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生きること、愛することの答えを探す残酷な寓話 ―『マーキュリー・ファー Mercury Fur』観劇レポート

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世田谷パブリックシアター『マーキュリー・ファー Mercury Fur』より 左から、吉沢亮 北村匠海  撮影:細野晋司

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イギリスの劇作家フィリップ・リドリー作、白井晃演出の舞台『マーキュリー・ファー』が1月28日、世田谷パブリックシアターにて開幕した。リドリーが2005年に発表した本作は、極限の世界を生き抜こうともがく兄弟の姿から、人間の究極の欲望や残虐性、生きること、愛することを求める強さや美しさを炙り出すダーク・ファンタジーだ。日本では2015年に白井の演出で初演され、凄まじい印象を残した衝撃作である。今回の再演は、兄弟役に吉沢亮と北村匠海という勢いあふれるまばゆいタッグが実現し、開幕前から相当な注目を浴びていた。人気と実力を誇るこのふたりにして然りだが、吉沢も北村も初演を劇場で体感し、圧倒され、ゆえに並々ならぬ意欲で本作に挑んでいたことも、さらに期待値を上げた。

荒廃した街、廃墟の一室にやって来たエリオット(吉沢)とダレン(北村)の兄弟。騒々しく動き回り、怒鳴りあい、時に戯れあいながら、彼らは謎めいたパーティの準備に必死に取り掛かる。彼らを手伝う廃墟に住む少年ナズ(小日向星一)、持ち込まれるパーティプレゼント(山崎光)、エリオットの恋人ローラ(宮崎秋人)、パーティの首謀者スピンクス(加治将樹)と彼が連れてきた“お姫さま”(大空ゆうひ)、そしてパーティゲスト(水橋研二)。新たな人物が現れるたびに不穏さが増し、それぞれが語る惨たらしい過去の体験、その想像の情景が動悸を誘う。背徳の匂いただよう怪しげなパーティは強引に始められ、怒声や悲鳴の飛び交うなか、残忍な暴力が繰り返されていく。

左から、小日向星一 北村匠海 撮影:細野晋司

シアタートラムで上演された初演は、肌感覚で迫り来る恐怖、臨場感に震える体験だった。世田谷パブリックシアターへと空間が拡大された今回は、不気味さが広がる天井高、扉の奥の見えない別室、異世界への抜け道のような出入り口など、舞台上のさまざまな情報が殺伐とした冷気を生んで、深淵な闇の奥の幻想に引き摺り込まれる趣だ。

手前:宮崎秋人、奥:吉沢亮 撮影:細野晋司

前評判こそ兄弟役の人気者ふたりに視線が集中したが、キャスト全体のバランスが非常に良く、巧者が揃った。各人の色鮮やかな個性と確かな技量が、どの人物も寓話の世界のリアルな住人であることを信じさせてくれる。とくにローラを演じた宮崎の、心の傷が見え隠れする繊細な立ち居振る舞い、寂寥ただよう存在感に惹きつけられた。本作が初舞台である北村の安定感は驚くばかりで、ハイトーンボイスが無邪気な少年のひたむきさを際立たせ、いじらしく、もの悲しい。吉沢も芯の太い立ち姿、意志ある瞳で、狂乱に翻弄されながらも愛を振り切れない、エリオットの血の温かみを伝えて来る。目を伏せ、耳を塞ぎたくなるようなことになぜ彼らは向かうのか。生きるために、愛するために。シンプルな答えから湧き起こる哀切と戦慄と高揚は、幕が下りるその時まで、緩むことなく頂点へと上り詰める。

左から、北村匠海 吉沢亮 撮影:細野晋司

この過激で悲惨なフィクションが現実社会と地続きであること、その危機感は初演時にも込み上げて来たものだった。世界中が見えない敵と戦い続けている今、何を守り、どう動くか。終演後の放心が解けた今も、答えを探り続けている。

取材・文 上野紀子

※山崎光の崎は「たつさき」が正式表記。

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