれあうふたりだが、周作の投げやりな生き方が新子を苦しめる。出会いから数十年、新子は自分の人生を翻弄し続けた男への絶望から、ある決断を下す。 

私生活と監督キャリアに欠かすことができない吉田の、そして女優・妻としての岡田茉莉子にとっても同様の、生涯のベスト作品だ。

【DATA】
監督:吉田喜重
出演:岡田茉莉子/長門裕之/芳村真理/清川虹子/日高澄子/殿山泰司/宇野重吉/神山 繁/小池朝雄/東野英治郎/吉川満子/山村 聡
©1962 松竹株式会社

TEXT:植草信和