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正解のない作品があってもいい――『前科者』岸善幸監督が問いかける“想像”の必要性

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映画『前科者』 岸善幸監督

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罪を犯した前科者たちの更生・社会復帰をサポートする保護司の姿を描いた映画『前科者』。原作・香川まさひと、作画・月島冬二による同名マンガを映画化した社会派ヒューマンドラマで、監督・脚本・編集を手がけた岸善幸が取材に応じた。数々のドキュメンタリー番組に携わり、劇場映画デビュー作『二重生活』、第2作目となる『あゝ、荒野』が高く評価され、日本映画界の未来を担う存在として脚光を浴びる俊英が、殺伐とした現代社会に「希望と再生の物語」を届ける。

──寄り添うことで、人生につまずいた人を救えるのか。そんなメッセージを主人公の保護司・阿川佳代の存在そのものが問いかけているように感じました。

 保護司というのは、保護観察の期間中に対象者と定期的に会話をしていくんですが、それぞれ罪の種類が違うし、皆それぞれの個性があるんですね。ですから、誰に対しても同じ佇まいではないし、発言も変わってくる。対象者それぞれとの距離感が、佳代のキャラクターになるんじゃないかと。保護司には(逮捕するなど)何の権限もありませんが、それが最大の魅力でもある。撮影に入る前に、有村さんとはそういったことをよく話していましたね。

──映画のメッセージを体現する主演・有村架純さんの演技、そして存在感が印象的です。

 端的に言えば、おそろしく力を内在している俳優ですよね。今までラブストーリーのヒロインを演じることが多かったと思いますけど、どの作品でもさまざまな素養を示してきた。実際、佳代のようなキャラクターも的確に演じられる。想像を超えるお芝居をたくさん見せていただき、「本当に力がある人」と実感しました。

役者の演技で泣いてしまったのは初めてでした

(C)2021香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

──有村さんの演技に驚かされた瞬間があれば、教えてください。

 有村さんがラーメンを食べるシーンには、モニター越しに泣いてしまいましたね。監督をやっていて、こんなことは初めてでした。純粋にお芝居に持っていかれた、という感覚ですね。例えば、悲しいシーンで悲しいお芝居が撮れれば、そこに演出家としての達成感があるんですけど、あの日はそれを超える何かがありました。

有村さんの演技、加えて手持ちカメラの動きや構図、セットの美術といった全体の力がそこに結集していたからかもしれません。4テイク撮って、4回泣きました。4回ってことは、有村さんにはラーメン4杯食べてもらうわけで、さすがに4杯目で「もう食べられません」って言われましたけど(笑)。

──“前科者”工藤誠を演じる森田剛さんは、本作が6年ぶりの映画出演。有村さんとの化学反応が確かな余韻を残しています。

 森田さんはその場で、工藤誠でいてくれればそれでいい。それくらい佇まいがすばらしかったですね。実際、当初の台本からかなりセリフも削ったんですよ。有村さんも森田さんも、現場に入る前から役を“まとっている”。一緒に弁当を食べるシーンでは、カメラが回る前から会話もせず、ずっとふたりで座っているんですよ。後で森田さんに聞いたら「有村さんがずっと阿川先生でいてくれて、それがすごく嬉しくなりました」って。あっ、そういう(役への)アプローチもあるんだなと。ふたりの波長がすごく合っていたということだと思います。

(C)2021香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

──そんなふたりを見つめる岸監督が、撮影中に意識したことは何ですか。

 こちらの演出の下で役者の皆さんに演技をしてもらっているんですけど、その上で「本物を撮りたい」という意識が強いですね。本物とは何か……言葉で説明するのは難しいですけど、登場人物たちのセリフや生きる姿、場所はそのシーンにしかないんです。ですが、そのシーンの外にある時間。例えば、シーンが終わった後、どんな風に過ごしているんだろうと想像できれば、それは本物だと思うんですね。

俳優にもそういう演技を求めていますし、有村さんと森田さん、そして出演するキャストの方々が僕の求める以上の本物感を表現してくれました。“本物”の基準は人それぞれだとは思いますが。それは僕がドキュメンタリーを撮っていたときの感覚に通底しているかもしれません。やはり、取材される側の言葉や表情が本物でなければ、観る人に納得してもらえませんから。

想像の先にある“許す”というテーマ

(C)2021香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

──同時に作品そのものも、今の時代につながっているように感じました。

 今は格差や貧困、底辺といった生きづらさを形容する言葉が散乱していると思います。それは、言葉の上っ面だけを捉えて、その実態を想像するまでに至っていないのではないかと感じますね。

脚本を作り始めたのはコロナ禍以前ですが、こうして(コロナ禍から)2年が経って、社会全体が負のスパイラルに陥ってしまった。ニュースを見ていても、たしかに5W1Hは伝えられているのですが、それだけじゃないのではないかと思う時があります。そういう切り取りしかできないのが報道なのかもしれませんが、切り取られた言葉の先に何があるのか、受け取る側ももっと想像しなければいけないと思いますね。

(C)2021香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

──想像の先には、『前科者』が問いかける“許す”というテーマの答えがあるかもしれません。

 こういう時代で、誰かが誰かを裁くことも簡単にできてしまう。それはそれで人間らしいのかもしれませんが、大勢が裁く側になってしまうと、それこそ生きづらい社会になってしまう。「じゃあ、どうすれば許せるのか」。その視点、議論もあっていいと思います。だからこそ『前科者』のような、正解のない作品があってもいいんじゃないかと。

自分たちが被害者にも加害者にもなりうる時代。やり直しができないより、できる社会がいいと思うし、保護司という存在を通して、そういった問いかけができればいいなと思います。

取材・文・撮影:内田涼

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