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ぴあ 総合TOP > ミュージカルの話をしよう 第17回 土居裕子、喜怒哀楽の“中間”を表せるのがオリジナルミュージカルの面白さ(後編)

ミュージカルの話をしよう 第17回 土居裕子、喜怒哀楽の“中間”を表せるのがオリジナルミュージカルの面白さ(後編)

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土居裕子

生きるための闘いから、1人の人物の生涯、燃えるような恋、時を止めてしまうほどの喪失、日常の風景まで、さまざまなストーリーをドラマチックな楽曲が押し上げ、観る者の心を劇世界へと運んでくれるミュージカル。その尽きない魅力を、作り手となるアーティストやクリエイターたちはどんなところに感じているのだろうか。

このコラムでは、毎回1人のアーティストにフィーチャーし、ミュージカルとの出会いやこれまでの転機のエピソードから、なぜミュージカルに惹かれ、関わり続けているのかを聞き、その奥深さをひもといていく。

第17回は土居裕子。前編では「父の会社のデスクに乗せられて歌っていた」という幼少期や、念願だったという“歌のお姉さん”業への思い、看板俳優として活躍した音楽座でのエピソードなどを振り返ってもらった。後編では、昨年出演した東宝製作版のミュージカル「シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ」や次回作「リトルプリンス」への思い、土居が考えるオリジナルミュージカルの魅力、さらには今でも忘れられないという故郷・愛媛県宇和島市での光景について聞いた。

取材・文 / 中川朋子

なぜか縁深いオリジナルミュージカル、あふれる井上ひさし愛

──音楽座の解散後も土居さんは舞台を中心にお仕事をされてきました。劇団解散後、作品選びの基準はありましたか?

劇団の解散を前向きに捉えれば、例えばミュージカル以外の演劇や海外のミュージカルなど、出演できる舞台の選択肢が広がったとも言えます。だけどなぜか、オリジナルミュージカルやオリジナルの演劇作品からよくお声がけいただいて(笑)。お仕事を選べる立場でもありませんでしたし、自然とそういう道を歩んでいきましたね。

──確かに土居さんは、日本生まれの作品に多数出演されている印象です。例えば、こまつ座の公演によく参加されていますね。

「きらめく星座」を観て以来、井上ひさし先生の作品のとりこになりました。だから昔は「いつかこまつ座さんに出てみたい」とずっと思っていました。音楽座のときにこまつ座さんからオファーをいただいたことがあったんですけど、劇団員時代は外部出演が難しかった。「井上先生に書き下ろしてもらえるのになあ……」と後ろ髪を引かれながらお断りしたという経緯もあり、劇団が解散してすぐにこまつ座さんの「花よりタンゴ」に出演させていただきました。

あれから20数年…「シャボン玉」「リトルプリンス」との再会に思うこと

──昨年1月には、東宝製作によるミュージカル「シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ」(以下「シャボン玉」)に出演されました。同作は音楽座時代の土居さんの代表作の1つです。東宝版は井上芳雄さんからの熱いリクエストで実現したそうですが、過去のインタビューで土居さんは「初めは、自分が出ないほうがいいのではと思っていた」とおっしゃっていました。それはなぜだったのですか?

お話をいただいたときは「私がやれる役はないだろうな」「今更こんなおばちゃんが出なくても」と思って、一度お断りしたんです。でも東宝のプロデューサーさんたちが、きれいな涙をポロポロと落とされて(笑)。「ずるい!」と思いましたけど、そんな思いをしてまで私をキャスティングしようとしてくださるお気持ちには、本当に感謝しかなかったです。結果的には芳雄さんが私を推薦してくれたことも追い風に、宇宙人ピア役を務めさせてもらって。これまでも「やらないよりやったほうが良い」と思いながらいろいろとチャレンジしてきましたが、昨年の「シャボン玉」も素晴らしい体験になりました。

──東宝版「シャボン玉」には、土居さんをはじめ、畠中洋さんや吉野圭吾さん、濱田めぐみさんなど、かつて音楽座に在籍していた方々が出演したことでも話題を呼びました。新たな顔合わせで本作に向き合い、どのようなお気持ちを抱かれましたか?

カンパニーの皆さんが大きな愛と優しさを持った、素晴らしい方ばかりでした。だから「絶対にすごい舞台になる」と思いながら取り組みましたし、皆さんと共に作り上げたことはこのうえない幸せでした。私が演じた宇宙人ピアは、初めは地球人たちを斜め上から見下ろしているけど、だんだん人々と同じ目線になっていきます。お佳代とは違った視点で物語を見られたことも面白かったですね。

──次回作は、東宝製作によるミュージカル「リトルプリンス」です。同作には「シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ」と同じく井上さんが出演され、小林香さんが演出を手がけます。「リトルプリンス」も音楽座時代の土居さんの代表作ですが、初演はいかがでしたか?

とにかく、“王子”になれませんでした。「違う、違う」と何度も演出家やプロデューサーに言われて……男の子を演じるという最初の課題が全然乗り越えられず、ダメ出しが悔しくて泣いたことを覚えています。役作りのために映画をたくさん観たり、子供の声のお芝居を集めて聴いたりと、いろいろ試しましたね。その後も「リトルプリンス」を何度も演じましたけど、何ができて何ができていなかったか、正直いまだにわかっていません(笑)。ただ今回は“男の子”という点をあまり意識せず、私の心をお届けできたら良いなとは思っています。

──「リトルプリンス」で王子を演じるのは、20数年ぶりですね。

私は“強心臓”だからいつも「何とかなるわ」と思ってやってきましたけど、今回は本当に怖いんです! 時々夜中にガバッと起きて「私が王子をやって良いのだろうか」と悩んで眠れなくなっちゃうくらい(笑)。でも私はこの「星の王子さま」の物語がものすごく好きで。1人で演じるミュージカルとして、10年以上前に小学校で上演させてもらったことがあります。そのとき1人で王子、飛行士、花、キツネ、ヘビの5役をやったことで、王子だけ演じていた頃には気付かなかったものがいっぱい見えた。その経験がなければ、もしかしたら今回の「リトルプリンス」はお受けできなかったかもしれません。

セリフと歌を、心でつないで

──土居さんの語りかけるような歌声を聴いていると、どんな楽曲でもスッとその世界に引き込まれてしまいます。ミュージカルで歌うときに意識されていることはありますか?

“さん、はい!”で歌ってしまうと、観ている人は「あれっ?」と思いますよね。もちろんビッグナンバーをバーン!と歌い上げることもありますけど、基本的にはセリフと歌声の差を感じさせずに歌うことを大事にしています。だけど私も年を取ってきたから(笑)。声は年齢と共に下がっていくので、若い頃に比べて確実に半音、もしかすると1音くらい低くなったかもしれません。声が変わったのに、昔と同じように歌って語るのはけっこう大変。だから今度の「リトルプリンス」では「セリフと歌をうまくつなぐことができるのかな」「こんなにすごい役を全編通して演じられるかな」と心配が尽きません。でもやっぱり、心がつながっていれば大丈夫なんじゃないかな、とも思っていて。例えば歌うときに「このタイミングで息継ぎをして、腹式呼吸をして……」とか、歌詞と関係ないことを考えると気持ちが途切れてしまいます。そうではなく、セリフを言うときと同じように、役柄の心情を思いながら歌えばうまくいくのかなって。

──土居さんの“芝居歌”の神髄に触れたような気がします! 土居さんは“ミュージカル”と“音楽劇”、どちらも数多く経験されていますが、舞台のジャンルによって歌うときの意識は変わるのでしょうか?

基本的に、役の心情に寄り添いながら歌うのは、ミュージカルも音楽劇も同じです。ただミュージカルの音楽は基本的に「私は悲しいの」「勇気を出していくんだわ」といった気持ちを、直接メロディに乗せて歌います。それに対して音楽劇では、既成の曲を使ったりしながら、歌う人物の心模様をそこに映し出すことが多いと感じていて。例えば音楽劇「母さん」で私が演じた春は、スコットランド民謡の「アニー・ローリー」を歌います。若い頃の春は幼い息子を寝かしつけながら歌いますが、晩年の春は息子に対する感謝の気持ちを込めて同じ曲を歌います。同じ「アニー・ローリー」でも、1回目と2回目ではまったく異なる意味を持ちますよね。歌詞は同じですし、直接感情を口にするわけではないのに、歌い方を変えることで「悲しい」とか「ありがとう」といった気持ちを表現できる。音楽劇はそこが面白いと感じます。

喜怒哀楽の中間にある感情を表せるのが、オリジナルミュージカルの面白さ

──日本オリジナルのミュージカルに多数出演されてきた土居さんにとって、オリジナルミュージカルの良さとは?

人間の感情って、喜怒哀楽だけではありませんよね。「悲しい」と「楽しい」の中間にも心がある。そういうデリケートなところは、やはり自分たちのネイティブの言葉だからこそ表せるんじゃないかなって。お芝居の面白さは、物語をプレゼンテーションすることだけではなく、登場人物のデリケートな心の移り変わりを表現できる点にもあると思います。それが母国語でオリジナルミュージカルをやることの魅力だと思いますね。これは例えば、英語のミュージカルにも同じことが言えます。ブロードウェイでやっている作品は、英語ネイティブの方が観ればより繊細な気持ちを舞台から受け取ることができるはず。それと同じで私たちも、日頃使っている言葉で舞台を演じるからこそ、より深い表現ができるのではと思います。

──長いキャリアをお持ちの土居さんですが、ご自身に最も大きな影響を与えたと思う人や作品があれば教えてください。

やはり、横山由和さんとの出会いは本当に大きかったです。横山さんに出会わなければ私は今頃、オリジナルミュージカルをやっていなかったかも。横山さんが誘ってくださったミュージカル「シャボン玉」も私にとっては本当に大切な演目です。私の舞台人生は、そこから出発したようなものですから。

音楽座時代に「シャボン玉」を私の故郷、愛媛県宇和島市で上演したときのことは特に印象的で。「シャボン玉」で宇宙人役だった人たちは、地毛を金髪にしていたんですね。そんな彼らが宇和島の街を歩いていたら、小学生が駆け寄って「This is a pen!」って言って、去っていったんですよ(笑)。あの頃の宇和島は本当に田舎で、海外の方なんてほとんどいなかった。ミュージカルの公演が来ることも考えられませんでしたし、宇和島にとって大事件だったと思います。

宇和島では中学校公演もやりました。中学生にもなると、やんちゃな子もいますよね(笑)。ある生徒は最初「劇なんて観ていられるかよ」という感じで、前の椅子に足をドカッと乗せながら2階席で観劇していたのに、途中から前のめりになっていた、と聞いてうれしかったですね。宇和島の次は大阪公演でしたが、私の母校・城南中学校の子たちが駅でお見送りをしてくれたんです。横断幕まで作ってくれて、ブラスバンドの生徒が「ドリーム」を演奏してくれました。パーカッションの子は歌ったり声をかけたりできるのですが、管楽器の子は声が出せないでしょう。それでも「ウワーッ!」という顔をしながら楽器を吹いていて、それが本当に可愛かったの。子供たちの心にも物語の素晴らしさが伝わったのでしょうし、「シャボン玉」は本当にすごい作品だと思いました。

──最後に、土居さんが考えるミュージカルの魅力を教えてください。

ひと言で言えば、やはり音楽があることです。近年のミュージカルには奥深い物語を届けながら、さらに一流の難しい音楽や踊りも披露する!という、ハイレベルな作品が増えた印象です。だから個人的には、「シャボン玉」の「ドリーム」のように、どんな人でも帰り道で気軽に口ずさめるナンバーがあるような、心に優しいミュージカルも生まれてくればうれしいなと。音楽の力で伝わる感情の機微はあると思いますし、これからも極上の楽曲を備えたミュージカルに出会えたらうれしいですね。

プロフィール

愛媛県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。うわじまアンバサダー。1990年に第40回文化庁芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。また1993年、1995年、1996年に読売演劇大賞優秀女優賞を獲得し、2019年には紀伊国屋演劇賞個人賞に輝いた。近年の出演舞台に、こまつ座「マンザナ、わが町」、俳優座劇場プロデュース公演 音楽劇「人形の家」、俳優座劇場プロデュース公演 音楽劇「母さん」、「テンダーシングーロミオとジュリエットより-」「いつか~one fine day」などがある。