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2021年のヒット作はこうして生まれた!プロデューサーに聞く作品へのこだわり Vol. 2 「ドライブ・マイ・カー」

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「ドライブ・マイ・カー」

2020年に引き続き、新型コロナウイルスの感染拡大に揺れた2021年。新しい生活様式が浸透し始め、コロナ禍の打撃を受けながらもたくさんの映画が私たちを楽しませてくれた。

本企画では、2021年に話題を集めた2作品のプロデューサーに、映像化にあたってのこだわりやヒットの要因を聞いた。vol. 2では、第79回ゴールデングローブ賞映画部門で非英語映画賞(旧外国語映画賞)を受賞した「ドライブ・マイ・カー」をピックアップ。なおvol. 1では「東京リベンジャーズ」を取り上げた。

文 / 尾崎南

「ドライブ・マイ・カー」山本晃久プロデューサー

1. 企画の始まり

監督の濱口竜介さんとお会いしてほどなく、村上春樹さんの原作の映画化をご相談しました。最初私からは別のタイトル(複数の短編を1本化するようなアイデア)をご提案していましたが、当時は映画化の核たる部分を見出せず、「寝ても覚めても」の後で濱口さんから本タイトルのご提案をいただきました。読んでいた短編でしたし感動もしていたのですが、濱口さんから提案をされて確かに映像に相応しい原作だとはっとした記憶があります。そして西島秀俊さんが受けてくださったらこの上ないなどと話し合いつつ、企画を立ち上げていきました。

2. 原作を映像化する際に気を付けた点

初めに濱口さんがお話されたことは「村上春樹さんの物語・世界観を大事にすること」と、一方で「映画としての物語り方をきちんと追及すること」という、2つに取り組もうということでした。映画の話法は小説の話法と当然異なります。そして濱口さんは、村上春樹さんの小説世界に掛けて言えば(原作とは異なる)別の井戸に降りて、その底を掘り進めて、村上春樹さんの水脈に辿り着くことを目指したい、というようなことを言われました。その考えに対してぼくは心から賛同しました。原作に書かれている事柄をトレースしようとすることが、必ずしも映画にとって、そして他ならぬ原作にとって良い形になるとは限りません。映像はそもそも文章とは異なるものなので、まずは原作の核を深く理解してそこに到達することを目指し、映画における手立てを誠実に考え続ける、ということが必要なのだろうと思います。

3. 当初から賞への期待はあったのか? / 多くの賞を受賞した理由はどこにあると思うか?

カンヌ国際映画祭へのコンペ選出が決まってからは、やはりどこかで期待はしていたかもしれません。ただ濱口さんとは、前作でもノミネートしたのですが無冠でしたし、下馬評が出るまではとてつもなく不思議な映画を濱口さんやみんなとこさえた感覚があり、ここまで評価していただけるとは(無論、観客の評価は期待していましたが)思っていませんでした。
受賞の理由は、濱口さんの映画制作に対するたゆまぬ勤勉、実践と工夫、その濱口さんの元でキャスト・スタッフが力を尽くした結果だと思います。規模の大小は関係なく、映画への地道で誠実な取り組みが世界共通の指針ですし、今回もまたそれが証明されたのだと思います。さらに加えるならば、作品にとって世に出るタイミングが良かったということだと思います。

4. 演劇シーンへのこだわり

これらのシーンは脚本を執筆した濱口さんと大江崇允さんの舞台演劇への探究心の賜物だったと思います。特に「ワーニャ伯父さん」のテキストに対する理解の深さは濱口さんの場面やセリフ選び・演出に表れていると思います。
実はプロデューサーとしては尺の伸縮に関わるシーンなので陰で冷や汗をかいていました。とはいえ濱口さんのことを信じていましたし、またオフライン確認でこの映画にとって重要な人たちの身体と言葉と時間が本当に美しく強く映っていて、素晴らしいと素直に思いました。また現場で私は「この多言語の舞台を全幕公演した方がいい」などと軽口を叩いていましたが、それくらい生で観ても見事な仕上がりでした。

5. 一番好きなシーンとその理由

これは挙げればきりがないのですが、強いて言えば、やはり一つの山場と言える、後半の車中における家福と高槻のやりとりでしょうか。編集・ダビング作業を通じて何度も観ているはずなのに、今もですが、あの場面を見る度にそこに映る人間の表れの深さに驚いてしまうのです。車中の家福と高槻の顔、そしてSAABのリアガラスから狙ったホテル前の高槻のショットに至るまで、素晴らしいシーケンスだったと思います。濱口さんの映画にいつもやがて現れるなんとも言えないグルーヴが、これまでとまた違う形で、太く静かに表れていたシーケンスだったとも思っています。

6. 作品がヒットした理由はどこにあると考えているか?

現段階で評価いただけている背景には、もしかするとコロナ禍での経済的・政治的な面や、他方環境問題の面において、世界全体で多くの分断が起こり、人々の心が疲弊していることがあるのかもしれないと思います。深く傷ついた人たちが生きることへゆるやかに回帰・回復していく、その心と身体の運動を長い時間をかけて映した本映画が、多くの人々の心を動かしているのかもしれません。

7. 世に出てからの反応で予想外だったもの

家福とみさきの恋愛筋を想像される方々がいて、僕個人としてもまったく思っていなかったので驚きました。なるほどそういう理解のされ方もあるのだなと。正直に言えばそのような意図は制作サイドにはなかったので、予想外というとそれが一番印象的でした。

山本晃久(ヤマモトテルヒサ)

1981年生まれ、兵庫県出身。映画「彼女がその名を知らない鳥たち」「寝ても覚めても」「スパイの妻(劇場版)」などを手がけ、第25回新藤兼人賞プロデューサー賞、第45回エランドール賞プロデューサー奨励賞を受賞した。そのほかプロデュース作にドラマ「山田孝之のカンヌ映画祭」「恋のツキ」「全裸監督 シーズン2」「キン肉マン THE LOST LEGEND」、映画「ボクたちはみんな大人になれなかった」がある。

※「ドライブ・マイ・カー」は全国でロングラン上映中

(C)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会